~再び~
2025年、東京。桜が春の訪れを告げ、皆が意気揚々と新生活に挑むなか。僕だけは憂鬱の底に沈んでいた。僕は清井潤。この春から高校生である。なまじ勉強が良くできたせいで、英明学院高校に行く事になった。この学校は東大合格者100名以上を誇る、国内トップクラスの進学校だ。共学なのは良いとして、なんと全寮制である。どうせ勉強地獄が待っているんだろうなあ。
僕は母と二人で育ってきた。父の記憶は全く無い。何故か思い出そうとすると締め付けるような頭痛が僕を襲う。家は当然裕福でなかった。いっぱい勉強して、いい大学に入れれば貧困とは無縁の生活を送れる、というのが母の口癖だった。思えば、僕は自己主張があまり強くない子供だった。母はいつも僕を勉強に追い立て、いつだってそれに反抗したことなんて無かった。それがこんなことになってしまうだなんて。彼女なんてつくれっこないし、人付き合いが下手な僕は友達すら出来ないだろう。ちゃんとした青春なんて送れない。そんな星のもとに生まれてしまった僕が悪いんだよ。今更だけど、勉強しなくて良かったあの頃に戻りたいなあ。
と窓辺に寄りかかって感慨に耽っていると、ドン!
足に激痛が走った。
「痛っ!!」
「あ?てめえ足出してンじゃねえよ。邪魔だどけ。」
顔怖すぎだし。ていうか不良?まさか、ここ英明だぞ!?
「見るからに雑魚のヒョロヒョロのくせによ。」
捨て台詞を吐かれてしまった。ヤバイ奴に目をつけられたかもしれない。
「おい、あいつ倉木じゃね!?」
「倉木ってあのボクシングで全中優勝した奴?英明受かったって本当だったんだな、怖ぁ」
「あの絡まれた方、目付けられたな可哀想に。」
とちっとも可哀想と思っていない風に同情される。てかボクシングで全中優勝だと!?終わった。僕の学生生活、終わった...でも、このときは気づきようがなかったんだ。本当の地獄はここからだって。
「君、大丈夫か!」
声をかけてくれる優しい奴もいるのか。振り返ってみると、明らかに老けすぎな顔の生徒がいた。
「私は隙間修。これからよろしくな。」
「僕は清井潤。」
一瞬60歳と見紛えたぞ。この学校は私服オーケーだが、ただでさえ老け顔なのに渋すぎる服のチョイスが相まって完全に先生のようだ。おかげで年に不相応な貫禄とオーラが出ている。徳、というべきものだろうか。
教室に入ると、やたらでかい黒板と綺麗な景色以外に目を引くものはなかった。その後、担任から簡単な説明と寮の部屋割りがあった。鍵をもらい、自室の前に行く。二人部屋である。
「この学校、やけに広いな。」
そう思いながら、ゆっくり扉を開ける。靴があるから、既にペアがいるようだ。平穏な学校生活のためには、寮のペアはとても大事な条件なのだ!まさかそのさきに勉強地獄とは比べ物にならない地獄が待っていることも知らずに...
ガチャ、キー
軋む扉の向こうには、見たことのある屈強な巨体。
「あ、、、」
「あ?お前か。ちょうどいい。お前には貸しがあるからな。今日から俺のパシりになれ。」
倉木だ、そういや僕は清井だから出席番号的に十分あり得るではないか!!僕は己の不運を心の底から呪った。
一ヶ月後。
僕は倉木のパシりと成り下がり、正に地獄の生活を送っていた。宿題から雑用まで何から何までやらされて、その上学校からの勉強地獄攻撃。これには精神がモツはずがない。僕は人生の全てに絶望していた。
「おいパシり、金貸せよ」
「お前んち金持ちだろう?」
久保とその取り巻きにどやされる。また昼御飯抜きか、、、お腹減ったなあ。
三ヶ月後。
こんなことが続いて、上京する時母に持たされたお金は全て無くなった。
「何だよ、金ねえのかよ」
「だったら盗んでこいよww」
「いやでもそれは、、」
「あ?何って言った?」
「おいこいつ生意気だぜ!」
「殴れ殴れ!」
「バカ、見えないとこをやれ」
校舎裏で、僕は仰向けになっていた。涙が流れてくる。弱者は強者に服従するしかねえのかよ。媚びへつらって痛い目に遭って...自分が情けない。腕には何ヵ所もタバコを押し付けられた跡がある。今度こそ、殺される。そう思った。
次の日も、僕は奴の標的だった。
「おい、そういえばお前最近白谷と仲良いらしいなオイ?」
白谷優は学院一の美少女だ。誰だって彼女をオカズにしないものはいない。
「白谷さんはたまたまノートを貸しただけだy..」
「うるせえ!言い訳すんな!」
「やっちまえ!」
今度こそ、死ぬんだ。
意識が、遠退いて行く。
呼吸が、できない。
苦しい。助けて。
苦しい?死ぬ?僕が?何で?
何で僕がこんな目に遭わなきゃならない?
何で僕は強くなれない?
何で僕は歯向かうことが許されない?
何で?何で?何で?
一度開けたパンドラの箱は、
二度と納められない。
僕の生への執着が、
僕を
覚醒させた。
気がつけば、風は凪いでいた。いつだってそうだ。自分の目指すビジョンがあれば、何だってうまく行くんだ。
時が、止まった。
ここから始まる、僕のタイム・ストッパー。