第三十二話 希望
思っていた通りの回答が返ってくる。俺はまた頭の中が真っ白になりそうになったが、イヨイが飛び出して俺に斬りかかってきたので身体が動いてその一太刀を止めると、頭を無理矢理現実に引き戻した。
これで失敗したからといって諦めるわけにはいかない。再び襲い掛かってきた鋭い刃によって極限状態に追い込まれ、脳が一気に活発に動き始める。
何が足りなかったのか、その理由を探る。確かにシクナの光の力は魔晶石を取り除くものだ。しかし、なぜ今回、イヨイの魔晶石が取り除かれなかったのか……。シクナの力はあの紫色の魔晶石にだけ効果があって、ガラス玉のような魔晶石になってしまったキルシュには効果がないということなのだろうか。その可能性が十分に高い……。しかし、まだ可能性として考えられるものがある。
シクナが今まで取り除いた魔晶石は全て体表にあったものだ。あの少年はわからないが、少なくとも前回のイヨイとあの口の悪い少女はそうであった。つまり、シクナの力を体内にまで届かすことが出来ればあの魔晶石も取り除くことが出来るのではないだろうか。今はその可能性に賭けるしかない。
俺はイヨイの連撃を受けながら考えをまとめた。あとはどうやって力を体内に届かせるかだが――。
その方法も探ろうとした時、イヨイの刀を正面で受けるとそのまま押し込まれる。それにより俺が少し後ろに下がった形になると、イヨイは片手の平を向け、また見えない衝撃を俺に与えてさらに後ろに下がらせた。
これで少し考える余裕が出来たか、と思ったが、イヨイは刀を両手で大きく掲げる。そしてイヨイの身体の中心辺りが光り始めたかと思うと、その光はイヨイの刀へと集まる。とんでもない攻撃が来ると察した俺はイヨイと同じように刀を大きく掲げて魔晶の力を刀に送り込む。
先に攻撃の準備が整ったイヨイが刀を勢いよく振り下ろすと、山一つを飲み込めるのではないかと思わせるほどの強大な黒い火柱を飛ばした。俺はその強大さを見るや否や掲げた刀にありったけの力を送り込むと、初めて全力で力を使うなあ、と、この状況に似つかわしくないことが脳裏をよぎる。そして刀を力強く振り下ろした。
振り下ろされた刀からイヨイの火柱に負けないほどの大きな赤い火柱が飛び出すと、互いの火柱がぶつかり合い、その場に赤と黒が渦巻く巨大な火柱となった。辺りに猛烈な風を巻き起こして、燃え尽きた家屋だけでなく、村の外れにあった綺麗な家屋や木々を吹き飛ばした。俺は飛んでくる小石などから顔を守るように腕で顔を覆って目を細めながらその場で踏ん張った。
やがて火柱が収まり、辺りは先ほどまでの空気に戻る。視界の先に刀を振り下ろしたまま動いていないイヨイを捉える。イヨイはゆっくりと身体を戻すとこちらに視線を送って声を張り上げた。
「ゼクト! 死んでいないようで安心したぞ!」
その言葉に俺は頬を緩めた。イヨイは言葉通りの表情をしていないが、ゆっくりと歩をこちらに進めてくる。
「いや、死んでもおかしくなかったよ! 力を使い過ぎてヘトヘトだ」
俺がおどけた調子で応えると、さすがのイヨイも頬を緩めたように見えた。
「お前は本当にすごい奴だ。お前なら何でも出来てしまう錯覚に陥るよ」
「それは買いかぶり過ぎじゃないか?」
「ふふ、だから言ったろ。錯覚、だって」
少しだけだがイヨイが笑ってくれた。もう悲観していたイヨイはいないようだ。
「それで、この状況を任せてくれと言っていたが何か思いついたのか?」
「あー、なんとなくだけどな」
「なんだそれは。本当に任せて大丈夫なのか?」
そう言うとイヨイは一瞬で刀の間合いに入れる位置で歩を止めて刀を構えた。
「最近、行き当たりばったりを信条にしようかと思い始めたんだ」
「それは信条というのか……。まあ、お前に任せるよ」
俺も刀を構えた。しかし、力が余り入らず戦えるのもあと少しのようだ。
「ああ、任せろって言ったんだ。シクナとの約束もある。必ずイヨイを助けるよ」
「その前向きなところ、私は好きだぞ」
言い終わるとイヨイが間合いに入ってきて一太刀浴びせてきた。その動きに疲れは見えず、受け止めるだけで精一杯であった。




