10. 独立軍と怪しい影
一行を乗せたトラックはコーネルの街まで残り1時間というところまで来ていた。
カイムは大きく欠伸をして車に付けられている時計を見た。時刻は9時を回っていた。いつもの道を使っていれば今頃はもうコーネルに着いている時間であった。
しかし、今回は安全に安全を重ね、独立軍の万が一の襲撃を回避するために別の道を進んでいた。
「あーあ、なんか損なことしてるな俺、時間はかかるし道は悪いし普段なら絶対こんなルート使わないよ、それもこれも全て独立軍のせい……
いや待てよ、よく考えればこうなったのは今回はやけに警戒心が強すぎるオスティー隊長のせいだな。
だいたい時間まで変更したんだからここまでする必要はなかったんだよまったく、これは帰ったら真っ先に隊長に文句を言いに行かなければ」
カイムはそんな独り言をぶつぶつ言いながらふと空を見た。
空は厚く黒い雲で覆われていて9時過ぎだというのに辺りは薄暗いままであった。いつ雨が降りだしてもおかしくない。そんな天気だった。
「降り出す前に着きたいなー」
カイムがまた独り言を呟いた。
その時、カイムの視界に人影が映り込む。トラックの進む先に三人の男が飛び出してきたのだ。
カイムは慌ててブレーキを思いっきり踏んだ。眠っていたウェスとマイムの体が前に投げ出されそうになるがシートベルトが2人の体をしっかりと受け止める。その衝撃でウェスとマイムは目を覚ました。トラックはなんとか飛び出した男たちの手前で止まった。
カイムはふーっと安堵のため息を吐いて飛び出して来た男たちを見た。3人の男たちは今、正にトラックにはね飛ばされそうだったというのに死人のような生気のない目で呆然と突っ立っていた。あまりの不気味さにカイムは恐怖を感じた。
「ちょっとあんたなにやってんのよ!」
そんなカイムの事情など知らず、最愛の目覚めを迎えたマイムが怒鳴った。
「俺のせいじゃない! こいつらが飛び出してきたんだよ!」
カイムの言葉でマイムは正面を確認して目を丸くした。
「あり得ない……なぜ、奴らがここに?」
「なんだ、知り合いか?」
「バカ、独立軍よ」
ギョッとするカイムを尻目に男たちはゆっくりと懐に手を入れ銃を取り出した。
「ふたりとも手を頭の後ろに回せ」
真ん中の男が静かに言う。カイムとマイムは1度目を合わせて互いに頷いて、大人しく指示に従う。2人が言われた通りにしたことが確認されるといつの間にかトラックの両横に立っていた新たに現れた2人の男の手によって左右両方のドアが開けられた。
「降りろ」
カイムとマイムは言われるままゆっくりとトラックから降りながら男たちの人数を確認する。
男たちは計六人。飛び出した男三人の他にトラックの右に一人左に一人、そして後ろにもうひとりが立っていた。カイムとマイムは銃を持っているのは前方の男三人だけであることもしっかりと確認する。
「独立軍ね」
マイムがそう言うが男たちはマイムの言葉が聞こえていないかのように誰も反応しなかった。
「そこに跪け」
カイムとマイムは言われるままにトラックの正面で地面に膝をついた。そして、二人の男が後ろに回り後頭部に銃を当て引き金を引こうとした……瞬間二人は同時に動いた。
男の銃を手でつかみ銃口を空に向ける。二つの銃声が響き空に銃弾が舞う。二人の前方にいた男が慌てて銃を構え直したがカイムの左足とマイムの右足が男の手を蹴り飛ばした。
そして、二人は後ろに立っていた男を一本背負いのように投げ捨てる。腰に携えていた剣を抜きトラックを背にして二人は構えた。
「武器を捨てなさい。さもなければ切る」
マイムが語気を強めて言うが、それでも男たちは先ほど同様全く反応しない。
「さすがは騎士団。やっぱ銃じゃダメだ。銃なんかじゃダメだ」
男たちはマイムの言葉を無視して剣を取り出した。
「どうやら痛い目を見なきゃわからないみたいですね」
マイムはそう言って剣を強く握り直した。
「ジェシー。そろそろ僕たちも行こうか?」
マイムに言われて咄嗟に車内の足元に隠れていたウェスが言う。
「ううん、ウェス。ジェシーたちが行くべきはそっちじゃないと思う」
ウェスはジェシーの言葉に首を傾げた。
「6対2だから有利だと思っているのですか? 私たちは訓練された兵ですよ。もう一度だけ言います。武器を捨てなさい」
マイムが強気にそう言うが男たちは反応を示さない。まるで本当にマイムの声が聞こえてないようであった。
男たちは無言のままカイムとマイムの前方に集まり、二人を半円で囲むように陣形を組み、全員がぎょろりとした目で二人を見つめた。あまりの不気味さにカイムが思わず後方にじりじりと後方に下がるがすぐに背中がトラックにぶつかった。
逃げ場はない。そう悟ったカイムは唾をごくりと飲み込み剣を構え直した。
その瞬間二人の男が飛びかかった。大きく剣を振り上げ、そして迷いもなくマイムとカイムの頭目掛けて振り下ろした。二人はしっかりと剣で受け止めたが予想以上の力に手が痺れるのを感じた。それでも二人は男のがら空きの胴目掛けて剣を振るう。
しかし、男たちは大きく後方に飛びそれを交わす。そして、別の男二人がまた勢いよく二人に斬りかかる。また剣を大きく振るう力任せな攻撃。二人もまたそれを受け止める。そして男たちは再び下がり別の男が飛び出す。その繰り返しとなった。
男たちの動きは剣術もへったくれもない素人そのものであった。訓練を受け、エリート集団と呼ばれる騎士団に所属するカイムとマイムなら素人六人が相手ならば問題ないはずであった。しかし、カイムとマイムは徐々に追い詰められていた。
理由は大きく分けて二つ。男たちの身体能力が異常なまでに高いこと。男たちの動きの速さ、剣に伝わる力。それらは素人とは呼べない。それどころがそこらの軍人よりも優れていた。カイムが「こいつらゴリラじゃないのか?」と本気で思うほどであった。
そして、もう一つが連携の良さであった。男たちは休む間もなく必ず二人の男がカイムとマイムを攻撃して退く。反撃する暇も与えず別の二人が攻撃する。どの二人の男が攻撃して来るのかわかればカイムとマイムの実力なら反撃の機会は十分にあるはずだ。しかし、二人の組み合わせは固定されておらず、また規則性も見当たらなかったためどの二人が攻撃してくるのかまるで見当がつかなかった。
固定もせず、規則性もない。もちろん互いに声を掛け合っているわけでもない。それなのに男たちは必ず二人で攻撃と撤退を一切の乱れもなく繰り返す。間違って三人で来たり、誰も飛びかからないなんてことはしない。それどころがタイミングすらずれなかった。その完成度はマイムが六人でひとりの人間なのではと疑うほどであった。
徐々にカイムとマイムの手に力が入らなくなっていた。それでも必死に耐えて反撃の機会を伺う二人であったが、その機は訪れず先にマイムに限界が来た。
とうとうマイムの手から剣がはじき出され地面へとこぼれ落ちた。それでもマイムは諦めず次の攻撃を退こうと身構えた。
しかし、次の攻撃は来なかった。男たちは全員同じ方を見ていた。マイムは男たちの視線を追った。その先にはウェスがいた。そして、ウェスの横の木がゆっくり迫って来ていると感じた。そうではなく木がこちらに向かって倒れてきていると理解したのはマイムの目の前を通過してからであった。
大木がゆっくりと六人の男たち目掛けて倒れる。男たちは呼吸を合わしたかのように同時に後方に跳んだ。そして、大木はずしんと鈍い音を立ててカイムとマイムの目の前に倒れた。
「うおおおおおおおおお、あっぶねーーーーーー」
大木が鼻先を通過したカイムが緊迫感なく叫んだ。カイムの絶叫で我に返ったマイムは足元の剣を拾い男たちを見た。男たちは硬直していた。瞬きすらしていない。やはりこいつらどこかおかしい、マイムはそう感じた。そして男たちは一斉に動き出す。しかし、動きは同じではない。別々に林の中へと逃げ込む。
「あっ、待て」
と追いかけようとするカイムの襟首を掴んでマイムは止めた。「ぐえっ」とカイム間抜けな声を出す。
「ここで追いかければ奴らの思うつぼよ」
そう言いながらマイムはウェスを見た。
マイムと目が合ったウェスは
「ご、ごめんなさい。余計なことしてしまって」
と慌てた様子で謝罪した。
「いいえ、おかげで助かったわ」
マイムはそう言いながらウェスの横の切り株を見た。直径50cmはある。
「いやー、ありがとうウェス君。助かったよ。でも切るならそう言っておくれよ」
「ごめんなさい。急だったから」
「どうやって切ったの? こんな大きな木」
マイムの言葉を聞いてカイムは目の前の木をまじまじと見た。
「既に切れかかっていたのをこれで」
とウェスは短剣を見せた。
「そうだったのか。それは運が良かった」
と、能天気なカイムは納得する。一方、納得のいかないマイムであったが助けられたのは事実のためこれ以上追求すべきか悩んでいた。
「それと……」
ウェスが迷いながら口を開く。
「それと、なに?」
「誰かがいた気がしたんです。この木の後ろに」
「ここに? あいつらの仲間かしら」
「わかりません」
そして二人は黙って何かを考え始めた。ひとり生きてて良かった、とだけ思っていたカイムは真剣な表情でなにかを考える二人の顔を交互に何度も見比べ、そして、首を傾げた。
「とりあえず行こうか。早く帰って今のことを報告しなきゃ。しかも迂回しなきゃ行けなくなったわけだし」
マイムとウェスは返事はせずただ頷いてトラックに乗り込んだ。カイムは一度ため息を吐いてからトラックに乗り込んだ。
結局ウェスが倒した大木によって道が塞がれ、別の道を新たに進んだ一行がコーネルに着いたのは正午になってからであった。




