6. 食べるジェシーと食べないウェス
マリーはパタンっと本を閉じて満足そうに微笑んだ。
「これがキーブクロイス王国に古くから伝わる童話『人喰いジェシー』です。いかがでしたか?」
マリーに尋ねられウェスはおかしそうに笑いながら答えた。
「童話のジェシーがこのジェシーと同一人物なら間違いなくこのお話は嘘だよ」
「ジェシーもそう思う」
ウェスとジェシーの反応を見てコナタはほっと安堵のため息を吐いた。
「それは有難い情報だけど、なぜそう言えるんだい? 記憶がないんだろ?」
「簡単ですよ。ジェシーは野菜も大好きですから」
「ジェシー嫌いなものなんてないよ。ジェシーなんでも食べれるよ」
その答えにコナタもハハッと笑ったあとに違和感を覚えた。その違和感の答えにたどり着く前にマリーの声が頭の中に侵入した。
「そうなのですか。ジェシーに好き嫌いがないのでしたら子供達に読み聞かせる理由がなくなってしまいますね」
「理由?」
「はい。この本を子供に読んだあと親は必ずこう言います。『好き嫌いしているとジェシーみたいになっちゃうぞ』って」
「好き嫌いするとジェシーに食べられちゃうぞって言う人もいるね」
とコナタが付け加えた。
「なるほど。よかったね、ジェシー。大活躍じゃないか」
「あんまり嬉しくない」
ウェスはジェシーの返答に笑いながら本に手を伸ばし読み直した。本当にジェシーはこんな女の子だったのかな? そう思いながらページを捲っていくとあることに気がついた。
母親を食べたと書かれているページのジェシーの白い服に赤黒い部分が現れる。そこからページを捲るたびジェシーの服はどんどん赤黒くなり最後のページでは真っ黒になっていた。
「ウェス君、まだ用事の本題に入っていないのではないんじゃないかい?」
言われて気がついたウェスは本を閉じた。
「そうでした。それで、用事というのはもちろんこのジェシーに関する事なんですが……どうやったらジェシーの魂をこの包丁から解放できるでしょうか?」
ウェスの問いを聞いたコナタは目をぱちくりさせた。
「君はジェシーの魂を解放させたいのかい?」
「はい。そうです。……そんなに意外でしたか?」
「いや、ごめんよ。二人は仲が良さそうだったからね」
「そうですね。自分で言うのもあれですけど兄妹のように仲がいいです。でも、ずっとこのままっていうわけにはいかないので」
「ジェシーは別にこのままでいいんだけどね」
ウェスは素早く包丁の先を、感覚的にはジェシーの頭を叩いた。すると「いてっ」とジェシーは声を出した。
「わたしももっとジェシーとお話がしたいですわ」
「それは今すぐにってわけじゃないから大丈夫だと思うけど。それでなにか心当たりありますか?」
コナタはうーんと唸った。
「少し時間をくれないか。書斎にいくつかジェシーと同様の死者の魂がとり憑いたとされる武器の文献がある。信憑性が低いと思ってあまり読み込んでいないんだ。今日中には調べておくから」
「もちろん、大丈夫です。わざわざありがとうございます。それでは、また明日お尋ねいたします」
そう言ってウェスは立ち上がったところマリーに手を掴まれ再び椅子に座らされた。
「ウェスさんとジェシーは今日泊まるところが決まっているのですか?」
「それは村の宿に泊まろうかなって」
「それでしたらこの家に泊まりましょう。いいですよねハウスランドさん?」
「ああ、もちろんだとも。それにウェス君に少々聞きたいことがあるし」
ウェスは困っていたが、
「ジェシーもそうしたいんだな」
と言うので、ウェスは渋々納得した。
それからコナタは書斎にこもった。
ウェスとマリー、そしてジェシーの三人は会話を楽しんだ。特にジェシーは本当に楽しそうであった。ジェシーの会話相手はウェスと会ってからウェスを含めた三人しかいなかった。新たな友人は幼いジェシーの心を躍らせた。
陽が沈み始めた頃、「そろそろ夕食の準備をしますわ」と言ってマリーが席を立った。
ウェスは「僕もなにか手伝うよ」と言ったが「お客様ですからゆっくりしていてください」と申し出を拒否された。
一度立ち上がったウェスは仕方なくまた椅子に座った。
「マリーは本当にいい娘だね」
ご機嫌そうにジェシーが言った。ジェシーの言葉にウェスは深く頷いた。
マリーはジェシーを普通の人間と接するように会話をした。さらには込み入ったこともなにひとつ聞かなかった。マリーはただの変な娘ではなく意外にも気を使える女の子なのだと感心した。
「ウェスさんちょっといいですか」
マリーが手招きしてウェスを呼び出す。そして、小声で言う。
「ジェシーの分の夕飯はどうすればいいのでしょうか?」
ウェスはマリーの予期せぬ質問になんて返せばいいのか戸惑った。
「ジェシーは夕飯を食べるよ。食べないのはウェスの方だよ」
ジェシーの声にマリーは「えっ」と声を出して振り返った。ジェシーの言っている意味が理解できなかったマリーは助けを求めるようにウェスの顔を見つめた。
「ジェシーの言う通りなんだ。だから、夕飯は僕とジェシーで一人分を用意してもらえれば嬉しいかな」
「わかりました」
マリーはいつもの笑顔に戻して言った。
ウェスは席に戻ると、
「ジェシー、少しはプライバシーを守ってほしいな」
「マリーは友達。友達に秘密はよくないよ」
「……だとしてもさ。友人に余計な心配をかけさせないのも必要なことだろ」
「ウェスは本当に小さな男だなー」
ウェスはむすっとした顔をしてから無言でジェシーを指で弾きくるくると回した。
「うわー、目が回るー」
ウェスは懲らしめたつもりだったがジェシーは楽しそうであった。
夕食の準備ができるとマリーがコナタを呼んだ。少し疲れた顔をしたコナタがすぐにやってきた。
そして、四人で夕食を開始した。
「ウェス君、早速だけどここまでわかったことを報告しようと思うんだけどいいかな?」
「お願いします」
「まず、はっきりとわかったことは、ジェシーのように喋った呪いの武器は文献には載っていなかった。それどころがここまで調べた武器十一個全てが本当に呪いの武器がどうかすら怪しい」
コナタは湯気をたてるシチューをスプーンにすくいフーフーと息をかけ冷ましてから口へと運んだ。
「怪しいとはいえ十一もあるなんて。そっちの方が驚きです」
「本として出版するためには嘘でも書かなきゃいけないからこんなに多くなっただけさ。僕はもうすでに十一の内九個は完全に嘘だと思っている。
この九個は元々持ち主が有名でね。有名な殺人鬼のナイフとか、戦争で活躍した人物の剣とかね。それらが彼らの死後呪いの武器になったに違いないって書いてあるだけだからね。
しかし、残った二つはまだ可能性があると思う」
コナタはスプーンでシチューの中にあったじゃがいもをストンと切って二分にする。
「残った二つは先の九つと明らかに性質が違う。残った二つはいずれもとある殺人事件の凶器なんだが、この二つは事件の後にこの事件の殺人犯の死後武器にとり憑いたのではなく、
事件を起こした時に、その時すでになにかがとり憑いていたとされている。
細かいことは省くが要するに呪いの武器に体を奪われた人間が起こした事件とされているんだ」
「確かに他とは違いますね。でも、なぜその二つの事件は呪いの武器の影響で起きた事件と考えられたんですか?」
「まずひとつに加害者と被害者の間に接点がなかった。そして、二つ目として犯人は犯行時の記憶がまるまる抜けていた。
そして、最後にどちらの犯人も一年以内に発狂して廃人となった。呪いの武器にとり憑かれた後遺症のためだと本には書かれていたよ」
「後遺症……」
ウェスはゴクリと唾を飲み込んだ。
「僕の勝手な予想だけどウェス君とジェシーの間ではこの後遺症が起きる心配はないと思うよ。僕は後遺症が起きた原因は完全に体を、精神を乗っ取られたことが原因だと思う。
しかし、君たちふたりの場合は違う。
互いに自我を保っている。完全に別々で肉体も精神も干渉していない。だから大丈夫だと思うよ」
コナタはそう言って笑いかけたがウェスにはその笑顔が自分を安心させるための作り物の笑顔だとはっきりとわかった。
コナタの考えは確かに理に適っている、しかし、前例がないのだから本当のところはなにもわからない。そもそもジェシーの存在自体が理で説明できないのだから意味がない。
さらには、コナタは明らかな間違いをしている。ウェスとジェシーは確実になんらかの干渉をしているのだ。
それでもウェスはコナタの優しさに感謝して、否定することなく笑顔で応えた。
「ところで君は食べないのかい?」
コナタはウェスの前に置かれているシチューを指差した。
「ジェシーが食べるみたいですよ」
マリーがウェスの代わりに答えた。マリーの返答の意味がわからずコナタは首を傾げる。
「そうだよ。ジェシーが食べるんだよ。ウェス、ジェシーはお腹が空いたよ。早く食べたいんだな」
ウェスは呆れたようにため息を吐く。
「わかったよ、ジェシー。今食べさせてあげるよ。……ふたりともあまり驚かないでくださいね」
ウェスはそう断ってから右手にジェシーを持ちシチューに近づけた。
その瞬間、ジェシーという名の包丁の刃が二つに割れて口らしきものが現れた。割れた刃の間には鋭く尖った歯らしきもの、さらには赤い舌のようなものまで確認できた。
そして、ジェシーは一口で皿の中のシチューを平らげた。その光景をマリーとコナタは目を丸くして見ていた。
「キーブの剣は天を裂くんですよね。それがキーブの剣の特別な力だというならば、ジェシーの特別な力はなんでも喰うです」
ウェスは落ち着いた口調で説明しました。
「なんでも……かい?」
コナタは驚きを隠せぬまま呟いた。
「はい、なんでもです。肉や魚、野菜はもちろん、そのへんに生えている草木から落ちている石ころまでなんでもです」
「……人間でもかい?」
「恐らくは」
コナタは「ふむ」と言って何かを考え始める。そんなコナタをウェスは不安そうに見つめた。
ウェスの眼差しに気付かないコナタにマリーが「ハウスランドさん」と声をかけた。マリーの目配せでウェスの視線にようやくコナタは気が付き、ウェスの心境を察した。
「おっと、ごめんよ。ウェス君、ジェシー不安にさせたかな。別に今の話を聞いたから君たちが怖くなってここから追い出そうとかなどは考えたりなどはしてないよ。
僕が今考えているのはジェシーと『人喰いジェシー』の関連性についてさ。
ジェシーの特別な力を知った今、やはり『人喰いジェシー』とジェシーは同一人物な気がする。
しかし、相違点もある。そうだよ、今思い出したけどあの時ウェス君はジェシーは野菜も食べるって笑ってたね。あの時は不思議に感じたがこういうことだったのか」
コナタは納得したらしく何度も縦に首を振った。
「ジェシーがご飯を食べるのはわかりましたが、なぜウェスさんはご飯を食べないのですか?」
マリーがウェスの痛いところを突く。
「やはりジェシーが関係しているのかい?」
「ウェスがご飯を食べれないのはジェシーは関係ないよ。それはウェス自身の問題なんだな」
ジェシーは口らしきものの周りについたシチューの残りを舌でぺろりと舐めた。それを見たマリーが「フフッ」と笑った。
「ウェス君自身の問題? それはどういうことだい?」
ウェスはどこまで話すべきか悩んだ。すると、マリーが、
「わたしもっとウェスさんのことについても知りたいです。良かったら話してくれませんか」
と言って微笑んだ。
その笑顔にウェスは強張っていた表情を崩し、そして哀しそうに笑った。
「僕もさ。……僕も僕自身についてもっと知りたいさ」
ウェスの言葉にマリーとコナタは首を捻る。そんな二人を見てウェスは軽く息を吐きだしてから話し始めた。
「僕には胃が殆どないみたいなんです」
「い?」
マリーとコナタが声を揃えて言う。
「はい、胃です」
「『い』って、内蔵の胃のことかな?」
「はい、そうです。胃がない、正確には普通の人の10分の1くらいの大きさしかないみたいです。固形物はまったく食べれません。飲み物、あとスープとかなら大丈夫ですけど」
「食事ができないなら栄養はどうやって摂っているんだい? 薬か何かで補ってるのかい?」
「いえ、恐らくはジェシーから」
「ジェシーからだって?」
コナタは己が失言していたことに気づき思わず大きな声で言った。どう弁解すべきか悩むコナタの横で、
「ウェスさんとジェシーはいつから一緒なんですか?」
と、マリーが先を見据えた疑問を投げかけた。
「今から丁度三年前かな」
「では、その前はどうしていたのですか?」
「それがわからないんだ。そもそも僕に胃がないのは生まれつきなのか、それともジェシーに会ってからなのか。それすら僕にはわからないんだ」
「わからない? それは一体どういうことだい?」
「僕の記憶は三年前にジェシーと出会った、正確にはジェシーと一緒にフライブル共和国に向かってる途中からの記憶しかないんです」
「君もジェシー同様、記憶が失われているということかい?」
「みたいです」
「向かっていたということはウェスさんはもしかしてもともとはキーブクロイス王国の人間なのですか?」
「うん、先生は恐らくそうだって言っている」
ここで三人は一度沈黙した。予想外な事実が多く噴出してコナタとマリーの頭の中は新たに入ってきた情報をうまく整理できていなかった。
特にコナタは色んなことを疑り始めていた。ウェスの体に胃がない。さらにはウェスの記憶はなくなっている。
これらの事実は本当にジェシーとなんら関係ないのだろうか?
本当にジェシーは悪霊ではないと言えるのだろうか?
そもそもこの少年自体も本当に信用できる人物なのか?
思わずコナタはウェスをまじまじと見た。
「わたしやっぱりウェスさんのことをもっと知りたいです。話してくれませんか。ジェシーに会った時のこと。それからのことを」
マリーはこれまでと変わらぬ口調で言った。
「僕も是非聞きたいな。もしかしたらジェシーを解放するヒントが隠されてるかもしれないしね」
コナタもマリーと同様にこれまでと変わらぬトーンで言ったつもりであったが、ウェスにはコナタが自分を警戒しているとすぐにわかった。
それでもウェスはゆっくりと大きく息を吐いて「わかりました」とだけ静かに言った。




