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ある日突然『魔女』になりまして  作者: 灰羽アリス
第一章 魔女☆爆誕
3/33

3 それでも日常は続いてく


 朝起きて、まず浮いてみる。


「……夢じゃない」


 夢だけど、夢じゃなかったー!!

 きゃーっ! とあの姉妹のようにベッドではしゃいでいると、


「おい、メシ」

 

 ジジの不機嫌な声がかかる。

 おぬし、どこのぼんくら亭主だよ!


「えー、今日もこれー? やなんだけど、飽きたんだけど」


「文句を言わずに食え!」


「缶詰がいい。あんだろ、戸棚の一番奥」


「なぜそれを……っ」


「ママぁ、のどかわいた」


「おー、よちよちごめんよ。ほら、これで飲めるかな?」


 醤油皿に浅く水を注いだものをあげる。お皿は当然持ちあがらないので、犬のように舐めるしかない。いくらミニサイズとはいえ人間っぽい見た目でこれはきついな。

 そうだ、シルバニアファミリーの大きなお家を買ってこよう。あれなら小さい食器・家具・服もついてるし、たぶんちょうどいいはず。


「缶詰~」


「わーったよ! 1缶500円の高級缶詰。もってけドロボー!」


 兄ちゃん。なんか私、わかった気がする。子どもがいるお家の朝って大変なんだね。


 ある日突然魔法の力に目覚めたとしても、日常は続いていくのでおろそかにできない。ていうか現実問題、働かないと食っていけないので、魔女になった! 仕事辞める! ひゃほーい! なんてできないわけよ。

 

 自転車を疾走させて15分。青葉清涼高校が私の職場だ。

 8時10分。あと5分で朝の職員会議が始まる。今日はちょっと遅刻ぎみだ。

 7時半から朝課外がある進学コースの担当だったらアウトだったけど、今年の私の担当は課外なしの普通コースなので問題ナッシング。


「森山先生。おはようございます」

 

 デスクに着いてすぐに聞こえたこの爽やかボイスは……!


「中村先生。お、おはようございます」

 

 英語の中村敏明(としあき)先生。

 白い歯が今日もまぶしい!

 同期なのにいまだに敬語。誰にだって、生徒にでも。それがまたポイント高いのよね。

 ジョン・コナー風の髪型も、少しアンニュイな服装も、ぜんぶ好み。


「あれ、お疲れですか?」

「へ?」

「目の下が……」

「うそ、クマできてます!?」

「よかったらこれどうぞ。まだ口つけてないので」


 手渡されたのは香しい湯気の立つマグカップ。

 こ、ここここれ、中村先生のマグカップでは!?

 か、間接キッス!!


「その年で中学生みたいな反応すなや」


 そのだみ声は、周囲には「ニャーゴ」としか聞こえない。


「あれ、なんでこんなところに猫がいるんだろう。迷い込んできちゃったのかな?」


「あ、あははっ、ほんとですね~! 可哀想に~! 私、逃がしてきます!!!」


「でも、もう職員会議始まりますよ。それに───」


「すぐなんで!」


 ▪▪

 ▪▪▪


「あ・ん・た! なんでここにいんのよ!」


 校舎の裏庭で、ジジは優雅に毛づくろいをした。


「ちょっと考えればわかるだろ」

「かばんか」

「そゆこと」

「どうすんのよ~、あんたひとりで帰れる?」

「ひとりじゃない」

「まさか」


「ママ~!」


 顔面ダイブしてくるピンクの影は、


「ピンキーちゃん!」


 キャッキャウフフの劇的再会。たった半時ぶりだけど。

 あら、シルバニアの服肩からズレ落ちてるね。やつらでぶっちょだからな。スレンダーなピンキーちゃんにはちょっと大きいか。どうするかな。


「言っとくけど、俺たち帰れないよ」

「なんで」

「生まれたての俺たちは主人の半径1キロ以内を離れられないんだぜ」

「あ」


 そういえば、『魔女のすゝめ』にそんなこと書かれてたような……

 家から学校までは3キロ。ついてこざるをえないわけだな。


「しかたない。どっか隠れて待ってられる? お昼にまた様子見にくるから」


「まじで! 遊びに行っていいのかよ!」


「どうせ1キロ以内をうろちょろするつもりでしょ」


「っしゃー!」


 まぁ、金色のおめめぴかぴかさせちゃって。


「でも大丈夫? ジジ、お外初めてでしょ」

「は? 何回も出てるけど」

「は?」

「あ……やべ。じゃーな!」

「こら、ジジ!」


 あーあ。行っちゃった。ていうか、ちゃんと毎日戸締りして出てんだけど。どうやって鍵開けてんだ、あいつ。

 そういえばピンキーちゃんは? ……ジジといっしょに旅に出たか。


 チャイムが鳴る。やばい、職員会議!!

 右よし、左ヨシ、上よし。うむ、ここは魔法の力を使わせていただきますか。


「飛べ!」


 ……あ、今回もほうき不在じゃん。



 階段を2階まで上がって廊下の突き当たり。普通コース3年1組が、私の受け持ちクラスだ。1限が公民なので朝礼後はそのまま私の授業となる。いつものように挨拶を交わし、連絡事項を伝達し、日直さんに日誌を渡し、チャイムが鳴ったらはい授業。

 

 カリカリ、31人分のシャーペンの音がする。みんな真面目だねー。高校3年生のみんなは『将来の夢・魔女・魔法使い』の時期はもうとっくに通りすぎているのだろう。それが健全といえるのか、私にはわからないけど。


「きゃー!!」


 教室に悲鳴が響き渡ったのは、授業開始から十分ほど経ってからだった。

私ははじかれるようにして、黒板に向けていた視線を体ごと生徒の方へ向けた。


「どうしたの、青木さん」


「む、むし、天井にでかい虫が……!」


「虫?」


 青木さんの、ちょうど上の方。天井を見上げる。

 あー、あれはトンボかな?

 ……ん? ていうか、あの羽。見覚えが……うそだろ、おい。

 君、ジジといっしょに旅だったんじゃないんですかー!!


「ピンキーちゃん!!」


「ぴんきー?」

「ぴんきー?」


 私の絶叫に、「なんだ、トンボじゃん」と斜に構えていた生徒たちまでざわめきだす。


「いやっ、あの、あのトンボはねっ、ピンキーリングイネっていう珍しーいトンボでねっ」


 く、苦しい。なんだよ、ピンキーリングイネって。パスタかよ!


「先生、俺がほうきで……」


「ぎゃーっ!! やめてやめて!!」

 

 へたに扱ってピンキーちゃんが潰れたらどうするの!!


「私、ちょっと職員室に虫とり網取りに行ってくるから……! なんにもせず待っててね。絶対触っちゃだめだからー!!」


 私は走って教室を出た。するとそれを見計らうようにトンボも羽ばたく。わずかに上がる悲鳴を縫って、トンボ改めピンキーちゃんが廊下を疾走する私の胸にダイブした。


「ピンキーちゃん! あぶないよ、人に見られたらどうするの!」


 あ、妖精だ~! 捕獲!

 →高値で取引→研究所に送致→ホルマリン漬け→研究。ぞっ。


「なんでジジについていかなかったの?」


「ママといっしょにいたかったの……」


 うっ……ピンクの目で涙ぐまないでくれ。ほだされまくるだろう!!


「それに、じじたんが『お前は足手まといだ』って」


「あいつめ。なぜ妹分を可愛がれん」

 

 ピンキーちゃんは怒られたと思って手の中で震えてる。どうするか。


「とりあえず、お昼までここに隠れておける?」


「うん!」


 私はピンキーちゃんのミニチュアな体を胸ポケットにしのばせた。

 ひょんなことで潰してしまわないかひやひやだ。チョークや教科書を扱うときは特に注意しよう。


 そしてお昼。

 旅の途中で可愛い女の子との出会いでもあったのか、ジジはほくほく顔で中庭に帰還した。

 私の怒り顔を見て「げ」と足を止める。


「逃げようたってそうはいきませーん。眷属は命令に絶対服従なのでーす。〝座れ〟」


 まるで十倍の重力に引かれるように、ジジは地面に尻を付ける。


「だってそいつ飛ぶの遅いんだもん」


「だからって妹分を置いて行っていい理由にはならないでしょ。ピンキーちゃん、あやうくほうきで退治されそうになったのよ!」


「そうカリカリすんなよ。シワ増えるぞ」


「なっ」


 こいつ、調子に乗りおって……!

 高級缶詰の恩を忘れたのか?


「真面目な話、『拠点』候補を見つけてきてやったんだからさ、そんな怒んなって」


「拠点、候補?」


〝四、拠点をつくろう! 誰にも見つからない場所で魔法の練習を!〟


 ジジの話では、自宅と学校の中間地点にある小さめの山の奥地に、打ち捨てられた山小屋があるらしい。そこを拠点にしたらどうかという話だった。


「なんだ、ジジ。可愛い女の子見つけて喜んでただけじゃないのね」


「ちっげーし!」


「でもさー、その山も小屋も誰かの所有物じゃん。勝手に使ってたら不法侵入で逮捕されちゃうよ」


「心配すんな。そうはならねえから」


「どういうこと?」


「あの土地と山小屋持ってる爺さんな、5年前に行方不明になってるらしい。んで、唯一の身内の娘は海外に行っちまって、あの山は放置されてるってわけ。使ったってバレやしない。万一バレても、娘のふりすりゃいいはなしだろ」


「あんたって……わるだねぇ」


「まあな」


 ひげひくひくさせて、それ猫にとってのどや顔なんだろうなぁ。


「ところで、なんでそんな詳しいこと知ってんの?」


「あの山に住んでるカラスに聞いた」


「あんたカラスと話せんの!」


「ったりめーだろ。猫とカラスは何百年も前から協力関係にあんだよ」


「へぇ」


 意外なところで意外な話を聞いた。私が魔女になってジジと会話できるようにならなきゃ、一生知らないままだったんだろうな、そんなコアな情報。


「おし、じゃあ放課後そこに行ってみますか。あ、買い物もあるから、そのあとね」


 私は原っぱにつけてたお尻を払って立ち上がった。げ、染みついちゃってるし。エモダのパンツ高かったのに~! くさっ。土くさっ。


「お弁当はこのまま置いてくから、ゆっくり食べてね。ジジ、ピンキーちゃんのことちゃんと守るのよ」


「げぇー」


 おにぎりを抱きかかえながらもぐもぐかぶりつくピンキーちゃんとしかめっ面のジジを残して、私は校舎に走った。あと5分で授業がはじまる。なんだか昨日から、急いでばかりだな。停滞してた時間が急速に動き出した感じ。これからもっと忙しくなりどうだけど、先行きは明るい。

 おら、わくわくすっぞ!


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