第十八話 装い新たに
その後もイヨイと今後の事についてなどの話をしながら、無残な死体が落ちていたりするが、一応、平和になった夜道を歩いていると、窓から煌々と光る電灯の明かりが漏れる詰め所に帰ってきた。
俺が扉を開けると、その音に気づいたシクナが奥の部屋から顔を出してこちらを窺った。そして、扉を開けたのが俺達だということを知ると、泣きながら俺達に向かって駆け出してくる。
「わーん! イヨイー……、寂しかったよ、ぐすっ……」
先に扉を通った俺を横切って、シクナは真っ先にイヨイに飛びついた。少し悲しい。
イヨイは泣きじゃくるシクナをあやすように優しく頭を撫でる。
「ひっく……、ゼクトも大丈夫? 服、ボロボロだけどケガしたの……?」
少し落ち着いたシクナが涙で顔を濡らしたまま俺にも心配の声をかけてくれた。とても嬉しい。
「ありがとう、シクナ。大丈夫だよ――、確かに服はボロボロだけど……」
かがり火の灯りしかない薄暗い外では気づかなかったが、明るい室内で改めて自分の今の状態を確認すると、革のベストもズボンもまさに獰猛な獣に襲われたように破れており、継ぎ接ぎでどうにかなるものではなさそうだ。
「ふむ、ここは兵士の詰め所だ、何か替えの服ぐらいあるだろう。町を救ったのだ、服ぐらい拝借しても牢には入れられん」
イヨイの言い分を採用して、詰め所内を漁ることにした。
男の職場、というのがよくわかる散らかり具合で、防具や手袋などの小物が無造作に積まれている。俺はその中から使えそうな物を探すが、日常的に身に着ける物はなかなか見つからない。とりあえず、自分のナイフと一緒に腰にぶら下げる用に茶色い革のベルトを二本と立てかけてあった長剣を拝借した。
武具置き場にはめぼしい服はなかったので、シクナが寝ていた奥の仮眠室で探すことにする。すると、いくつかあるベッドのひとつに着て下さいと言わんばかりに、上下の服と革のブーツが置かれていた。おそらく、ここの兵士の私物と思われるがこれを拝借しよう。
全体的に灰色っぽい服に袖を通すと、サイズはピッタリであった。ボタンが並んでいる所と袖に黄色のラインが入っており、お洒落な感じがする。黒のスボンを履くと、これもまたお洒落な感じがする折り返しがついた黒のブーツにズボンの裾を入れて革紐を締める。あとは、先ほどの革ベルトを腰に巻いて、剣とナイフの鞘を取り付けて完成だ。
着替えが終わり、椅子に座って待っているイヨイとシクナの元へ行くと、
「ほお、田舎の猟師から街の剣士に変身したな」
「ゼクト似合ってるよー」
と、お褒めの言葉を頂いた。ありがとうお洒落な兵士さん。そして、ごめんなさい。
まだ夜は明けない。というより、平時ならそろそろ寝る時間だと思う。シクナもまた眠たそうに欠伸をした。奥の仮眠室のベッドを借りて俺達も寝させてもらおうかなと考えていると、外から慌しい足音が聞こえてきた。身構える暇もなく、扉が勢いよく開かれると一人の若い兵士が息を切らしながら俺達の姿を確認する。
「や、やあ、キミ達も無事そうで何よりだ。……ふう、町が得体の知れない獣に襲われてね。もう町中滅茶苦茶になっているんだ。」
知っています、その犯人も。とは言わないでおいた。
「今は落ち着いたようで、避難した町民は町の教会に集まってるよ。本当はキミ達もそちらに移動してもらった方が良いかもしれないけど、まだ外が安全とは限らないからね。今日はここで休むと良い。自分もここに残るから安心して三人とも奥の部屋を使ってくれ」
この不穏な状況でも一般人である俺らに不安を与えないように冷静に対処してくれる兵士さんに、さすがだなあ、と思いつつ、この服の持ち主ではないことを願った。
兵士に礼を言って、奥の部屋に行こうとした時、すぐにその兵士に呼び止められる。
「あっ! そうだキミ達。明日の早朝にこの事態を王都まで報告に走るんだが、それとは別に、町民の希望者も別働隊で王都に避難することになっているのだが、キミ達はどうする?」
その問いかけに俺とイヨイは顔を合わせた。シクナは自分には関係ないと思ったのか、眠気が限界だったのかわからないが、その呼び声に立ち止まることなくベッドに吸い込まれていった。
王都か……。この現状を報告に行ってもらえるなら、その報告を聞いた王様がこの地に軍隊を派遣してくれるだろう。それを待っていたら良いのだが、またどこかのタイミングで研究所の奴らが襲ってくるかもしれない。そうなると俺とイヨイで対処した方が被害が少なく済むはずなので、一旦王都に行って、軍隊と共にこの町まで戻って来る方が良いのでは……。
俺と同じくイヨイも口を閉ざして何やら考えている様子。それを見た兵士さんが、
「まあ、無理に今すぐ決めなくても良いよ。もし行くのなら、明日出発する際に自分と一緒に教会まで行ってそこから皆で行くからね。――あー、そういえばキミ達はそこに止めてある馬車でこの町まで来たんだよね? あの女の子がいないから言うけど、今、町中は死体だらけなんだ。そんな惨状を子供に見せるわけにはいかないから、行くのなら女の子を馬車の荷台に乗せて幌の布を閉めといた方が良いね」
シクナを気遣ってくれる優しさにお礼を言って、また起きてから決めるということを伝える。すると、兵士は了解を示したので、俺達も奥の部屋に入り、イヨイとどうするか話し合ってからそれぞれベットを借りて就寝することにした。




