第三話 殺戮
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ゼクトとすれ違ってしばらく経った頃、黒いローブを着てフードを被り、目鼻を覆う白い仮面を着けた四人の男と、武士の甲冑を思わせる黒い肩具と腰具に籠手を着けて暗い紺色の袴を履いた少女がゼクト達が住む村の入り口に到着した。
その集団は遠慮なしに村に入ると、近くの家屋の前で作業をしていた村人に男の一人が後ろから声をかける。
「おい、この辺りで金髪の女の子供を見なかったか?」
村人の男が振り返ると、ぎょっと驚いた様子を見せてから、声をかけてきた男の下から上を観察し、その後方にも同じような姿の男達が立っていてとても怪しんだ。
「女の子? 見た覚えはあるが、あんた達は一体なんなんだ? そんな怪しい見た目をした連中においそれと話すわけないだろ」
村人が強気に言葉を返すと、それを聞いた黒ずくめの男が返答の代わりに懐から拳銃を取り出して、銃口を男の眉間に突きつけた。
「余計な詮索はしなくていい。子供はどこだ」
「ひ、ひい……」
銃を突きつけられた村人は怖気づき、両手を軽く挙げて一歩後ろに下がる。
「あ、ああ、その子ならこの先を少し歩いた所にある二階建ての家に居ると思う……。見ての通り何もない村だから行けばわかるはずだ。わ、わかったらその物騒な物を早く下げてくれ!」
それを受けて男が拳銃を懐に戻すと両手を挙げていた村人は安堵した。
用が済み、男が待機していた一人に命令を出す。
「一四一番、燃やしておけ」
その声を聞いて動いたのは無表情の黒髪の少女であった。少女はまだ恐怖で震えている村人の前に立つと、こぶしを作った左手と開いた右手を目の前で合わせる。すると、右手辺りに黒い柄が現れる。それを掴むとこぶしを作った左手からゆっくりと水平に引き抜くと、黒い刃がするっと姿を現して一本の刀となった。
「えっ? えっ?」
理解が追いつかない不可思議な現象を目の前で見せられて村人は困惑するのみであった。そんな男に躊躇うことなく、少女は空間から生み出した刀で男を一太刀に斬り捨てる。あまりの速さに村人は斬られたことを気づくことなく……、また、斬られた瞬間に身体中に燃え広がった黒い炎に一瞬で焼かれ、断末魔をあげることすら出来ずに生き絶えた。
少女は役目を終えると、何も持っていない左こぶしに刀を収める動作をする。すると、黒い刃の刀は消えてしまった。
「行くぞ」
命令を出した男が短くそう告げると、少女と他の男達は返事もなくそれに従った。
女の子はまだ深い眠りについている。ゼクトの義母は、そんな女の子の世話をしていた。濡らした柔らかい布で身体や髪を綺麗に拭いてあげて、優しい眼差しで女の子を見守る。自身の息子であるキルシュとそう歳が変わらなさそうな女の子がどうして山で行き倒れていたのか不思議だが、目を覚まして元気な顔を見せてくれることを願っていた。
女の子が眠る部屋の扉を優しく閉めて、義母が一階に降りると、ティファが暇そうに椅子に座って足をぶらぶらとさせていた。
「あっ、おばさん。あの子は起きた?」
「いいえ、まだよ。でも寝息も聞こえるし身体に心配はなさそうよ」
「ふーん、そっか。あーあ、せっかく編み物教えてもらってたのに……、今日はもう遅いしお開きね」
「そうね。そろそろ私も夕食の支度をしなくちゃいけないし……、あら?」
義母が玄関の扉に目をやると、扉は勢いよく開かれる。そこに立っていたのは畑仕事から帰ってきた旦那とその左腕に抱えられた愛息子であった。
「母さん、ただいまー」
「おかえりなさい、疲れたでしょ? 今から夕食の支度するからゆっくりしてて頂戴」
そう言うと義母は台所に行き、夕食の支度を始めた。キルシュがその側で今日なにがあったかを楽しげに話すのを聞きながら。
「ああ、動いてると暑くてなあ。おっ、ティファじゃないか。そろそろ帰らないと母ちゃんに怒られるんじゃないか?」
ゼクトの父親が茶化すように言うと、自分も椅子にドカッと座る。
「いーいんですー、今日は少し遅くなるって言って来たの。ゼクトの成果報告聞かなくちゃだからねー」
机に突っ伏しながらティファは悪戯っぽくそう応えた。
「なんだ、ゼクトのやつまだ帰ってないのか? でかい獲物でも持って帰って来てる途中かもな、ガハハ!」
「もー、おじさん、それは親バカだよ。ゼクトがそんな大層なもの獲れるわけないじゃん。まあ、別の意味で大層なもの獲って一度帰って来たけど」
「んー? どういう意味だそりゃ」
「あのねー、実は今二階に――」
その時だった。突然玄関の扉が乱暴に叩かれた。
「なんだあ? ゼクトか? それにしちゃあ、様子がおかしいが……」
父親が不思議がりながらも玄関の扉に近づく。その場に居る他の三人も各々の動きを止めて扉に目をやり固唾を呑んでいる。
父親が扉に手を掛けて開くと、そこには黒いフードを被って目鼻に白い仮面を着けた男が一人立っていた。その後ろには同じような男が三人と、まだ幼さが残る少女が一人控えている。
「なんだ、あんたらは」
父親が荒っぽく目の前の男に訊ねると、男は懐から拳銃を取り出して父親に突きつけた。
「おかしなことはするな。そのまま後ろに下がれ」
拳銃を持った男が父親を家の中へ下がらせ、自分と後ろの四人も家の中へと入る。父親は、か弱い後ろの三人を守るように身構える。義母とキルシュは台所、ティファは椅子の上で動けずにいた。
「ここに金髪の女の子供が居るはずだ、出せ」
「えっ、あっ!」
なんのことかわからないという顔をしている父親の代わりにティファが声を上げた。
銃口を父親に向けたまま、声の主に男が問う。
「お前は知っているようだな。どこだ?」
父親も状況を把握するために男から目を離さないでティファに問う。
「どういうことだ、ティファ?」
突然の出来事に泣き出しそうになりながらも、まず父親の質問に答える。
「あのね、昼間、ゼクトが女の子を連れて来たの……、行き倒れていたって言ってたわ」
「で? その子は?」
「今も二階で眠っているわ……」
状況を理解した父親は男に恐れることなく言い切った。
「事情はわかった。だが、あんたらみたいな怪しい連中に他人の子と言えど易々と渡すわけにはいかないな!」
その言葉に男は、
「そうか」
とだけ短く返して右手の人差し指に力を入れた。
――バンッ!
火薬が爆発する音が鳴ると、男が持つ拳銃の銃口から僅かな煙が上がった。
そして勇ましく家族達を守ろうとしていた父親が力なく床に音を立てて倒れる。
「――い、いやあああああああ!」
「あなたああああああああ!」
「うわーん!」
そして守られていた三人が三者三様に悲鳴をあげる。
「うるさい、黙れ。ついでだ、あそこのガキを捕まえろ」
その言葉を受け、控えていた男二人がズカズカと家の奥に入り、泣き叫ぶキルシュを捕まえようとする。
「やめて! この子に手を出さないで!」
必死に子供を包むように守る母親に男達は無言で背中にナイフを突き立てた。
「ぎゃ! ――や、やめて……、キルシュ……」
「母さーん! やだー!」
義母は背中のナイフを抜かれ、血を流しながら静かに床に倒れた。そんな母を見たキルシュはさらに泣き喚くが、家の壁に掛けてあった大きな布の袋の中に放り込まれてしまう。そして男達はキルシュが入った袋を担ぐと、また拳銃を持った男の後ろに控える。
そんな惨状を見せつけられていたティファは声をあげることも出来ず、ガタガタと椅子の上で震えていた。
「さて、静かになったか。おい、早くさっき言った子供を連れてこい」
銃口を向けられたティファは恐怖にひきつった顔で、コクコクと無言で頷いて上手く動かない身体を机や壁で支えながら二階へと上がる。
それを見送った男が外に目をやると、銃声を聞きつけた村人達が集まっていた。
「一四一番、外の奴らを掃除しておけ」
少女はまたも表情を変えることなく、外へ出て村人達の前に姿を見せた。そして、先ほどと同じように何もない空間から刀を取り出すと、次々に村人を斬り捨て、死体は残ることなく黒い炎に燃やし尽くされていく。悲鳴をあげて逃げ惑う村人全員を殺しにかかった。
そんな外の悲鳴はティファの耳に届いているが、頭が認識出来ていない。頭の中が恐怖で埋め尽くされ、うまく動かない手でゼクトの部屋の扉を開いた。すると、そこにはベッドに腰掛けた女の子の姿があった。
服は汚れたままであったが、義母に身体を拭いてもらい肌に本来の白さが戻って、髪も綺麗な金色になっており、ずっと閉じられていた瞳は綺麗なエメラルドグリーンをしている。
不思議そうにティファを見つめる目には汚れはなく、きょとんとしている。
そんな純粋な女の子にティファは、今起こった惨状は全てこの子供のせいだという怒りの感情が湧いてくる。今すぐ叩いてやりたいが、この地獄のような時間から早く抜け出すため、ティファは女の子の手をとり、強引に立たせると下の階に連れて行く。
階段の途中で立ち止まり、男に女の子を連れてきたことを見せると、再び、銃口を向けられながら涙で汚れきった顔でティファは懇願する。
「連れて来たわ! この子よね? 渡すから、お願いだから私をお家に帰らせて!」
女の子を確認した男が、銃口をそのままに先ほどまでとは違う優しい口調で、
「ああ、確かにその子供だ。だが、この村は滅びるんだ。だからお前に帰る家はないんだよ」
ティファの恐怖で歪んだ顔に狙いを定め、引き金を引いた。
***