7.記憶のないウェスとジェシー
「三年前の満月の夜でした。僕は気が付いたらひとりでニッカ帝国の跡地を西に向かって歩いていました。
それ以前の記憶は全くなく、僕はなぜそこにいたのか、それどころが自分が誰かもわかりませんでした。
そんな中ふと聞こえてきた声の主がジェシーでした。ジェシーはすでに僕の右手にいました。
それから僕とジェシーはそのままひたすら西へと進み、フライブル王国に辿り着きました。
そこでバーバリア・リアという老人に拾われ、以降三年バーバリア先生の家にお世話になりました。
ざっくりと話せばこんな感じです。以上が僕とジェシーとの出会いになります」
ウェスの話をコナタは「うーん」と唸った。
「気が付いたらジェシーと一緒に歩いていたか……それじゃあ本当のジェシーとの出会いは。覚えてないってことになるね」
「そうなりますね」
コナタは険しい表情で「うーん」と唸って真剣に何かを考えているようであったがやがて口を開いた。
「……ところで、バーバリア先生ってあの剣の達人のバーバリアかい?」
「はい、そうだと思います」
ウェスとジェシーを拾ったバーバリア・リアという男は大陸中に名を轟かせる剣の達人である。十年ほど前まではフライブル共和国の兵たちの剣術の指南にもあたっていた。
「バーバリア先生に言われてハウスランドさんを訪ねてきたんです。なんでも昔、話したことがあったらしくて」
「カナタ・ハウスランドと?」
「はい。40年も前の話です。先生がより強い剣を造ってもらおうと当時から有名な武器職人だったカナタさんのところを訪れたみたいです。その時にカナタさんが最強の武器は魂が乗り移った武器だって豪語してたのを思い出して、ジェシーのことについてなにか知っているかもって」
「ふーん、カナタ・ハウスランドがねー」
コナタはどこか不満そうに呟いた。
「ところでジェシーも覚えていないんですか? ウェスさんと最初に出会った時のこと」
マリーの質問にコナタがぴくりと反応したのをウェスは見逃さなかった。
「ジェシーもはっきりと覚えているのはウェスと同じところからだよ」
「本当ですか?」
「ほ、本当だよ」
今度はマリーが「うーん」と唸った。一方でコナタはさっきよりさらに険しい表情をそていた。
「あっ、そういえばジェシーひとつ大事なことを思い出したよ」
「何ですか?」
期待するような声でマリーが聞き返す。コナタは期待と不安が入り混じった表情でジェシー見た。
「ウェスはバーバリア爺ちゃんから手紙を預かっているよ」
ジェシーが得意そうに言う。ウェスは呆れたようにため息を吐く。
「思い出したってそっちのことか。もちろん僕は覚えてたよ。でもあの手紙はカナタ・ハウスランドさんに宛てた手紙。コナタさんに見せても困るだろ」
「いやいや、そんなことはない。むしろ見せてほしいくらいだな」
コナタが食いつくように言う。
ウェスは少し悩んでから部屋の隅に置いてあったカバンから手紙を取り出してコナタに渡した。コナタはすぐに手紙に目を通し始めた。
「そういえばウェスさんは記憶がないのでしたら何歳なのかわかりませんね」
「確かに正確にはわからないけど、向こうにいるときに身体的な特徴からだいたい幾つになるのか調べたんだ。その結果から今は15歳ってことになっているよ」
「まあ、そうなのですか。私と同じですね。でも誕生日はわかりませんよね?」
「うん、まあ、そうだね」
「でしたら、今日を誕生日にいたしませんか? 私とウェスさん、ジェシーがお友達になった日ということで。如何です?」
ウェスはきょとんとした。一方でジェシーは声を出して笑っていた。
「嬉しいんだけど……もう僕の誕生日は決まっているんだ」
「そうなんだよ。ウェスの誕生日はマリーよりも先にウェスの彼女が決めちゃったんだよ」
「彼女じゃない」
ウェスは慌てて否定した。
「まあ、そうでしたか。それは余計なことを。失礼しました」
「ううん。いいんだ。その誕生日もその友人と出会った日にしただけだから。ただ彼女と同じ発想をマリーがするなんて驚きだな」
「似ても似つかないもんね」
ジェシーが茶化すように言う。
「どんな人なんですか」
「素手でゴキブリを叩き潰す女の子だよ」
「まあ。わたしも同じです」
なぜか嬉しそうに言うマリーを尻目にジェシーはウェスにしか聞こえない声で「やっぱマリーはどこか変だよ」と言った。それに対してウェスは「ジェシーはゴキブリも食べるけどね」と返した。
「うん。ウェス君、ありがとう」
ひとり黙々と手紙を読んでいたコナタはそう言うとウェスに手紙を返した。
「手紙を読んでわかったことがある。君たちはバーバリアさんに実の我が子のように愛されているんだね」
「ええー、そうかなー?」
ジェシーが不満の声を漏らす。
「それは間違いないよ。ところで、君たちの旅の目的はジェシーの解放だけじゃなくてウェス君の記憶を取り戻すことも旅の目的なんだね」
ウェスは静かに頷く。
「勝手ながらそちらにも協力をさせてもらえないかな?」
「いいんですか?」
「もちろんだよ。その手紙を読んだあとでは知らん顔なんてできないよ」
「ありがとうございます」
「しかし、カナタ・ハウスランドとバーバリアさんがこんな親しい仲だったと知らなかったな。……さて、話をかなり前に戻してもいいかな?」
「えーっと、どの話ですか?」
「ジェシーを解放するにはどうすればいいかについての話さ」
「あっ、はい。お願いします」
「それでは……呪いの武器であった可能性があるのは二つしかないっていうのは覚えているね? そもそも呪いの武器はなぜ生まれるのか?
最も有力な説はなにかしらの未練を残した死者の魂が武器にとり憑いて目的を達成しようとしているという説だ。
ならば、目的を達成すれば魂は解放されると考えるのが自然だ。事実、呪いの武器だったと思われる二つは事件後には乗り移った魂は消えていた。
最初からそんな呪いの武器ではなかったと言われたらそれまでだけどね」
「では、ジェシーはなにか未練を残して死んだってことですか?」
「そうなるね。ジェシーなにか心当たりはないのかい?」
「うーん、ところがどっこい全く覚えていないんだなー、これが」
気楽に言うジェシーに対してコナタは厳しい顔をしてなにかを考え始めた。
「魂を残すほどの未練を忘れるなんてことあるんでしょうか?」
マリーは当然の疑問を口にした。
「そうなんだよ。書斎で一度この結論に辿りついたときはこれだと思ったんだけどね。ジェシーが生前の記憶がないってことを言ってたのを思い出してね。これをどう説明すべきか」
コナタは腕を組んでふーんっと大きく鼻で息を吐き出した。
「いずれにしてもジェシーの記憶を取り戻す必要はあると思うんだ」
「僕もそう思います。記憶がない苦しみは僕もよくわかるので」
「ジェシーは別に苦しんでなんかないんだけどね」
「それで提案なんだけど、『人喰いジェシー』の舞台となった場所に行ってみるというのはどうかな? そこでなにかジェシーについて更なる情報を得られるかもしれない。うーんと、『人喰いジェシー』舞台はどこだったかな……」
コナタは空いた椅子の上に置かれていた本に手を伸ばした。
「イーストタウンですわ」
コナタが本を手に取るよりも早くマリーが言った。
「イーストタウンか……これは厄介でもあり好都合でもあるな」
「そのイーストタウンっいう街はどこにあるんですか?」
「イーストタウンはキーブクロイス城の真東に位置する大きな街さ。あそこならここ十年の行方不明者の情報も管理されているはずだ。ジェシーの情報、ウェス君の情報、その両方が同時に手に入るかもしれない。だが……」
「だが?」
言葉を途中で止めたコナタに続きを促すようにウェスが言う。
「イーストタウンは国家の中枢を担う街のひとつなんだ。それにすぐ横には王が住む城がある。それ故警備が非常に厳しい。街に入る際には検査がある。ここで間違いなく異国のものははじき出される」
「入ることもできないんですか?」
「うむ。君も流石に知っていると思うがこの国は常に侵略戦争をしている戦争大国さ。おかげで周囲の国々から嫌われている。
有無を言わさず戦争を仕掛けるのは王の考えさ。そのことは他国の政府たちもよく知っている。
そこで戦争を終わらすために王を殺そうと刺客を送り込む国がたくさんあるんだ。過去には本当に危なかった時もあったらしい。
それで今では刺客から王を守るために城内はもちろん城下町と周囲の三つの街にも異国のものは基本的に入れない決まりなんだ」
「確かに難しそうですけど……でも、基本的にはってことは例外があるんですよね?」
「細かいところに気がつくな。そうさ、例外はあるとも。しかし、その例外になるのも大変だよ」
「なにか方法があるんですね」
「うーん、どうだろう……」
と、その時コナタの家の電話が鳴り出した。
「こんな時間に誰でしょう」
マリーの言葉に反応してコナタは一度時計を見ると訝しげな顔をして受話器を取った。
「もしもし」と警戒したトーンで応対したコナタであったが、相手の声を聞いてすぐにいつもの人の優しげな顔に戻り何度も見えない相手にペコペコと頭を下げた。
コナタの話が長くなりそうなのを見てマリーが口を開く。
「ジェシーはイーストタウンという名前を聞いても何も思い出せないのですか?」
「うん、全く何も思い出せないんだな」
「そうですか。もしかしたら、ジェシーが生きていた頃と名前が違うのかもしれませんね」
「『人喰いジェシー』はいつごろの話なの?」
「確か250年ほど前ですわ」
「そんな昔なの?!」
ウェスが驚きの声を上げる。
「はい。『人喰いジェシー』はこの国オリジナルの童話としては最古のものですから」
「ふーん。そんな昔だったのか。それじゃあジェシーが忘れるのも無理ないね」
「そうでしょ? ジェシーはなにも悪くないでしょ?」
ウェスが「そうだね」とジェシーの言葉に同意を示すとほぼ同時にコナタが受話器を置いた。
「ウェス君、ジェシー突破口が見えたかもしれない」
「本当ですか?」
「うん。しかし、まだはっきりとは言えない部分もあるので今日のところはこれ以上は言わないでおこう。さて、僕はそろそろ書斎に戻ってジェシーの謎を解明できそうな文献がないか探してみることにするよ」
コナタは自分の食器をキッチンに片付けると「今日は早めに休んでくれたまえ」と言い残して二階へと駆け上がった。
「そうですよね。ふたりとも長旅でお疲れですよね。今、寝床の準備いたしますわ」
マリーはそう言って立ち上がった。
「ウェス、今日ジェシーはマリーと寝たいんだな」
「まあ、それはいいですわね」
マリーは本当に嬉しそうに言った。
「ダメだよ、ジェシー……というよりは無理だよ」
「まあ、なぜですか?」
「僕とジェシーは離れられないんだ。ほんの少しの距離、具体的には1m24cm離れたらジェシーがは勝手に動き出して僕のもとに飛んでくるんだ。しかも、刃の方を向けて」
「まあ、それは危ないですね。……でしたら、ウェスさんも一緒でしたらいいじゃないですか」
マリーの提案をすぐさまウェスは断ろうとしたが、それよりも先に発せられたジェシーの
「おお、マリー天才」
という感嘆の声が響いた。
「うふふ。それでは。わたしの部屋にウェスさんの布団を敷いてきますわ。ウェスさんは先にお風呂を頂いといてください」
と言ってマリーはすぐに階段を駆け上がっていた。
呆然とするウェスであったがジェシーに
「早くお風呂に行こう。泊めてもらうんだからコナタとマリーのいうことは聞かなきゃ」
と言われ、とりあえずお風呂に入った。
お風呂からあがるとマリーが居間で待っていた。
「布団敷いておきましたのでわたしの部屋にどうぞ。お部屋は二階の一番奥の部屋ですので。わたしもお風呂に入ってから行きますわ」
マリーが風呂場へ行くのを見届け、ウェスは言われた通りマリーの部屋へと向かった。ウェスはマリーの部屋の扉を開けると、ジェシーをあった机の上に置いてすぐさま床に敷かれていた布団に潜り込んだ。
「ウェスもう寝るの? 夜はまだまだこれからなのに」
ウェスは「うん」とだけ言って頭まで隠れるように布団をかぶって目を閉じた。
ジェシーが「つまんないの」とこぼしたのが聞こえたが、ウェスは無視して眠ることに努めた。
間もなく扉を開く音がウェスの耳に届いた。少し遅れて布団の中にいるにも関わらず鼻に女の子が発する独特の甘い匂いが届く。それでもウェスは微動だにしなかった。
「あら、ウェスさんはもうお休みですか?」
「そうなんだよ。夜はこれからだっていうのに」
「きっと、お疲れなんですよ。さあ、わたしたちも寝ましょう」
「やだよ。ジェシーはもっとマリーとお喋りしたいんだよ」
「わたしもそうしたいですけど、ウェスさんに迷惑ではないですか?」
「大丈夫だよ。ウェスはちょっとやそっとじゃ起きないから」
「そうですか。ではせめて……」
カチッと音がした。ウェスにもマリーが電気を消したのだとわかった。
「ジェシー、ベッドの上でお話しましょう」
マリーは机の上のジェシーを両手で持つとそのままベッドで横になった。
それから、ふたりは二時間近く喋り続けた。寝たふりをしていたウェスは、こうして聞いていれば普通の女の子二人の会話なのに、と感じた。
ふたりの声が消え、代わりに寝息が聞こえてきてもウェスは眠りに就けなかった。結局、ウェスが眠れたのはマリーの寝息が聞こえ始めてから二時間後であった。




