19. 敵の正体
扉が開くと同時にひとりの少女が飛び込んできた。
「パパー」
赤い熊のぬいぐるみを持った女の子、ハックの娘メアリーはなぜか涙を浮かべ、一目散にハックのもとへと駆け寄っていった。
身構えていたオスティーとハックはすぐに警戒を解いて優しい表情でメアリーを見た。
「メアリー、どうしたんだそんな顔して? さあ、おいで」
ハックは駆け寄ってくる娘を抱きかかえようとした、その瞬間ウェスは叫んだ。
「ダメだ! ハックさん」
ウェスが叫ぶが遅かった、メアリーは隠し持っていたナイフを深々とハックの腹に刺した。
「メ……メ、メアリー?」
何が起きたか理解できないハックはそう呟きながらもメアリーを抱きしめようとしたが、メアリーはひらりとハックの腕をすり抜けすでに崩れかかっていたハックを蹴り倒した。
「ハックッッ!」
オスティーは叫び駆け出す、そして剣を抜き迷いもなく振るった。
怒り狂って飛び出したかとも思えたが王国最強と唱われる騎士は冷静で刃は向けず峰打ち狙いだった。しかし、そんなオスティーの気遣いを嘲笑うかのようにメアリーは大きく後方に宙返りをして躱し、そのままテーブルの上に着地し、微かに笑った。
「峰打ちなんていう優しさも当たらなければただただ格好悪いよ、オスティー」
少女のありえない動きにオスティーは驚きながらも剣を構え直した。
「ほう、さすがは王国一の騎士、こんな状況でも冷静だね」
声は確かにメアリーのものであったが喋っている人物が違うのは明らかであった。
「ハック、しっかりしろ、そのナイフは抜くなよ」
オスティーがそう声をかけてもハックは何の反応も示さなかった。
「オスティーさん、本体はその熊のぬいぐるみです」
ウェスがジェシーを構えながら叫んだ。
「熊……」
オスティーがそう呟くのと同時に動くはずのない赤い熊のぬいぐるみがにやりと笑った。そして、メアリーの腕を抜け出して大きくジャンプして本棚の上に腰かけた。
「うーん、こうもあっさりばれるなんて……やっぱりいるね、同種、いや、同族が」
熊のぬいぐるみはギロリとウェスを睨んだ。ウェスは素早くジェシーを抜き出し構えた。
すると、熊のぬいぐるみは驚いたように大きく目を見開いてから頷き笑う。
「包丁……? そうかそうか、誰が僕のお遊びの邪魔をしているのかと思えば……噂のジェシー、こんなところで会えるとは。お仕事失敗で不幸だと思っていたけど違った、幸運だったか」
「ジェシーのこと知ってるの?」
ジェシーが咄嗟に尋ねた。
「まあ、話だけだけどね」
熊のぬいぐるみはそう答えてながらテーブルの上に飛び降りた。と、同時にオスティーが動く。一瞬で間合いを詰め熊のぬいぐるみの喉元に目掛けて剣で一閃の突きを放つ。
「オスティー、待って」
ジェシーが叫ぶ。だがオスティーは止まらない。
「もう遅い、これで終いだ」
オスティーの剣はそのまま熊のぬいぐるみを壁に突き刺した…はずだった。しかし、現実はそうはならなかった。オスティーの剣は熊のぬいぐるみの喉を貫くことができず赤い布生地の前で止まっていた。
「何が終いだって? オスティー」
熊のぬいぐるみが不敵に笑い、オスティーは絶句した。
「オスティーさん、後ろ!」
ウェスの声で背後から向けられた殺意に気がついたオスティーは振り返りもせず、半歩横に動いただけでメアリーの奇襲を回避する。しかし、メアリーを飛び込ませた狙いはオスティーではない。オスティーが動いたことで突き立てられていた剣から解放された熊のぬいぐるみは、壁を蹴ってメアリーの肩へと飛び乗った。
「残念、君の剣じゃ僕は殺せない」
熊の縫いぐるみは小馬鹿にするようにクスクスと笑う。
「ジェシーと同様ならば貴様にも名があるはずだ、名乗れ!」
「名を名乗れなんて、なんだいそれは? 騎士道の精神って奴かい? まあ、いいや、せっかくだし教えてあげる。僕の名前はティムさ。そこの銀髪の僕は昨日聞いただろ?」
そう答えながらティムを乗せたメアリーは外に出た。
「貴様何処へ行く!?」
オスティー、ウェス、ジェシーも追いかけ外に出た先には十数人のハックの部下が倒れていた。そして、その奥には血の付いた剣を持つカイムとマイム、そして2人のハックの部下と憲兵団の男の計6人が立っていた。
「どういうことだ? 何が起きた?」
そう呟くオスティーを見てティムは嘲るように笑う。
「見れば、わかるだろ? この6人が彼らを切った。ただ、それだけさ」
6人と聞いてウェスは先日、襲ってきた男たちも6人であったことを思い出す。
「オスティーさん、これはきっとティムの仕業です。ティムはメアリーちゃん以外に6人の人間を操れるのだと思います」
「なんだと? 確かか?」
「恐らくは。僕たちがここに来る途中襲ってきた人達も6人組でまるで一つの生き物のように無駄のない動きで攻撃していました。ティム1人の意思で6人を操っていたとしたら辻褄があいます」
「しかし、どうやってカイムとマイムまで?」
ウェスはじっとジェシーを見た。
「ジェシーと同じならば……きっと操るのにはなにか条件があるはずです。カイムさんとマイムさんはどこかでその条件を満たしたのだと思います」
「条件?」
「はい、きっと何かがあるはずです。でなければ僕もオスティーさんも、ハックさん操られているはずです」
「ふふっ、ジェシーの持ち主だけあるね、僕たちの能力への理解があるようだね。だが、今となってはそんなことわかっても何も意味がない」
ティムがニタリと笑うと同時にカイムとマイムがオスティーの前に出て剣を構えた。
「糞っ、カイム、マイム目を覚ませ」
「無駄無駄、それにしても君の部下は優秀だね。他の奴らと比べ物にならない良い肉体してるよ」
ティムが喋り終えると同時にカイムとマイムがオスティーに襲い掛かる。二人の動きはウェスの予想を遥かに超える速さであった。その動きを見てウェスは思い出す。先日ルークに操られ襲ってきた6人も異常な力を発揮していた。ティムの力はただ人を操るだけではない、操っている人間の力を限界まで引き出しているのだと理解した。
「オスティーさん!」「オスティー!」
ウェスとジェシーが思わず叫ぶ。
一方、名を呼ばれたオスティーは余裕の笑みを浮かべながら、最小限の動きでカイムとマイムの剣を全て躱し切った挙句、二人の後ろに回り込み、剣の柄で二人の首の後ろを目に見えぬ速さで叩いた。
一瞬でカイムとマイムはその場で崩れ落ちる。
「す、凄い。一瞬で」「おー、なかなかやるんだな」
ウェスとジェシーが感嘆の声を上げる。
「ふむ、気絶させればお前の能力も及ばないか。……それにしても、私の部下を舐めすぎじゃないか? カイムとマイムの本来の力はこんなものではない!」
オスティーは先ほどまでの笑みから一転、怒りを露わにして叫んだ。
「チッ、王国最強の騎士の名は伊達ではないってことか。…うーん、これはちょっと分が悪いね」
言葉とは裏腹にティムは笑っていた。




