第二十三話 二九六番
かがり火に照らされる少女は、手にしている二丁の黒い自動式拳銃はもちろん、この死体だらけの場所に似つかわしくないほど小柄で幼く見える。けれどもこの現状を作り出したのは少女本人だ。それは受け入れなくてはいけないが、魔晶石に操られているとすればなんとか助けてやりたいのが本音だ。
「なんだ、こねえのか? じゃあ、せいぜい動く的として頑張ってくれよ!」
実に楽し気に少女が言うや否や、再び俺に銃弾を浴びせてくる。俺は横に走って少女の攻撃をかわすのと同時に側にあったテントの影に身を隠した。
このままではジリ貧だ。子供相手とはいえ、向こうは俺を殺す気なのだ。助けるにしてもこちらも反撃するしかない。
「隠れてんじゃねえよ!」
少女が素早く回り込んで俺を射線上に捉える。
横をテントに挟まれて逃げ場を失った俺に二丁の拳銃から銃弾が放たれる。
「くっ!」
俺の身体を貫こうとする銃弾。俺はそれを阻止しようと剣を下から上へ振り上げると、ドンッ! という音と共に目の前で赤い火柱が上がった。
「おおっ!」
銃弾はその炎に呑まれて俺の身体に届くことなく消え、少女が驚嘆の声をあげる。
俺は昇った炎が消えるのと同時に身を低くして駆け出す。不意に上がった炎に驚いて少女に隙が出来ていた。俺は一気に少女まで距離を詰めると、勢いそのままに肩を中に入れて身体ごとぶつかった。所謂、体当たりだ。
軽い少女の身体は容易に吹っ飛ぶと、奥にあったテントにぶつかってそれを破壊した。
これで気絶していてくれたら楽なのだがそううまくは行かず、少女は痛がる素振りも見せずに自身に覆いかぶさる布を取り払い立ち上がる。
「いやあ、驚いた。ちょろちょろ逃げ回るだけのネズミかと思えば炎を吐いて俺様に襲い掛かってきやがった。俺様に埃を被せたんだ、タダで済むと思うなよ」
先ほどまでの楽しそうな声とは一変して、怒気を含んだ声。
少女は片手で被っていたフードを払いのけると、着ている黒いコートを掴んでそれを脱ぎ捨てた。白色のタンクトップ、黒っぽい迷彩柄の七分丈のズボンの腰回りには太い茶色のベルトが巻かれていて、両脇に空の革製ホルスターとナイフが一つずつ取り付けられている。タンクトップは胸の下辺りまでしか長さがなく、華奢な少女のお腹まわりの肌が露わになっている。そして、左目を覆っていた眼帯も取り払うと、そこには紫色の宝石のようなものが埋め込まれていた。おそらく魔晶石だろう。
「本気で相手してやるぜ。覚悟しな」
そう吐き捨てると、少女の左眼である魔晶石が仄かに光り、身体全体に紫色の電流が一瞬走る。俺は雰囲気の変わった少女の動きを警戒しながら、剣を下に構えた。
このまま緊張状態が続くのかと思いきや、先ほどまでと同じく、少女は二丁の拳銃を素早く俺に向けると引き金を引いた。俺はそれを受けてもう一度剣を振り上げて目の前に火柱を上げて弾丸を阻もうとしたが、銃弾はその炎の壁を突き抜けて俺に向かってくる。
俺は慌てて振り上げた剣をすぐさま振り下ろしてそれらを払い落とす。すると、キンッ! と鋭い音が二回続けて響き、銃弾が俺の身体に触れるのを防ぐことに成功したが剣の刃は折れてしまった。
「ハハハッ! 本当に面白い奴だ。銃弾の軌道が見えてるだけじゃなく、それに身体が反応できるんだからな! だが、残念だったな、そんななまくらの剣じゃ俺様の力を凝縮させた弾丸に耐えられるわけがねえ。てめえ自身が喰らって確かめてみな。跡形もなく吹き飛ぶからよ! ギャハハハ!」
愉快に高笑いした少女が、今度は休む間もなく銃弾を次々に放ってくる。俺は少女を中心に円を描くように広場を走って逃げ回る。
バンバンバンバンバンバンッ、と途切れることなく銃声は続き、銃弾は俺を通り過ぎて周りにあるテントやかがり火、頭を撃ち抜かれて倒れている死体を吹き飛ばしていく。ここではシクナがいるテントに近い。離れなくては。
俺は手に持っていた折れた剣の柄を高笑いしながら銃を乱射する少女に投げつけた。少女はその飛んできた柄をいともたやすく撃ち落したが、俺に向けての銃撃に一瞬の間が出来る。俺はその隙を突いて、町とは反対の方角の暗闇に向かって駆け出した。
「逃げてんじゃねえよクソ野郎!」
少女も俺の後を追って走り出す。走りながらも俺の背中を的に撃ち込まれてくる銃弾に当たらないように、上へ横へ飛び跳ねたりと不規則に走る努力をしながら後は神に祈った。
そして、俺の努力のおかげか神のおかげかはわからないが、銃弾が俺に当たることはなく、野営地から離れて満月の灯りしかない開いた場所まで逃げることができた。
ここまでくれば少々派手にやっても平気だ。俺は前に向かって地面を蹴り上げると、宙で身体を腰を捻って反転させるその勢いでこぶしを作った左手から魔晶の刀を引き抜いて斜め上に振るう。すると、追いかけてくる少女目掛けて勢いよく赤い炎が地面を這いながら襲い掛かる。
直線的に向かってくる炎に少女は冷静に高く飛び上がってかわす。俺は地面に着地すると、ここまで駆けて来た勢いを殺すようにブレーキをかけて地面に長く引き摺った跡を残した。そして少女は二階建ての建物程度なら優に超す高さから、立ち止まった俺に銃弾を浴びせ続ける。
休む暇をくれない少女の攻撃に、もう勘弁して欲しくなるが、許してはくれないだろう。俺は降り注いでくる銃弾に向かって力いっぱい刀を振り、人の倍ほどの大きさの赤い火球を飛ばした。その火球は、これでもかというほど放たれた銃弾をすべて呑み込むとそのまま銃弾を放った本人をも呑み込もうとする。
やりすぎたか。と、一瞬反省をしたがそんなものは杞憂だったようだ。
「うおおおおおおおおお!」
空中で逃げ場を失った少女が気合の入った叫び声をあげると、左眼の魔晶石から全身に紫色の細い電流がバチバチと走る。両手に持った拳銃を頭の後ろに振りかぶって力を溜める仕草を見せると拳銃にも同じく電流が走った。そして、間近に迫った火球に向けて銃口を向けて引き金を引いたかと思うと、紫色に輝く光線が発射される。二本の光線が目の前の火球に当たると、激しい光を発しながら火球を押し返し始めた。
予想もしなかった出来事に気が動転しそうになったが、そんな暇はない。火球が勢いよく戻ってきたのだ。俺は横に飛び込むように地面を蹴ってそれをかわすと、地面と接触した火球が爆発を起こす。その爆風に乗って俺は結構な距離を転がった。
「ふいー、驚かせやがって。俺様じゃなかったら死んでいたな」
すたっ、と爆発で抉れた地面の横に着地した少女は地面に伏している俺にも聞こえる独り言を呟く。
「さて、お返しと……、い、くか……」
少女の様子がおかしい。頭を手で押さえてフラフラとし始めた。俺は顔だけ上げて少女の様子を窺う。
すると、脚に力が入らなくなったのか、膝を地面につけるとそのまま前に倒れてしまった。何が起こったのかわからない俺はゆっくりと立ち上がると、警戒しながら少女に近づく。すぐ目の前まで近づいても動く気配はない。二丁の拳銃も手を離れて地面に落ちていた。
俺はうつ伏せに倒れている少女の肩を持って力を入れると、軽い少女の身体は容易に動いて仰向けにすることが出来た。そっと顔を覗き込むと意識を失っているのか両目は閉じられて静かに呼吸をしているようであった。
勝った、のか……?
銃弾は自らの力を使っていると言っていた覚えがある。おそらく最後の凄まじい光線で力を出し尽くしたのだろう。俺からすれば降って湧いた幸運だ。念のために少女を再びひっくり返すと俺のベルトを使って後ろ手に縛った。
あっけない幕切れに少し気が抜けそうになったが、こちらが終わってもまだやることがある。イヨイを助けに行かなければならない。しかし、この少女をこの場に置いておくこともできないので、武器だけ取り上げて馬車の荷台にでも寝かせておくことにしよう。




