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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第2章 家族の絆
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7.嵐の前の静けさ




~*~



帰宅したその直後。

治癒では補いきれない状態まで悪化してしまったのか、予兆も何もなく孝平は倒れた。

唯一の幸運は両親の目の前で倒れなかったことだろうか。

穂香はそのまま孝平の部屋へと引きずっていき、両親にはもう休んでいることを伝えた。

元々体調不良だったこともあったので、何の疑問を持つこともなく納得してくれた。

今は白雪とネロについていてもらっている。



「珍しいなぁ。孝平が」

「あまり病気とかしない子なのにね」

「……」



両親の会話に穂香は口をつぐむ。

理由が理由なだけに話せないからだった。

どうにかしなければいけないのだけど、どうにかするには文月丸たちと連絡を取る必要がある。

今の状態の孝平を置いて会いに行くわけにもいかない。

どうしようかと考えて、穂香はまず稀莉に電話することにした。

まだ日が高いのですぐに出るだろうと思って。



≪もしもし! かかってくると思ってましたよ!≫



稀莉の明るい声はとても安心できた。若干、周りが騒がしい気がしたが、気にしてる暇はないので。スルーすることにした。

穂香はすでに、向こうで起こったことや、孝平の現在の状態を大まかにだが稀莉へと伝えていた。

稀莉は稀莉で、冬休みであることを利用し、ほぼ不眠不休で調べ物をしていた。

そして、見つけた。唯一ともいえるその方法を。

見つけたら後はもう、準備に時間と自身の手を使う。入念に、少しでも成功率を上げるためだった。



≪孝平くん、大丈夫ですか?≫

「今のところは。でも、熱が高くて苦しそうだけど…」

≪抑えられているのは短くて2日…でしたよね。早ければ明日の夜にはもう行動しないといけない…≫

「なんとかして連れ出したいけど、あんな状態なのにそんなことできない。母さんたちに止められる。かといって母さんたちに被害がいくようなことも嫌だ…」

≪それなんですけど、穂香先輩。前に一緒に作ったお香、まだ持ってます?≫



前に稀莉と作ったお香。

あれのことかと、引き出しにしまってある物を思い出す。

夏の一件から、興味のあるもの全て学ぼうと、稀莉と一緒になって手を出しまくったものの1つがそのお香。

素材の配合によって効能は変わるが、その時に穂香が作ったものには眠らせる効果があった。



≪なんやかんや理由をつけて使えば、自然に眠らせることはできます!≫

「なんやかんやって…」



けれど両親に対しては一番無理のない方法だと思った。

少々申し訳ないという気持ちはあるけれど、仕方のないことだと感じた思いを呑み込んだ。



≪その時になったら穂積山に来てもらったら? 元々そのつもりで準備してるし≫

≪ひっ!? ちょっ… 耳元で喋んないで!≫

≪えー、だって穂香ちゃんと話してるんでしょ? こうしなきゃ聞こえないし、文の兄貴だって話したいのにできなくてそわそわしてるよ≫

≪わっ… 我は別に何ともないぞ!?≫

≪分かりました。スピーカーにしますから≫

≪すぴーかーとな…!?≫



電話の向こうが騒がしい。

でもやっぱりかと、穂香は分かっていたというように落ち着いていた。

何に対しても一生懸命な稀莉なら、きっと穂積山にいるだろうと思っていたのだ。

それよりも山の中なのに電波が届いていることの方に驚いている。

だけど少し遠いが、電話越しに聞こえる好きな人の声に、穂香の口元は自然と綻んだ。



≪穂香先輩、スピーカーにしました。そのまま話してください≫

「稀莉は今何やってるの?」

≪私は先輩の旅行中、家の資料を読みまくっていました。孝平くんのことをどうにかできる最適な方法がないかと思って≫

≪どうにかするだけなら我にもできるのじゃが、我のやり方では穂香の弟を傷つけることになる。穂香が悲しむのは我も嫌じゃ≫

≪私も方法を見つけましたけど、私だけじゃ技術も霊力も道具も足りなくて… だから文月丸様とクロに協力をお願いしたんです≫



今はその最終調整中なのだ。

技術と霊力の提供の協力を2人に仰いだことで、稀莉は道具作りに全力を注ぎ込めた。

最終手段にためらいを持っていた文月丸は、快く協力要請を受け入れた。

全ては、穂香の為。

その思いは文月丸だけではなく、穂積山に住みつく穂香を慕う小物妖たちも、霊力提供ならできると自ら名乗り出ていた。


1人1人は少なくとも、塵も積もれば山となる。

その言葉が丁度合うくらい、穂香を慕う妖は多かった。



≪だから穂香、心配はいらぬ。我らがおる≫

「……ありがとうございます」

≪それに、あ奴の腕も確かじゃ。少なくとも2日は必ず抑えられると言ったのだろう? その言葉は信じてよい。…少々気に食わんが≫



褒めているのか、突っぱねているのか…

里桜が言ったようにツンデレなのかと穂香は一瞬だけそう思った。その片鱗が見えた気がした。

心がポカポカと温かくなって、思わずクスッと笑みがこぼれる。

大変な時だけれど… 感じられるぬくもりと幸せがとても大切なものに思えた。



≪だから穂香、今夜は様子を見ながらも最大の注意をはらうのじゃ。明日の夜、弟を社にまで連れて来い。本当は今すぐがいいが、準備があと少しかかる他にさっき言うてた通り親の目もあるじゃろう≫

≪それに、そんな高熱じゃ孝平くんに負担がかかりすぎる。様子を見て、少しでもマシになった瞬間を狙うしかないね≫



ならばその瞬間を作るのは穂香の役目だ。

看病すると言えば孝平にずっとついていられる。状態を誤魔化すことだってできる。

親に嘘をつくことには心苦しかったが、事が事なだけに仕方がない。忙しい両親は明日からもう仕事なので、大体は任せてくれるはず。



「ありがとうございます。必ず孝平を連れていきます」



時間はもうない。後はなるようにしかならないから。

穂香は深く息を吐いて、覚悟を決めた。






~*~



「姉ちゃん」



その声はいつもと変わらない声で。

でも、いつもと変わらないことが逆に不安を大きくした。

もはや日課となりつつあったお札や式作りを、穂香は孝平の部屋でやっていた。

ベッドで眠る孝平の横で机を借りて。不意打ちを受けないようにあえて距離を少し取っていた。

穂香は起き上がった孝平をじっと見る。

危険は無いと判断してから近くに行った。



「気分はどう?」

「…怖いくらいスッキリしてる」

「何か違和感は?」

「無い。…と思うけど」



淡々と質問する穂香に、孝平も同じような声のトーンで返していた。

倒れた時のことはうっすらとだが覚えているし、熱くて苦しかったのも新しい記憶。なんなら感覚が少し残っている。

孝平は自分の両手を無言で見つめた。

自分の意識がなかったとはいえ、この手で姉を手にかけた。…いや、かけかけた。

それが事実としてあるのに、孝平はそれを受け入れられなかった。

姉をそんな風にしたいと思ったことなんて1度だってないし、今後も絶対にない。

だけど近いうちにこの手はまた、姉に害を与えようとするだろう。

たとえ、そこに孝平の意思は無くとも。



「姉ちゃん、次はまたアイツが出てきたらさ、俺のことは一旦放って逃げてくれよ」

「何言ってるの。そんな事できるわけ…」

「知ってる。姉ちゃんはそんなこと絶対にしないって。だからせめて… (ここ)からは逃げてほしい」

「…!」



孝平が言わんとしていることを穂香は理解した。

どこでそれが始まるのか分からない状態で、もしも予想よりも早くその時が来たら。

孝平は穂香が動けば、自分の中の妖は穂香を狙って追っていくだろうと予測した。

そうすれば家に残していく両親に被害が出る確率は低くなる。



「昔、いっぱい迷惑と心配をかけたから… 頼むよ、姉ちゃん」

「………分かった」



ここで反対したってどうにもならないことは分かっていたので、穂香はその頼みを受け入れるしかなかった。

でも、そいつが予想と違う動きをしたら。

もしも、両親を人質にとったりしたら。

絶対にないとは言い切れない事柄をどう対処するか。



「こっちは大丈夫。孝平は自分のことに集中してね」

「うん…」

「どうしたの?」



孝平の声のトーンが少し下がったのに気がついた。

穂香の問いかけに孝平は反応しない。

追究することもしなかったので、2人の間に沈黙が流れた。



「俺は… 都合が良い奴、だったのかな…」



5分ほどたって、孝平がポツリと呟いた。

今度は穂香が答えなかった。

答えられるような言葉が見つからなかったという方が正しいけれど、本人ではないので真意は分からないし分かるわけがない。

ただ、穂香は1つだけ引っかかっていることがあった。


旅館で孝平に治癒を(おこな)った時。

あの感情、あの涙。

もしかしてとは思うが、自分の憶測でしかないことは言うことはできなかった。



「孝平にとっては、どうだったの?」



前にも似たような事を聞いたなと思いつつも、穂香はその質問をしていた。

おそらく、というか確実に祓わなければいけない対象にされている。それは孝平がどう思っているにしろ、結果は同じということ。

どの道をどう辿ろうとも、結局は傷つくことになる孝平に、穂香は心を砕いていた。



「友達のような、相棒のような… 同じ目線で俺の話を聞いてくれて、良い奴だと思ってたんだ。体調の心配してくれたりもした。…でもさ、それが全部、今回の為の演技のようなものだったってことなんだよな……」

「もう嫌い?」

「んー… 好き嫌いの感じじゃないんだよ。なんていうか、信頼関係ができてたと思ってたのに違くて、無くなって… 喪失感、かな」



できるのなら嫌いになりたかった。そうなれてたらどれほど楽だっただろうか。

穂香は、孝平が表情でそう語っているように感じた。

少しでも嫌いと思うことがあれば、これほど悩むことはなかったかもしれない。

人であれ、妖であれ… そこに何かしら名前の付く関係を築くのは難しい。



「ちゃんと話せたらいいんだけどな…」



そう言ってから孝平は布団を頭までかぶってしまった。

会話は終わりかと思ったので、穂香は中断していた作業に戻る。

そこでふと、穂香は稀莉にオススメされた効果のあるお札のことを思い出した。

孝平の方をちらりと見る。布団から顔を出す気配は無い。


今の孝平を見ていると、念には念を入れすぎてもそれはそれでちょうどいいのかもしれないと思った。

手加減なんて、できるほど力をつけていないのもあるけれど。



「(やって損はないよね)」



オススメされてから、借りた資料を読み込んだ。

穂香は何においても理解が早い。作るのに必要な陣の形も文字も覚えている。

筆ペンを持つ手がスラスラと動く。

あっという間にお札ができあがった。



「(それにしても… 本当に静かだ)」



怖いくらいスッキリしている。孝平はそう言った。

穂香は孝平の体調のことかと思ったけれど、それだけではない気がしてならなかった。

自分の気分も、周りの雰囲気も全部を含めての表現だったのでは。

自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。


緊張? それだけではない。

消しきれない恐怖―――



「………」



孝平に何かあるかもしれない。自分がどうにかなってしまうかもしれない。

そういう不安をぬぐうように、穂香は自分の傍らで丸くなって寝ていた白雪の頭を撫でていた。






ひらりと舞う、黒。

孝平の上で、くるくると回るように飛ぶネロの姿があった。




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