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第八話 旅立ち

 昨日、何事もなかったかのような小鳥達の陽気な声を聞いて目を覚ます。外に出ると戦争でもあったのかと思われても不思議ではない光景が広がっていた。見渡す範囲で太陽の光を浴びているのは、一部分の緑と、片手で数えれるほどの家屋がある程度で、残りの広大な面積の地面が黒く焼き焦げて固まっている。


「ふー……」


 俺はその光景を受け入れるように一息ついた後、昨晩、寝床にした馬車の荷台の中を覗き込む。白い幌に覆われて薄暗いそこには、暴走が収まって気絶したが用心に、とロープで上半身をぐるぐる巻きにした黒髪の少女と、不思議な光が消えた後、気を失った金髪の女の子が横になってスヤスヤと眠りについている。まだ目覚めそうにない二人を置いて、俺は用事を一つ済まそうとその場を後にした。

 一夜を過ごした村の外れから、すっかり変わり果ててしまった慣れ親しんだはずの道を歩いていくと、一軒の二階建ての家屋があった。玄関を入ると、昨日と変わらず三人の死体が倒れている。肌が青白く変色してしまった三人、それぞれを想い返しながら、順に大量の干草を被せていく。屋内全体にも干草を撒いて、最後に外に出て、玄関の扉を閉めるとその前にも干草を積む。そしてその干草に向かって右手の平をかざして集中すると、どこからともなく火が点き、そのまま大きな炎となり家屋全体を包み込んだ。


「ありがとう、ティファ、親父、母さん……」



 二人の少女を寝かせた荷台がある村の外れに戻り、変わらず静かなその中を覗き込む。すると、そのぐるぐる巻きの状態でどうやって身体を起こしたのかわからないが、黒髪の少女が荷台の壁を背もたれに胡坐を組んで座っていた。


「あっ……」


 俺に気づいた少女が声をあげる。見た感じは顔色も良く、どこも怪我をしていない様子であったが、


「おはよ、調子はどうだい?」


 コミュニケーションも兼ねて訊ねてみる。


「ああ……、良好だ……」


 歯切れの悪い返事が返ってくる。


「記憶は?」


「おぼろげながら……、たくさんの人をこの手で殺めた覚えがある」


 おそらく、操られていた身としてはそこを覚えているのは辛いことだろう。しかし、受け答えもハッキリとしているので、俺は遠慮なしに様々な疑問をぶつけてみた。

 その結果わかった事は、少女はどこかの研究施設のような所に被験体として幼少の頃に連れてこられたらしい。そこで、『魔晶』と呼ばれるもの、おそらくあの紫色の宝石のようなものが発していた力を使って様々な実験が行われ、少女はそれに適合した。その結果、あの超人的な能力を得たらしい。研究所では主に子供が被験体として取り扱われ、魔晶に適合して超人的な能力を得る者もいれば、不適合となり失敗作として破棄される者もいるという。おそらく、キルシュを攫ったのもその被験体にするためだろう。一刻も早く助けたいところだが、少女はその研究所の場所は覚えていないらしい。覚えていたとしてもその研究所は警備が万全で一国の軍隊を使っても攻め落とすのは難しいだろうとのこと。今もスヤスヤと眠る金髪の女の子のことについては知らないらしい。おそらく、研究施設に居たが何らかの方法で施設から抜け出し、ここまで来た。そして、研究内容を外に漏らすことは許されないので、少女と男達が後を追って女の子が立ち寄っていそうな村々を襲った、というのが事の顛末らしい。


「自分の名前も覚えていないほどだ……、私の記憶はここまでだ」


「名前か……。うん、なんとなくはわかったよ、ありがとう」


「では……、私を殺してくれ」


 は? 今なんと?


「私は罪のない人々に恐怖を与え、そして殺してきた。お前の村を滅茶苦茶にしたのも私だ。お前の手で殺された人々の無念を晴らしてやってくれ」


「うーん、そう言われてもなあ……」


 俺が荷台の出入り口に座って唸っていると、金髪の女の子が目を覚ました。むくりと身体を起こした女の子はきょろきょろと周りを見渡すと、俺を見つけてにっこりと笑う。


「おはよう、おにいちゃん」


「おはよう――、あー、名前わからないのか、不便だな……」


 そして、少女の顔を見つめて同じように無垢な笑顔を作ると、


「おねえちゃんもおはよう」


「あ、ああ、おはよう……」


 静かに朝の挨拶を済ませたこの子には記憶があるのだろうか?

 優しく丁寧に女の子に色々と訊ねてみたが、どれも首を傾げたり、わかんないの一言が返ってくるだけであった。うーん、新しい情報はなしか。

 俺が質問を終えるとしばしの静寂が訪れる。そこに黒髪の少女の言葉が割って入った。


「そういえば、お前の名を聞いていなかったな、こちらは名乗る名を持ち合わせていなくて無礼だが、良ければ教えてくれないか?」


「ん? 俺は、ゼクトだよ」


「ゼクトか、良い名だ。ゼクト、改めて私を止めてくれてありがとう。そして、厚かましいが、出来ればこの子の目の届かない所で先ほどの私の最後の望みを聞いて欲しい」


 その言葉を受け、


「よし、わかった」


 そう返すと、俺は動けない少女に近づくと後ろを向かせ、縛った腕とぐるぐるに巻いたロープを解いた。


「何をする! このまま連れて斬ってくれれば――」


「決めた!」


 少女の言葉を遮るように俺は大きく声をあげた。


「キミの名前は『イヨイ』だ! 研究所とやらで呼ばれていた番号から取ったもので申し訳ないが、ずっと考えていたけど他に良いのが思い浮かばなかったんだ。その名前を受け取って、一緒に義弟を助けるのを手伝って欲しい」


 頭を下げて、そう提案した俺に少女は大きな黒い瞳を点にする。そして、身体をこちらに向けて何が起こったかわからないという表情をした直後、イヨイは抗議する。


「な、何を馬鹿なことを言っているんだ! 私は罪人であり、お前の仇でもある! そんな私を生かし続けると言うのか?」


 今にも掴みかかって来そうな勢いで声を荒げるイヨイ。それに対して俺は言い聞かせるように落ち着かせる。


「そうだよイヨイ、キミは生きるんだ。操られていたとは言え、悪いと思ってるなら生きて罪を償えば良い。そう言えば、聞こえは良いかもだけど、本音を言うと俺はキミを悪人と思っていないし、斬ろうなんて思わない。それに、さっきも言ったけど義弟を助けるのに俺一人ではどうすることも出来なさそうだからイヨイの力を貸して欲しいんだ」


 そう言いきると、イヨイは力が抜けたかのようにへたり込んだ。そのやり取りを聞いていた金髪の女の子が、


「ねえねえ、私の名前はないの?」


 覗き込むように俺の顔を見て、そう訊ねてきた。


「ああ、考えてるよ。これも番号からで申し訳ないけど……、キミの名前は『シクナ』だ」


 それを聞いた女の子は、ぱーっと明るい笑顔を作ると、


「わーい! おにいちゃんに名前つけてもらった! 私はシクナ!」


 両手を挙げて喜んでくれた。単純な名前だけど喜んでくれたようで俺も嬉しくなる。


「シクナ、おにいちゃん達は悪い人達をやっつける旅に出ようと思うんだけど、一緒に来るかい?」


「うん! シクナもおにいちゃんやおねえちゃん達と一緒に行くー!」


「待て! 私は良いが、そんな小さい子を巻き込むのは危険だぞ」


 これにも抗議の声をあげるイヨイ。


「確かに俺もそう思うけど、でも、この子をその辺に置き去りすることもできないだろ? 大丈夫だって! 俺が守れなくてもイヨイが守ってくれるだろ?」


 俺の問いかけに、イヨイは固まると、ヤレヤレといった仕草を見せて諦めが混じったような声で、


「わかったよ……、ゼクトの判断に全て賛成する……。だが、私とその子の名前、実に短絡的だな。拒否はしないが」


 痛いところを突かれてぐうの音も出ない。だが、イヨイは俺の提案を受け入れてくれた。可愛らしくて癒しになるシクナもいるんだ。今は当てもないが三人仲良く旅をしていれば光明が見えてくるだろう。俺は焼け野原となった故郷を離れた。

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