5 可哀想な男たち
冷静に観察すれば、彼が「違う」ことに、私はすぐに気がつけたはず。でもこのときの私は冷静とは程遠い状態にあった。
男がほおずりする剣が赤星くんのだと気づいた瞬間、目の前が真っ赤になった。これほどの怒りを感じたことは、いままでにない。私の中で魔力が暴れ狂い、全身から吹き出すのがわかった。ひりつく喉から声をしぼりだす。
『〝魔女の牢獄〟』
あのトンネルでジジを拘束した影は、もちろん本気でジジを痛めつけるつもりはないので威力を十分の一に抑えていた。でも、今回は手加減しない。というか、できない。魔法の発動を楽しむ余裕は皆無だ。思えば初めて本気で魔法を使ったのかもしれない。
黒く濁った私の影が地を這い、男を拘束する。その間一秒にも満たない。
私は男に走り寄り、飛び蹴りをくらわせた。かろうじて残る理性が、はためく遮光カーテンのマントを手繰り寄せ、顔を隠す。うめく男の革ジャンの胸倉をつかんで吼える。
「あの子たちをどこへやった!?」
男の目が驚愕に見開く。男は小汚いおじさんだった。髭は伸び放題で、唇からのぞく歯は黄ばんでいるし、何日もお風呂に入っていないような生臭い匂いがする。しかも革ジャンがぬるってした!
一瞬ひるんでしまい、革ジャンをつかむ手が緩む。その隙に男は私の手から逃れた。そのまま走って逃げ出すかと思った。しかし男は逆に私にすがりついてくる。黄ばんだ瞳が異様な光を帯びていた。男はよだれをまき散らしてわめく。
「その力、その力がほしい……! くれ……!」
ぞぞぞ。背筋に悪寒が走り、私は男を突き放した。
魔女やその眷属の力を盗むため、魔女・眷属狩りをする"悪い魔女"がいる。あれは赤星くんを怖がらせるためについた嘘だった。でも、いる。実際に私の力を欲する魔女がここに。
このひとは男なので魔女でなく魔法使いだけど。
ひどい。せっかく自分以外の魔法使いに会えたのに、こんなのってない。
初めて会った魔法使いがこんな小汚いおじさんで、しかも変態だなんて!
可愛い魔女っ娘とのキャッキャウフフの出会いを夢見てた私の期待値を返せ!!
「あの、ママ……」
「待ってね、ピンキーちゃん。いまおじさんを懲らしめて赤星くんたちの居場所を聞き出すから!」
「でも、その、」
パコーン!
ほうきの柄で横っ面を叩く。
「居場所を!」パコーン!
「あん!」
「吐きやがれ!」パコーン!
「あん!」
「くそ、中村先生の唇は私が奪うはずだったのに!」パコーン!
「あーん!」
ハア、ハア、ハア……
て、あれ? おじさんの様子がおかしい。あんあん言ってるし、なんか、股間のふくらみが……
「ひぃ! 何見せてんじゃ、変態!」
パコーン!
ふう、ふう。鼻息荒いおじさんがなおも腰に縋りついてくるので、
「〝魔女の牢獄〟!」
もう一度発動。影が力強くおじさんに絡みついて締め上げる。
「あっ、あっ。す、すごい、この力は最高だ! 他にも使えるのか? あっ。さあ、私に力を見せてくれ! もっとだ! もっと!」
「ひぃぃぃぃぃ!」
なんなの、この人! Mですか。暴力が快感ってか!
無理! 生理的に無理!!
怖い。キモイ。泣くってこんなの!
「もう、あの子たちをどこへやったのよう! さっさと答えなさいよう!!」
最後にパンチを食らわせおじさんが失神したところで、やっとピンキーちゃんの話が耳に入った。あのね、とピンキーちゃんはためらいがちに口にする。
「このおじさん、わるいまじょじゃないよ」
「え?」
「わるいまじょはおんなのこ。このひと、ちがう」
───まさか。まさか、まさか。
さーっと血の気が引く。
「人違い……?」
わー、ほんまやー。このおじさんからは何にも〝感じ〟ないよ~。ただの変態ヒューマンだよ~。
……私、一般人を魔法でボコっちゃった!!!
逮捕・拘束・裁判・実刑。職を失いホームレス。
もちろんマスコミにもめちゃめちゃに弄ばれて捨てられる。
そんなのイヤだあ!!!
こんなつもりじゃなかったんです。私はただ楽しんで魔法を使いたかっただけなのに。私の暴力衝動を煽ったのはこのおじさんなんですぅ! なんて言い訳、警察は受け入れてくれないだろう。
逃げよう。うん、そうしよう。
そこへ聞こえてきたのはパトカーのサイレンの音、ではなく聞き覚えのある声だった。とりあえず見知らぬ他人じゃなかったので安心していいのか?
とてもとてもテンションの高いあの声は、
「すっげえ! あれお前の師匠? なにあの影やべーっ! 超かっけー!!」
ギギギとブリキ人形のように振り向くと、そこには蘭々と瞳を輝かせた小林くんと可愛い女の子がいた。
「こば……」
うっかり呼びそうになった名前を慌ててのみこむ。いまの私は通りすがりの魔女。小林くんを知る担任教師の森山日奈子じゃない。
って、そうそう! 赤星くんは? いっしょにいたんじゃないの?
ごほん。だみ声準備。
「そ、そこの少年」
「ハイっす!」
「この辺りで赤髪の少年を見なかったか」
「それって赤星颯太のことっすか」
「おお、赤星を知っているのか。ナントキグウナ」
「赤星ならここにいるっすよ」
「ん?」
「だからここに」
「は?」
小林くんが指さしたのは、彼の隣に立ってる女の子だ。ルーズな服装がボーイッシュで可愛い。
「少年、どうやら人違いのようだ。私が探している赤星颯太は男だ」
「ぶっ」
「ぶ?」
「ぶあははははははは!!! おま、お前、師匠にも気づかれないってまじ神」
小林くんが腹を抱えて笑いだし、女の子が涙目でぷるぷると震えだす。
ん?
んんん?
私が困惑していると、真っ赤をキッと上げた女の子が甲高い声で訴えた。
「俺がその、赤星颯太だ! 悪い魔女に女に変えられたんだよ!」
……わっつ?




