第五話 一四一番
互いが両手に握った武器を前で構えて睨み合ったまま機を窺っている。向こうが無闇に突っ込んでこないところを見るに、俺の剣の腕前を少しは警戒してくれているようだ。こちらとしては少女の切っ先が少しでも動くたびにドキドキしているのが現状である。
実力差から考えて、後手に回るのは不利になる。そう考えて俺は剣を下段に下ろして切っ先を後ろに向けて体勢を低く構えると、そのまま勢いをつけて地を這うように駆けた。少女は向かって来る俺に対し、落ち着きを払って俺と同じように刀を構えて迎え撃つ体勢をとる。武器の長さによる有利不利はない。ただ、向こうの刀は一撃必殺の黒い炎の力を持っているが。
距離が一気に詰まると互いの刃の射程内に入る。俺は、右側下段に構えていた剣を斬り上げると、相手の腰から顔辺りに一閃を通す。少女は身を後ろに逸らして、目の前を通過する切っ先に顔色一つ変えずに容易く避けると、横からなぎ払うように俺の空いた胴に一閃を加えてきた。左側から飛んできたそれを俺は右に倒れるように転がって回避する。その転がった少し先には、先ほど男の一人が落とした拳銃が落ちていた。
俺は素早く駆け寄りその拳銃を拾い上げると、少女の素早い動きを封じようと、銃口を足に向けて引き金を引いた。もちろん拳銃なんて触ったこともなかったが、造りが簡単な回転式拳銃のため容易に弾は発射される。
――バンッ! バンッ! バンッ!
連続して乾いた音が響いたが、少女は地面強く蹴ってその場に飛び上がった。おそらく、銃口の向きを見て瞬時に判断したのだろう。凄い動体視力である。まあ、弓が苦手な俺が撃った弾なのでわずかな距離とはいえ、狙った場所に命中していたかどうか、今となっては神のみぞ知ると言ったところだろうか。
しかし、少女は自身の身長ほど高く飛び上がったので動きが制限され、この瞬間が俺のチャンスとなる。片方の手に持った拳銃を少女に目掛けて投げつけると同時に、俺は再び剣を上段に構えて駆けた。少女が地面に着地すると同時に目の前に飛んできた拳銃を刀で払いのけるが、すぐに迫ってきた俺に対応出来ず、少女の左肩に着けている防具に、上段から剣を力強く叩きつけることが出来た。
「ぐっ……」
初めて聞いた少女の声は、低く呻くように出されたものであった。俺はそのまま追撃することなく、慎重に距離をとる。攻撃が命中した箇所は浅くへこみができていた。少女は左腕を力なく垂らして、右手だけで刀を握って前に構える。
その成り行きを見ていた黒ずくめの三人の男達が焦りを覚える。
「まさか、一四一番が押されているとは。――仕方ない。おい、あれを使え」
そう指示され、一人の男が前に出ると、懐からこぶし大の紫色の宝石のようなものを取り出して、戦っている俺らの方にかざした。正確に言うと、傷を負った少女に向けて。
「う、うわああああああ!」
少女が急に苦しむように声をあげると、その右手から紫色の細い電流のようなものがバチバチと音を立て始めた。その電流は右腕を伝い、黒い刀に纏わりつくように流れる。少女は刀を地面に刺して膝を折ったが、右手で握った柄を離すことはなかったので電流は刀に流れ続ける。俺は何が起こっているのか理解出来ないまま動けずにいた。
そして、僅かな時間であったが、苦しそうな声をあげていた少女の声が止むと、辺りは夕方の涼しい風の音とそれに揺られる作物の囁く音、バチバチと音を立てる紫色の電流を纏った黒い刀の音だけとなる。
顔を伏せたまま、フラリと立ち上がった少女はその刀を地面から引き抜き、腰を低く落とすと、右手で握った刀の切っ先を後ろに向けて構えた。俺は剣を前に構えて次の少女の行動に備える。
次の瞬間、少女が刀を鋭く、何もない空間を振り抜くと、その一閃を形にしたような黒い刃が俺に向かって飛んできた。予想外の出来事に俺は困惑したが、身体が反射的に反応し、人がナイフを投げた時ほどの速さで飛んできたそれを地面に伏せてかわすことが出来た。その黒い刃は、俺が背にしていた家屋に当たると瞬時に黒い炎を巻き上げる。どうやら遠距離からの攻撃もできるようになったようだ。迷惑極まりない。
少女は刀を高く掲げて一呼吸したかと思うと、今度は素早く連続で、縦、横、斜めと刀を振った。そしてそれらが黒い刃となって、次々に俺に向かって飛んでくる。その連続攻撃に反撃できるわけもなく、回避に専念する。少女を中心に一定の距離を保ったまま円を描くように、走ったり、前方に飛び込んですぐに立ち上がってまた走ったり、を繰り返した。このままじゃ埒が明かない。なんとか少女に近づこうにも、連続で飛んでくる攻撃にどうしようもできない。
その時、ふと違和感を感じた。少女は顔を伏せたまま、俺に向かって正確に攻撃を繰り出している。超人的な能力を持っているのでそれも有りなのかもしれないが、それは不可思議である。その理由を考えた時、すぐに答えに至る事が出来た。黒い刃を避け続けることで、すっかり村は少女を中心に焼け野原と化していた。しかし、ある一方向だけ無事で済んでいる所がある。それがあの男達がいる方向だ。おそらく、あの紫色の宝石のようなもので男が操ってるのであろう。人を操る、というのも不可思議なことだが、それ以外今は思いつかない。
俺は黒い刃が飛んでこないはずの、少女と男達の直線上に入ると、標的を宝石をかがげる男に定めて駆け出した。
急に俺が、こちらに向かってきたことで男たちは慌てた素振りを見せる。
「一四一番! 殺せ!」
そう宝石を持った男が叫んだ時には、もう遅く。俺は、その男に上段からの一撃を浴びせ、手からこぼれた宝石に目掛けて剣を振り抜いた。
宝石は粉々に砕け散り、その欠片は薄い紫色の煙となって消えていった。
「うっ……、ぐっ……」
距離はある程度あったはずだが、俺を直接斬ろうとすぐ側まで迫っていた少女は、立ち止まると息苦しそうな声を出して、あの猛威を振るっていた黒い刀は消えてしまった。これで少女の方はひと段落ついたのだろうか。
「き、貴様! とんでもないことをしてくれたなっ!」
俺の投げたナイフを右肩に受けた男が、怒りに混じって焦りにも感じる声で言い放った。
「お前達は両親や村の人達の仇だ。こうするのは当然のことだろう?」
俺が言い返すと、すぐにその男の右足を切り裂いた。
ぎゃ! と、悲鳴をあげた男は地面へと転ぶ。相変わらず不思議そうな顔をしている女の子の目の前だが、この機会を逃すわけにはいかない。俺は剣の切っ先を男の喉に向ける。
「お前らは一体何なんだ? どうしてこんな酷いことをあっちこっちでやってるんだ?」
「そ、それは、この四九七番を連れ戻すため――、だ、だめだ、早く逃げないと……」
四九七番? この小さな女の子のことだろうか。この子のためだけに隣村やこの村を滅ぼすなんて、なぜそこまでするのだろうか。それにしても、この男の怯えよう、俺に対してのものに見えない。
「おい、一体なんだって――」
その時、
「うわあああああああああああ!」
先ほどまで俺の後ろでおとなしくなっていた少女が、急に今までにないほどの大声をあげた。