8. 急な出発 港町コーネルへ
翌朝、ウェスは何度も自分を呼ぶ声に気がつき目を開けた。目の前にはマリーの顔があった。ウェスの目は一気に覚めた。
「おはようございます。ウェスさん」
「お、おはよう、マリー。申し訳ないんだけどもう少し離れてくれないかな?」
「あら、ごめんなさい」
マリーが離れてようやくまだ陽が昇っていないことにウェスは気がついた。
「今何時だい?」
「朝の5時です。実はハウスランドさんにウェスさんを起こしてくれるように頼まれまして」
「コナタさんに? こんな早くになんだろう? それとマリーは何時から起きてたんだい?」
「わたしは4時に起きましたよ。工場の人たちの朝食と昼食用にパンを焼く必要があるので」
「工場?」
「はい。ハウスランドさんが指揮する武器工場があります。そちらの人たちのために毎日パンをお作りしてます」
「そうだったのか。工場があるなんて知らなかったよ」
「ハウスランドさんの特注品だけでは追いつきませんので。下でハウスランドさんがお待ちしてますわ。行きましょう」
ウェスはまだ眠っているらしいジェシーをホルダーに収めてから一階へと向かった。
「おはよう、ウェス君。こんなに朝早くに悪いね」
「いえ、大丈夫です。それで、用っていうのはなんですか? 急用なんですよね?」
「昨晩言ってたいい案なんだけどね、僕の顧客にキーブクロイス王国白の騎士団八番隊隊長オスティー・ティガーという人がいるんだ」
「騎士団?」
「そう。騎士団。簡単に言えば王国軍のエリート集団さ。それでね、昨夜の電話もそこからのものだったんだけどね、
まあ話自体は予定を早めて今日頼んでいた武器を受け取りに来て大丈夫かって話だったんだけどね。その電話でオスティーさんに頼めば君もイーストタウンに入れるんじゃないかって思ったんだよ。
昨夜はオスティーさんがいなくて話ができなかったんだけど、さっきまた電話が来てオスティーさんと取り次いでもらえんただ。
それで君の話をしたところ会ってから判断すると言われたんだよ」
「それじゃあ、そのオスティー・ティガーという人に会えばジェシーの生まれ故郷に行けるってことですね」
「それだけじゃない。もしかしたら、カナタ・ハウスランドと会うこともできるかもしれない」
「本当ですか? それで、そのオスティーさんにはどこに行けば会えるんですか?」
「それなんだけどね、さっきもらった電話が予定変更で朝の6時に荷物受け取りのトラックが着くっていう電話だったんだ。それで、君もそのトラックに乗せてもらうことになったんだ」
「6時?」
「そう、6時」
ウェスは壁の時計を見た。時刻は5時30分を過ぎたところであった。
「悪いけど急いで準備してくれるかな?」
ウェスは「はい」と言って勢いよく立ち上がったが少し考えてからゆっくりと椅子に座った。
「どうしたんだい?」
「いえ、よく考えれば準備することは特にありませんでした」
「そうかい。でも、その寝癖は直したほうがいいんじゃないかな?」
コナタに言われてウェスは慌てて洗面所に駆け込んだ。
朝の6時過ぎ。コナタに連れられてウェスとまだ眠っているジェシーはコナタたちの家から東に200mほどさきにある武器工場に向かった。
工場に着くとすでに一台の大型トラックが着いていた。その横に白を基調に赤のラインが入った軍服を着た二名の若い男女が立っていた。白の騎士団の隊員だ。男がコナタに気づくと素早く敬礼した。
「朝早くからすみませんコナタさん。こっちでちょっといろいろ問題が起きまして」
「いえいえ、大丈夫ですよ。今、工場を開けますので」
コナタは下ろされたシャッターの鍵を開けてシャッターを勢いよくあげた。
「従業員がまだ来ないんで搬入を手伝ってもらえますか?」
「ええ、もちろんです」
「ウェス君も手伝ってくれないか?」
コナタに言われてウェスも工場内に足を運んだ。工場内には作りかけの剣や銃さらには槍、斧、釜といった武器が置かれていた。
「おお、これは凄い。これだけあればどんな敵でもイチコロだぜ」
騎士団の男が目を輝かせて言うと女性の隊員が思いっきり男の頭を叩いた。そして、ゆっくりとコナタに頭を下げた。コナタは苦笑いしながら顔の横をポリポリと掻いた。
「ウェス君、あの武器が入ったドラム缶を運ぶのを手伝ってくれ」
ウェスはコナタが指差すドラム缶を運ぼうと手をかけると反対側に男の隊員が来た。
「『一、二の、三、はいっ』、の『はいっ』の部分で持とう。わかる? 『はいっ』だよ」
男の言葉にウェスは何度も頷いた。
「それじゃあ一、二の、三、はいっ! よいしょー」
と男は『はいっ』のあとの謎の『よいしょー』という掛け声と同時にドラム缶を持ち上げた。もちろんウェスは『はいっ』と同時に持ち上げようとしていたがドラム缶は僅かに傾いただけであった。そのあと、男の力が加わり持ち上がったのだが、先に持ち上げていたウェスには余計な負担がかかった。しかし、男は
「よし、ぴったり! さあ、行くぞ!」
と全く気に留めていなかった。ウェスは苦笑いするだけで文句を云わずちゃっちゃっとドラム缶をトラックへと運んだ。その後も男は言っているタイミングとやっているタイミングが全く違い、ウェスは男に振り回され続けた。
ドラム缶を全てトラックに運び男がなにかをやり遂げたといわんばかりに汗を拭っているとまた女性隊員が頭を思いっきり叩いた。なぜ叩かれたかわからないと頭を抑え涙目を浮かべる男を無視して女性隊員はウェスに近寄った。
「大変だったでしょ? ごめんね。あいつ昔からああなのよ」
「いえ。大丈夫です」
「わたしは白の騎士団8番隊隊員のマイム・ダーティ。話はコナタさんから聞いたわ。うちの隊長に会いたいんですってね。ちゃんと隊長のところまで送り届けてあげるわ。長旅になると思うけど、よろしく。」
「はい。ウェスと言います。よろしくお願いします」
二人が握手をすると男が慌てて飛んできた。
「なんだい、なんだい俺をのけ者にして握手なんかして」
「カイム、彼はウェス君。コナタさんからの頼みで彼も武器と一緒にコーネルまで持って帰るわ」
「コーネルに? なんで?」
「隊長に用があるんだって」
「隊長に? 隊長に用って……あっ、わかったぞ。隊長に弟子入りだな」
「隊長は弟子なんてとらないわよ。いいから早く自己紹介しなさい」
「おっと、忘れてた。僕はカイム・ダーティ。よろしくね、ウェス君」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人もまた握手を交わした。
「さあ、早く行きましょう。じゃなきゃこんな時間に来た意味がなくなっちゃう」
マイムはコナタに一礼するとトラックの助手席に素早く乗り込んだ。
「コナタさんありがとう。今後もよろしくー」
カイムがそう叫ぶとトラックへと足を運ぶ。ウェスも一礼してからトラックの方へ行こうとするとコナタに手招きをされた。ウェスが駆け寄るとコナタは小声で話す。
「なんだかドタバタしてしまって申し訳ないね」
「いえ、本当にいろいろとありがとうございます」
「僕の方でも引き続きジェシーに関することは調べてみるよ。はい、これ、僕の家の連絡先。なにかあったら連絡してくれたまえ。それと、これはオスティーさんへの手紙。彼と話す前に渡してほしい。これで少しはスムーズにことが進むはずさ」
「わざわざ、ありがとうございます。それじゃあ……」
ウェスが再びトラックに足を向けたとき「ウェスさん、お待ちください」と呼び止められた。家に残っていたマリーであった。
「ウェスさん、はい、これ。道中お食べください」
とマリーはウェスに袋を渡した。袋の中には焼きたてのパンとコーンスープが入っていた。
「ありがとう、マリー」
「ウェスさん、また来てくださいね。それで、今度はゆっくりしていってください。ジェシーもですよ」
マリーはウェスの腰にぶら下げられたジェシーを覗き込んだ。ウェスは小突くように二回ジェシーを叩いた。
「ほえっ? 朝? あれ、ここどこ?」
目を覚ましたらしいジェシーが言う。
「ジェシー、急だけどもう行かなきゃいけなくなった。マリーとコナタさんにお別れを言って」
「ええっ! ジェシーが寝てる間にそんなことに……嫌だよ、ジェシーまだマリーといたいよ」
ジェシーの言葉にウェスは困った顔をする。
「ジェシー、私もです。ですから、また必ず会ってお話しましょう。約束ですよ」
「……うん、わかった」
マリーは満足そうに笑った。ジェシーも笑顔であるのがウェスにはなんとなくわかった。
「ウェスさん、ですのでジェシーを解放する手段が見つかってもその前にここに来てください。約束ですよ」
「うん、わかったよ。約束するよ」
マリーの笑顔を確認してからウェスはゆっくりとトラックへと向かった。トラックに辿りつく前にウェスは
「ジェシー、わかってるな?」
と訊いた。
「わかってるよ。人前では喋るな、でしょ? ちぇっ、つまんないの」
ウェスはそれに答えずただ宥めるようにジェシーの頭部分を二度なでた。
「お待たせいたしました」
トラックの外で待っていたカイムにウェスは言う。
「よし、それじゃあ行こうか」
「僕はどこに乗ればいいんですか?」
「トラックだから前に三人乗れるさ。さあ乗った乗った」
カイムに急かされウェスがトラックに乗り込み、次いでカイムが乗る。
「はい、これお尻に敷いて。コーネルまでは四時間はかかるからそのまま座ったらお尻がパンパンになっちゃうわ」
先に乗っていたマイムにクッションを渡されウェスは言われるままに尻に敷いた。カイムは窓を開け、
「コナタさん朝早くからすみませんでした。今後もよろしくお願いします。それでは失礼します」
「いえ、オスティー君によろしく」
そう言ったコナタとマリーは深々と頭を下げた。
「ほら、ウェス君、挨拶、挨拶」
カイムはそう言いながら出来る限り身を後ろに寄せて窓からウェスが見えるようにした。
「コナタさん、マリー、ありがとうございました。必ずまたここに来ます」
そう言ってウェスは狭い車内で精一杯手を振った。そして、トラックは手を振るコナタとマリーを置いて走り出した。




