悪役令嬢のはずがいつの間にか隠しキャラ攻略してた
悪役令嬢のはずがいつの間にか隠しキャラ攻略してた
違和感は物心ついた時からあった。
私はコンスタンティナ・アルブレ。公爵令嬢だ。下に弟のアンディ…アンドリューがいる。父は仕事人間で、領地経営ばかりであまり家庭を顧みない。母は愛人を堂々と囲っていて、アンディばかりを可愛がり私をなにかと差別する。そして弟のアンディはなにかと私と比べられ優先されることに優越感を覚えているようで、弟のくせに偉そうだ。そんな家族と、私の中の家族像がどうにも一致しないのだ。
違和感は他にもあった。髪と顔だ。私は果たしてこんなに明るい髪色だっただろうか。私は果たしてこんなに目鼻立ちがはっきりしている美少女だっただろうか。…いや、生まれた時からこんなものだったはずだ。鏡を見るたび、気のせいだと首を振る。
公爵家の教育にも違和感があった。果たして勉強とはこんなに簡単なものなのだろうか。それでいて何故マナーなどはこんなにも難しいのか。どうして女の子はお人形遊びをしなければならないのか。外で男の子と混じって泥だらけになることはそんなにはしたないのか。
その違和感は、日に日に大きくなって、私を蝕んだ。
そして、五歳の誕生日を迎える今日。やっと、違和感の正体を掴めた。鏡を見た瞬間、頭が痛くなり、まるで閃光のように一つの記憶が頭を駆け巡ったのだ。
私は、転生者だった。
決して厨二病ではない。厨二病にしては早すぎる。私はどうやら、妹のやっていた乙女ゲームの世界に転生してしまったらしい。
私の前世は、それはもう恵まれたものだった。共働きながら、子煩悩な父と母。素直で可愛い、ちょっと恋愛に夢を見ている歳の離れた妹。我ながら幸せな人生だったと言える。髪と顔は普通にこげ茶の髪にこげ茶色の目で、良くも悪くも普通の顔だった。勉強は面倒だったが、礼儀作法さえ間違えなければたまに赤点を取ってもげんこつ一つで済む程度には大らかな家庭だった。もちろん姉妹で差別なんてとんでもない。私にも妹にも平等に甘い両親だった。私も妹を可愛がり、妹も私に懐いていた。
そんな妹に勧められた乙女ゲーム。妹が一生懸命にその良さを力説する様子を見て、仕方がないから少し付き合ってあげようなんて思っていたその時だった。
…一台のトラックが妹目掛けて突っ込んで来たのは。あとは一瞬の事だった。私は手を伸ばして妹を突き飛ばし。妹は私の手をずっと握ってぼろぼろと泣いていた。ああ、大事な妹を泣かしてしまったと後悔したのが最後の記憶だった。
さて、前世を思い出したところで状況を整理しようじゃないか。私は、その名前から、多分妹の言っていた悪役令嬢なんだろう。悪役令嬢とやらは確か、よくて身分剥奪の上国外追放。悪ければ死刑、らしい。…うーん、詰んだ。結末を避けようとしたところで、どうすればそれを回避できるかもわからない。唯一思いつくのは、王太子殿との婚約阻止くらいか。
小一時間悩んでみたが、結局出た結論は変わらなかった。
ーもう諦めて今のうちに人生楽しんでおこう!
その日からコンスタンティナ・アルブレと言う人間は変わった。
まず、つまらない勉強については、前世大学生だった知識をフル動員し家庭教師共をあっと言わせて天才だと認めさせ、パスした。この時代設定の家庭教師に私の時代の科学や算術が負けるはずがないのだ。
次に外に出て遊んだ。生意気な弟を泣かせた。怒り狂う母にはそもそも愛人を堂々と囲って弟と姉を差別するあんたの方が問題だと正論パンチした。父には少しは家庭を顧みろバカ親父と怒鳴り込みに行った。
家ではめちゃくちゃをやりつつも、一歩外に出ると完璧令嬢の皮を被ってやった。猫を被りまくった。これ以上猫いらないってくらい身体中猫まみれにした。これで家族は私の家での破天荒振りにも何も言えない。
いや。一回だけ病院に連れていかれたが、特に問題はなく性格がアレなだけだと言われた。家族は諦めた。
しばらくすると弟がごめんなさいしてきた。謝れて偉いと褒めて、改めて姉として可愛がってやった。外遊びも一緒にして、一緒に泥だらけになった。母はそれを最初こそはしたないと言っていたものの、その内愛人に充分なお金を握らせて追い出し、私も混ぜてと言ってきた。母が子供の体力に敵うはずないとわかっていたが、わざと全力で遊んでやった。母は困った表情をしながら、楽しそうだった。それを見ていた父は、ある日突然仕事を放り出して勝手に混ざってきた。家族四人で泥だらけだった。その日初めて、私達は家族になった。
しばらく経ったある日、お客様が来た。綺麗な男の子だった。私と弟は泥だらけの姿のまま挨拶させられた。普通、こんな姿で挨拶なんてみっともないし失礼だからと着替えさせられてから挨拶するのだが、それもなかった。よっぽど偉い所のボンボンだなと私は踏んだ。男の子は私を見て顔を顰めた。どういう意味だこの野郎。
怒った私は男の子の手を取り、中庭に出て男の子をこてんぱんにしてやった。幼い内は女の子の方が発育がいいのだ。そして私は強かった。怒った男の子は何度も私に挑んできたが私はその度に返り討ちにした。父と母はやっぱりこうなったかという表情でため息を吐いていた。ごめんなさい。
その内弟もそれに混じってきた。二対一なんて卑怯だというと姉上の出鱈目な強さの方が卑怯だというので特別に許した。結果、私の圧勝。私は強かった。
その内男の子も笑顔になった。やっと笑ったと指摘してやると恥ずかしそうに目を泳がせた。なんだこの子は。可愛いじゃないか。
その日から男の子は家に泊まることになった。一週間の滞在らしい。訛りから、おそらく隣国から来たんだろうなと予想がついた。
一週間、私達は毎日一緒に泥だらけになって遊んだ。ある日は落とし穴を作って使用人を困らせたり、ある日はこっそり庭師から要らない花をもらって花束を作って使用人や両親にプレゼントしたり。ある日はヒーローごっこなんかもしたし、おままごとも鬼ごっこも隠れんぼもした。
そして滞在最終日。男の子…テオは言った。
「ティナ、俺の婚約者になってくれ」
「私を倒せたらいいよ」
テオは泥だらけになるまで私に挑んできたが、結局勝てなかった。涙目になるテオに、私は言った。
「特別に婚約者になってあげてもいいよ」
「本当か!?」
「その代わり、何かあったら絶対私の家族を守ってよ」
隣国のお偉いさんのボンボンだ。私が断罪された後、私の家族を守るくらいは朝飯前だろう。
「わかった。俺は、ティナもティナの家族も守れる強い男になる」
真っ直ぐな瞳で私を見るテオ。それでこそ男の子だ。
「じゃあ、約束」
「ああ、約束だ」
そうして私達は中庭で、二人きりの結婚式を挙げ、両親に報告した。
両親はなぜか困ったような表情で、しかし同時に誇らしそうだった。そして、この婚約は両親とテオの両親、国王陛下だけの秘密にして欲しいと言われた。そして私は、王太子殿の婚約者ということになった。何故だ。まあ大方隣国の複雑怪奇な政治事情とやらのせいだろう。私は我慢した。
ー…
あれから数年。私は貴族の通う学園に王太子殿の婚約者として通っていた。
が、ようやくそれも終わり卒業を迎えた日、卒業パーティーで、いきなり私に婚約破棄を突きつける王太子殿。一体何事かと思ったが、なんのことはない。悪役令嬢の断罪劇の始まりのようだ。茶番だなと思った。
「コンスタンティナ・アルブレ!貴様との婚約は破棄させてもらう!そして今ここで、僕の愛しいコレット・ヴァロアとの婚約を宣言する!」
「ああ、はい、わかりました」
周りはざわざわしていたが、私があっさりと了承したことでさらにざわざわしだした。
「き、貴様!立場がわかっていないのか!」
「だから、その子と婚約して私と婚約破棄をしたいんでしょう?いいんじゃないですか?」
思わず適当な物言いになってしまう。いけないいけない、猫を最大限に借りるのだ。
「貴様!ココを虐めていたくせによくそんな態度が取れるな!」
「ココに謝れ!」
「ココがどれだけ傷ついたと思っている!」
ありゃ、逆ハールート。しかし、ヒロイン悪役面してるなぁ。あの子が悪役令嬢って言われても私は信じるな。しかし、逆ハールートってことは、もしかして隠しキャラ、なんたらルート狙いか?だとしたら王太子殿も可哀想だな。ただの当て馬役で終わりなんて。しかも最後はヒロインの恋を健気に応援して終わりだもんなぁ。あ、ヒロインがなんたらルート狙いなら断罪ごっこにも乗ってあげた方がいいか。
「ごめんあそばせ。男爵令嬢なんかにかける言葉はありませんわ」
我ながら完璧な悪役令嬢っぷりじゃないか?と私が自画自賛していると、騎士団長令息殿が私を捕まえ押さえつけて跪かせる。何するんだこの野郎。
「往生際が悪いぞ!ココに謝れ!」
「何をしている」
「テオ様…!」
私が取り押さえられていると、テオが来た。ヒロインが何故かテオを見て目を輝かせる。あ、もしかしてヒロインが行きたがってたなんたらルートってテオルート?だったらもう無理だぞ?テオは私の婚約者だぞ?
「テオ様…私っ…」
「?お前誰だ?それより貴様、俺のティナに何してる。その穢らわしい手を離せ」
「なっ…!」
「えっ…?」
さらに周りがざわざわする。それはそうだ。
「ティナも、変な遊びに乗るんじゃない。悪役ごっこ、似合ってなかったぞ」
「む。失礼な。私は全身全霊力を込めて演技したぞ」
えっへん、と胸を張るとテオは呆れた顔をする。
「き、貴様…僕がいながら隣国の王子と浮気をしていたのか!」
「あぁん?」
テオが凄む。ついでに言っておくと隣国とうちの国では隣国の方が大きいし強い。てかテオお偉いさんだと思ってたらやっぱり王子だったのか。王子に嫁ぐと大変だろうなぁ、と考えていたら騒ぎを聞きつけて国王陛下が駆けつけて来た。
「…王太子殿下!」
多分、国王陛下の言う王太子殿下は王太子殿ではなくテオだろう。自分の息子に殿下もなにもない。しかしそうか、テオは王太子になっていたのか。一言くらいは言っておくれよ。
「この度は息子が馬鹿なことを…本当に申し訳ありません!」
「ち、父上!?」
跪き赦しを乞う父親を見て王太子殿は唖然とする。いや気付け。いい加減状況に気付け。
「お前達も謝らぬか馬鹿者!」
国王陛下が王太子殿を無理矢理引きずり倒し謝らせる。状況がわからないながら、それに伴い逆ハーレムメンバー全員跪きテオに謝る。ヒロインは一人ぼうっと突っ立ってえ?え?と言っている。
「この度は本当に申し訳ありません!事情があり王太子殿下の婚約者を息子の婚約者とさせていただいていたのに、この馬鹿どもがこんな不祥事を起こすとは…」
「!?」
「いや、俺に謝る必要はない。ティナに謝れ」
「本当に申し訳ございませんでした!」
「いえいえ、元々テオの方に事情があって私を王太子殿下の婚約者としていてくれたのでしょう?むしろ感謝しておりますわ」
借りて来た猫総動員である。
「ティナ、これ以上ここにいても面倒くさいだけだろう?抜け出して二人で卒業祝いでもしよう」
「いいなそれ!」
そうして私達がその場を去ろうとすると急にヒロインが騒ぎ出した。
「ふざけないでよ!この泥棒猫!私のテオ様を返して!」
襲いかかってくるヒロインから私を守るテオ。強くなったなぁ。
「なんだお前。俺はお前なんかのモノじゃないぞ?俺という存在は全てティナのモノだ」
ひゅー、言うねぇ。
「そのセリフも!本当は私のものだったのに!せっかく逆ハーレムフラグ立てたのに!これじゃ気持ち悪い王太子共に媚を売ってた意味がないじゃない!」
周りがまたざわつく。今のは流石に不敬だぞ?打ち首にされるのでは?
「なっ…ココ?」
「うるさい!うるさい!この役立たず!あんたがしっかりとあの悪役令嬢を惚れさせないから!」
王太子殿は呆然としている。残念。
「…なにやら脳内で盛り上がっていた様子だが」
テオがヒロインに近づき凄む。
「そんなことのために俺のティナを陥れようとした罪は重いぞ」
「ひっ…!」
「その者を牢に連れて行け!王太子達もだ!」
「はっ!」
そうして卒業パーティーも解散となり、私達はさっさと二次会に移って騒いだ。その後王太子殿は廃嫡され市井に放り出された。もちろん他の逆ハーレムメンバーも大体同じような措置が取られた様子。ヒロインは内乱罪とやらで打ち首のち晒し首にされた。乙女ゲーム怖い。
「ああ、ティナ。いよいよこの日が来たな」
嬉しそうに言うテオ。そう、今日は私とテオ…テオドール・フィリップとの結婚式だ。
「幸せにしてくれる?」
「もちろん」
「ふふ、それはそうだ。この私を娶るんだから」
幸せにしてもらわないと困る。
「愛してる」
「私も」
そうして私達は、式が始まる前に二人きりの誓いのキスを交わした。
たまには全部諦めて好き勝手に過ごす。それも一つの選択肢だ。
隠しキャラルート狙いじゃなければヒロインも幸せになれたっぽい気がする