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お狐様の恋愛事情  作者: 橙矢雛都
第1章 出会いと再会と気づき
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1.今現在

連載ものとしては初めてになります。

書き溜めているものの中では一番物語が進んでいるものなので、思いきって投稿することにしました。

表現は相変わらず下手です。




その昔のこと。





穂実(ほずみ)



その名を呼んでも返事はなかった。名を呼べば、いつも笑顔で振り返ってくれるその姿はなく、見るも無残なものになっていた。

こんなこと、誰が予想できただろうか。

今、沸きあがってくるこの感情はなんだろうか。すぐに理解する。あぁ、これは『怒り』だ。

そして唐突に突き刺さる。穂実はもう、戻ってこないと。


……死んだのだと。



「誰じゃ…… 誰が穂実をこんな目に遭わせたのじゃ!」



答えらしい答えは返ってこない。その場に響きわたるのはいくつもの悲鳴。

逃げ惑う村人たちが発した言葉で、その者は直感した。この村人たちが、穂実を殺したのだと。

自身の保全の為と、屈折した思い込みによって穂実は犠牲になった。



「もう知らぬ… 穂実のいないこんな村などどうでもいい!」



日照りによる凶作や、凶作による飢饉。村を襲い、多くの命を奪った疫病など。

様々な不幸事に対する神への信仰があった時代。

この村も例外ではなく、この村に存在する神社に祀られている狐神が村にとっての守り神。わりと良好な関係が築けていたはずなのに、なぜこのようなことになってしまったのか。

分からないことだらけだが、明らかなのは愛する人を奪われた悲しみと怒りによって、その村が崩壊してしまったこと。

村人たちの愚かな、間違った考えで事が起きてしまったこと。

人のいなくなった土地に神社だけが残り、その狐神であった者は、そこに(こも)って外界との接触を絶ったこと。



尾が無かった狐神だが、怒り狂ったその姿には尾が九本、揺らめいていたと。






~*~



「また、一説には崩壊したその村には生贄、人柱といった行為があったとされており、村で美しい女が狐神に捧げられた説もある。その騒動が伝えられた他村で、崩壊する原因となった “穂実” もたいそう美しい女性で、生贄として捧げられたのではと…」

「…穂香先輩、何読んでるんですか?」

「えっ??」



ある夏の始まりのある日。弱めの冷房が効いたある高校の図書室。

《お狐様伝説》という、少し分厚めの本を読んでいた管原穂香(すがわらほのか)にかかる声。キョトンとしながら返事するが、そこでようやく自分が集中しすぎていたことに気づく。

読んでいる箇所に栞を挟み、本を閉じる。そういえば、今日は後輩である雪宮稀莉(ゆきみや きり)に相談がある、と言われ図書室で待っていたのを思い出す。

待っている間にと、たまたま視界に入って気になった本を読んでいた。それが《お狐様伝説》。



「その本に書かれていることって、大昔に本当にあった出来事なんですよね」

「この土地に伝わる伝説だって、歴史とかの授業で先生が1回は授業脱線して話してくれるよね」

「生贄なんて、今では考えられないですよね。ましてそれが人間なんて…」

「……で、相談って?」

「あ、そうでした。穂香先輩、そんな話をした直後に申し訳ないんですけど、穂積山に一緒に来ていただけませんか?」



穂積山。そこはこの町に住む者なら知っていて当然の場所。

その山の麓付近がかつての騒動があった村が存在した場所であり、山の中のどこかに狐神を奉った神社と《穂実》の墓があるらしい。

別に立ち入り禁止、というわけではないのだが、どうやらそこは人の出入りがほとんどないに等しいらしい。

神社があるはずなのに、参拝者もいないのではないだろうか。



「一緒に行くのはいいけれど、何しに行くの?」

「……妹が、最近学校でいじめにあってて、この前もクラスの男の子数人に大切なモノ取られたって言ってて…」

「稀莉、それってもしかして……」

「はい。例の、アレです」



それはほんの数日前のこと。小学生の男の子数人が穂積山に入って、心身共に重症となって発見された事故。

ほとんど整備されてない山だから怪我くらいして当然だろう。…と、その騒動を知った大人たちは言うけれど、一部は狐神の気に触れたからと言う人もいる。

人間嫌いになった狐神が住む山、としてこの地元では有名で、知らない人はまずいない。狐神の気に触れないように、無駄な事故が起こらないように、大人は子供たちにその山には立ち入らぬように教え込むのが基本だ。

だけどそこはやはり好奇心の強い子供なだけあって、言いつけを無視して入り込む子供があとをたたない。

結果、それが狐神による祟りなのか、ただの子供の不注意による事故なのかが分からないのである。

今回のも「分からない」ケースで、警察も捜査らしい捜査はしていない。けれど稀莉の話を聞いて、穂香は何かが引っかかった。

自分が関わりあるというわけではない。子供たちというより、狐神の方がなんとなく気になって仕方がない。



「その取られた大切なモノが穂積山にあるってこと?」

「妹は、そう言ってるんです。その男の子たちの所持品にそれが無かったって」

「隠したか、捨てたか、落としたか……だね」

「とても、大切なモノなんです。死んだ祖母から貰ったモノだから替えがないというか…」

「それって、どんなものか聞いても?」

「お守りです。何のお守りだったかは忘れましたけど」



そこは一番忘れてはいけない所だろうと思いつつも、穂香はお守りの行方について考えを巡らせる。持っていたのは小学生の男の子。山のどの場所で何があったかかにもよるけれど、実際現場に行って、子供が興味を持ちそうなものを自分で確認するしかなかった。

それに、本当に祟りなんてものがあるのかどうかも穂香は確かめたかった。本当は善良な狐神なのに、人間が勝手に悪い方向へ噂してるだけじゃないのか。

噂というものの全てを否定する気はないが、穂香は基本的に自分の目で見たものしか信用しない。逆に、自分が見て体験したことであれば、それがどんなに現実離れしたことであろうと、他人がどんなに否定しようと信じることにしている。



「善は急げです。さっそく今から行きましょう!!」



稀莉に促され、共に職員室を後にする。テスト週間なのに勉強はいいのか、とか思っていることは色々あるが、この稀莉が困っているのは事実だし、穂香はあえて言わないことにした。

廊下を歩いている時も、上履きと靴を履き替えている時も稀莉の話は止まらない。お守りの事や、穂積山の事。その他にも色々話していた。

時には今回のことと関係のないクラスでの話、テストのヤマが当たった話など、日常的なことも話してきた。

正直、話の内容がバラバラだったから、穂香はたいして真面目に聞いていなかった。だからというわけではないけど、穂香は校舎を出た瞬間に妙な違和感を覚えた。

隣にいる稀莉は特別何かを感じた様子もなく、いたって普通だった。穂香もその違和感が何なのかは分からない。一瞬のことだったし、今はそんなに感じない。



「…? 先輩、どうしました?」

「いや、なんか…… 空気変わった?」

「そうですか? 中も外も暑いですけど」

「そういうことじゃ… まぁいいか」



なら勘違いかと、穂香は自分にそう言い聞かせた。たまに勘がいい時があるくらいで、霊感があるわけでもない。

けれどつい最近、穂香は不思議な夢を見た。

何かを必死で訴えている。誰に何を訴えているのかまでは分からなかった。でも「悲しみ」と「守りたい」という感情が痛いほど伝わってきて、起きた後もそれは穂香の中に残っていた。

まるでそれは、自分のものであって自分のものじゃないような感情。



「そういえば私… 一昨日だったかな。朝起きた時に泣いてたんだ」

「何か怖い夢でも見たんですか?」

「よく覚えてないんだけど、どちらかというと悲しかったような気がする」

「何かの予知ですかね。穂香先輩、たまにそういうのありますし」

「予知って何? たまにって何?」



身に覚えのないことを言われて思わず聞き返しながらも、本当にそうなのだろうかと穂香は首を傾げる。

でももしそうなら、これから何か起きるということか。だとしたら穂積山には本当に何かあるのではないか。

穂香は稀莉と、そう遠くない穂積山までの道のりを歩く。その後ろを、まるで尾行するかのように2人の後をゆく黒い靄があった。






~*~



一瞬にして、閉じた。気づけば辺りは真っ暗だった。

ここに存在しているのが本当に自分なのか、それすらも分からない。そんな感覚。



「なぜじゃ… なぜじゃ…」



音も光もなく、どの方向かもわからないそこで、突然穂香の耳に聞こえたのは悲しみの声。泣いている声。



「穂実ぃ……」



穂香には伝わってきた。悲しみの中には愛しさもあるのだと。

そしてその『穂実』はついさっき見た名前。あの本の、無残にも殺されてしまった女性の名。穂実という名前を聞くたび、穂香の心の奥の何かが震える。

暗闇は変わらず、穂香の目は何も映さない。でも声のする方向に手を伸ばしてみる。

何に触れることなくその手は空を切る。届くはずなのに届かない。そんな状況に、心がだんだんと黒くなっていく気さえする。



「穂香先輩!!」



稀莉の声で一気に現実に引き戻された。見える景色も穂積山の山中となった。

今のは、何だったのだろうか。穂香に聞こえていた声はいつのまにか聞こえなくなっていて、感じていた感覚は消えていた。

まるで幻術にでもかけられたかのような、それくらいの鮮明さ。1分にも満たないごくわずかな時間だったが、穂香は確実に何か見ていた。



「穂香先輩? 大丈夫ですか?」



不安そうな稀莉の声。たった数秒、穂香の姿は稀莉にどう見えていただろうか。

穂香は自身の両手を見つめる。何故だか分からないが、その手は微かに震えていた。

何度か深呼吸を試みる。呼吸や胸の動悸が落ち着いてくるころには、手の震えもなくなっていた。そしていつものように分析を始める。

稀莉と共に学校を出て、来るまでの道のり、山に入ってからの道のりも、何かがあったわけではない。普通に話しながら歩いていただけ。なのに、突然だった。



「稀莉は何か感じた?」

「いえ、特には… 先輩、やっぱり何か…」



稀莉には影響がなかった。穂香にだけ。

言い伝え通り、この山には何かがあって、その何かに穂香が影響受けたということだ。



「でもなんか… イヤな感じはします。穂香先輩の動きが止まった瞬間、少し息苦しくなったというか…」

「これは… さっさと用件を済ませた方がいいかもね」

「先輩、私のお守り持っててください。先輩はなにかと引き付けやすいんですから!」

「アンタのは妹さんのとおそろいになってるやつでしょ? 手放したら駄目じゃない」

「でもぉ…」



その身を案じ、どうにか受け取ってほしい稀莉と、一歩引いて頑なに受け取ろうとしない穂香。

稀莉が厄介事に巻き込まれやすいことを知っているので、自分のお守りはちゃんと持っててほしいと穂香は思っていた。

それ以前に、頼まれていた。約束していた。それ以上でもそれ以下でもなかったのに、情がわいたとでも言おうか。

彼女の祖母への義理を通すだけのつもりだった穂香だが、次第に友人として、先輩としての感情を持つようになって気づけば今に至る。

自分の祖母と、尊敬する先輩がそんな関係にあるだなんて、稀莉は知らないのだが。



「それにしてもこの山… こんな雰囲気だったっけ?」



この町に住む者なら、好奇心やら成り行きやらで小さい頃に一度は訪れたことがあるのが当たり前だった。

穂香も稀莉もそれぞれで訪れたことがある。その時は何事もなく、今回は前とはあきらかに違うのを2人は感じとっていた。

何かあったかというくらい、一歩進むたび空気が重くなっていく気さえした。



「あ、先輩… この辺りですよ。たぶん…」



しっかりとした報道がされていないため、例の件に関しての情報が若干あやふやな部分もある。だが、そんな中でも大体の位置を覚えている稀莉は大したものだった。

けれど一番の目的は失くされたお守りのありか。男の子たちがこの山で失くしたのは事実で、この場を調べたと思われる警察が見つけていないのも分かっている。

事が起こってからそんなにたっていないし、人の出入りがほぼない山だからここにあればと願うしかない。



「ん…? あれは……」



屈みながら探していて、穂香が一度体を起こした時。

視界の端っこに何かが見えた気がした。よく見るとそれは、大きな石のような何か。

自然物ではなく、どちらかといえば建造物に近い。

確かめるために、近づくのに、穂香は抵抗も警戒心もなかった。まるで吸い込まれるように、それに近づいていく。

近づいて分かった。この大きさ、形状、これは…… 墓石だ。

誰のかなんて言うまでもない。



「ねぇ、稀莉! これって… ……稀莉?」



おかしい、と穂香は最初にそう思った。

大体の場所に着いてお守り捜索を始めて、別々に探していたけどそれぞれお互いを視認できる位置にいたはず。

声を出せば聞こえるはずなのに返事がなく、周りを見ても稀莉の姿は見当たらない。

そもそも人の気配すら感じられない。

今度ばかりは夢や幻などではないようだ。ならば何を優先すべきか、穂香はできるだけ冷静に考えようとした。

もう一度、さっき見つけたモノに目を向けた。

墓石といっても名前はなく、花が添えられているだけ。だけどこれはきっと『穂実』の墓。

悲しい、とか可哀想、とか同情したわけではない。

でもそれを穂香自身は理解していなかったが、そのとある現象を感じとった《人外の者》が多くいた。

墓の前で手を合わせ、目を閉じる穂香。



「おぉ… やはり美味そうな小娘だな」



頭上から声がして、ハッとなり穂香は顔を上げる。

一目見てすぐに「人じゃない」と思った。



「だ… 誰?」



すぐに逃げられるように、立ち上がって距離をとる。

意味のない行動だと嘲笑うかのように、だんだんと人の形になったそいつは、一瞬にして穂香の目の前へと近づいてきた。

反射的に後ずさるが、いつのまにか腕を掴まれていて動くに動けない。



「これから喰われる者に名乗っても仕方あるまい」

「喰われるって……」

「文字通り、キサマをだ。もっともいただくのは魂だがな」



その瞬間、穂香の頭には死という言葉が浮かび、全力で相手の手を振りほどいた。

今一番に考えるべきは逃げること。でもどこへ? 山を下りる? 稀莉を残して…?

走り出したが、山を下りるなんてことは穂香には出来なかった。下りるにしても稀莉を見つけてからじゃないと、そんなことできない。

穂香は混乱していた。だってどうすればいいのか分からないのだから。



「っ!! 鳥居…?」



無我夢中で走って着いた先には鳥居があった。

若干、古びた感じが雰囲気を作っていて、追われているというのに見入ってしまうほど。

するといきなり、立ち尽くす穂香の影に、大きな影が重なるようにして現れた。



「そこで何をしておるのじゃ」





お読みいただき、ありがとうございます!


しばらくは1週間に2~3回の投稿にしようと思います。

10万字を超えたら週1にする予定です。


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