第二話 異変
息を潜める。
目標は前方二十メートル弱にいる色鮮やかな大型の鳥。羽を休めているのか静かにこげ茶色の柔らかい土の上をゆっくりと歩いている。
俺は背中の矢筒から一本の矢を手に取って弓を構える。鏃の先端を狙われているとは思っていない獲物に向けて狙いを定めて、呼吸を止める。――今だ!
右手でしならせた弦が元に戻る反動で矢は空気を裂くように放たれた。
弓が着弾したバスンっという音と共に鳥がバサバサっと羽ばたく音と茂った木の葉に向かって飛び込んだ鳥が立てたガサガサっという音がその場に残った。
「くっそお、外したか……」
もう少し右だったか……、三度目の正直になると思ったんだけどな……。
そんなことを考えながら地面に刺さった矢を回収して矢筒に戻す。このままではまた皆にからかわれる事になりそうだが、それは避けたい。いっそ熊にでも出会って剣で狩った方が確実な気もするが、弓の腕を馬鹿にされているのだからその方法では汚名返上にはならない。
どうしたものかと考えながら歩いていると山道脇のなだらかな斜面に落ち葉や枝がこんもりと積まれた小さい山を見つけた。
何かおかしいなあれは。自然に出来たものではなさそうだし、何か動物でも隠れているかもしれない。
そう思い、ゆっくりとその小さな山にできるだけ音を殺して近づくと、腰にぶら下げている剣を抜いた。剣先で慎重に上から葉や枝を払うように取り除きながら、急に中から熊でも飛び出して来たらすぐに斬れるように心の準備もしておく。
だが、その準備は意味もなく、不自然な山はほとんど辺りに散らばっていった。
ハズレかな? と残念なような少し安心したような気持ちになった時、白い布が見えた。
これもまた不思議に思い、剣を鞘に戻して手で残った葉を払っていく。すると、白い布はワンピースと分かり、その薄汚れた服より白い肌を持つ女の子がそこに埋まっていた。
「うわっ、うわわわわわわ!」
まさか人が埋まっているなんて思いも寄らなかったので尻餅をつき後ずさってしまう。
――生きているのか?
その疑問を確かめるべく、そっと近づいて女の子の顔を覗き込んでみる。だが、見ただけではわからないぐらい動きがないので、そっと耳を小さな胸に当てて心音を確かめる。すると、静かな鼓動が聞こえてきたのでひとまず安堵した。
しかし、どうしたものか。歳はキルシュより少し上ほどで、薄汚れてしまっているが、キルシュと同じ金色の髪と端正な顔を持つ女の子はうちの村にはいないはずだ。それにこの服などの汚れは、ただ単に、ここでかくれんぼをしていた汚れ方ではなく、何日も外を彷徨っていたかのような汚れである。隣村に送るのも手だが何か深い事情がありそうだし、ひとまずうちで休ませた方が良いかもしれない。
そうと決まれば背負っている弓と矢筒をその場に置いて、華奢な女の子の身体を優しく起こして背中に担ぐ。途中で起きるかと思ったがその様子はなく、深い眠りについているようだ。
女の子を背負って村まで戻ってくると先ほど隣村の様子を見てきてくれと頼んできた男が俺を見つけると声を掛けてきた。
「よお、早いお帰りだったな。収穫と隣村はどうだった――、っておいおいゼクト……、そりゃだめだぜ。いくら獲物が捕まらないからってそんな子供を捕まえてくるなんてよ……」
男は天を仰ぎ左手で目を覆い、オーバーなリアクションを見せる。
「なーに勘違いしてるんだよ。行き倒れていたから連れて来たんだよ」
「行き倒れ? そんな小さい子が? おいおい、嘘つくならもう少し現実味のある嘘をつくもんだぜ。ゼクト、過ちを正すなら今のうちだぞ? 俺とお前の仲だ、警備兵を呼ぶのを少し待ってやる。どうせ来るのに一日二日は時間が掛かるだろうけどな」
「相手してられねーよ。とりあえずこの子はうちに連れて行って母さんに面倒見てもらう。隣村はそれから見て来てあげるよ」
それだけ言い残して男を振り切り、さっさと家路についた。
しかし、母さんもさっきの男みたいに思うかもしれないな。説明が面倒くさいことになりそうだ。
しかし、そんな心配は杞憂に終わり、帰って来た俺が事情を話すと母さんはすぐに理解してくれて、女の子をとりあえず俺のベッドに寝かすことになった。全く起きる気配がないので母さんが身体を拭いたり世話をしていてくれるそうで安心した。
ティファがまだ家に居て、そっちの方は何やら色々と騒いでたが、少しは母さんを見習ってもらいたいもんだ。
また山に入るべくまた来た道を戻る。先ほどの男が、お前の母さんが面倒を見てくれているなら安心だ、とか調子の良いことを言っていたが、この男のために隣村の様子を見に行かなければならない。嫌な約束をしてしまったものだ。現在の時刻から考えるともう狩猟をしている暇はなく、隣村との往復だけになりそうで余計にゲンナリとする。朝も思ったが、やはり今日はツイていない日のようだ。
今日三度目の山道を通り、まずは先ほど置いてきた弓と矢筒の回収に向かう。
空で傾きかけた優しい暖かな太陽の光に、木々が風で微かに音を立てながら揺らめき、たまに小鳥の声が聞こえてくる。この自然に日頃から触れていない王都の人達なら最高のリラクセーションなんだろうけど、すっかり慣れてしまっている俺からすると、そんな効果もなく、今日も狩猟の収穫がなくて憂鬱になってる気分を晴らしてくれることはない。明日は本番の狩猟ではなく、弓の練習をするかな……。
「確か、この辺だったかなっと」
そんなことを考えてたら女の子を見つけた場所まで辿り着いていた。ちらほらと立っている木々を避けて山の斜面を登っていくと、散らばった葉や小さな枝の横に、変わらず弓と矢筒が置いてあった。
「あったあった。さて、と……、ん?」
見つけた物を拾い上げて背中に担ぎ、次の目的地に行こうと斜面下の山道に目を向けた所、何やら怪しい集団が見えた。
その集団は三列になっており、前方と後方に黒いフードを被って目鼻に白い仮面を着けた男が二人ずつと、それらに挟まれる形で見慣れない服装だが腕と肩と腰周りに黒色の防具を身に着けて腰に一本の黒い鞘に入った刀を差した俺と歳の変わらなさそうな短髪で黒髪の少女が歩いてくる。
向こうはこちらに気づいていないらしく、俺はその集団が通り過ぎて行くのを待った。特に真ん中の少女が捕まっている、というわけでもなさそうだし、あんな怪しい連中とは関わらないのが一番だ。
そう長くない時間、息を潜めながら集団を見送った。ゆっくりと斜面を下りて、通り過ぎて行った者達の方向に目をやる。
「向こうはうちの村があるけど……、途中で大きな街の方に曲がる道があるしたぶんそっちに行くのかな?」
あんな怪しい格好をして街に行くなんて大道芸人か何かなのだろうか。それにしては手荷物は無さそうだったし雰囲気も暗かった。まあ、考えたって仕方ないので隣村に行ってさっさと村に帰るとするか。キルシュが剣の稽古をしたいって言っていたしな。
「な、なんだどうなってんだ……、これは……」
俺は驚愕する。隣村に着いて見た光景は、辺りの家屋が真っ黒で柱だけが立っている状態で、地面には人の死体と何かが激しく燃えたような跡が複数存在していた。
ただならぬ雰囲気に俺は少し圧倒されたが、何があったか知るべく生きている人間を探した。だが、うちの村よりさらに小さい村なのですぐに全体を見て回れたが、見つかったのは銃で撃たれたような死体と剣か何かで刺されたような死体、それと一番多いのはあちらこちらの地面に残る黒い燃え跡だけであった。
「くそっ……、一体なんだっていうんだよ」
様子を見てきて欲しいと頼んできた男の情報から察するに、これは昨日のうちか今日の朝までに起こった惨状だろう。
嫌な予感がした俺は急いで自分の村に戻ることにした。