第十七話 取り逃がす
周囲の燃え盛っていた炎も弱くなり始め、辺りは徐々に闇が支配しつつある。そんな中で黒虎が倒れ、やっと一息つけるか、というとそういう訳にはいかない。まだもう一仕事残っている。
俺とイヨイは銀色の防具で身を包んだ兵士に歩み寄る。その兵士は何かを考えるかのように真剣な顔をしていたかと思うと、近づいてくる俺達に向けて見るからに作った笑顔とともに乾いた拍手を送ってきた。
「いやー、凄かったねえ。せっかくのとっておきまで倒しちゃうなんて、報告することがたくさんで忙しくなりそうだ」
淀みのないカラっとした感想を述べた兵士の前で足を止めると、俺は黒虎に突き刺して消えた朱色の刀を、再び空間から引き抜いてその兵士に向けた。
「リクス――! 俺の質問に全て答えてもらうぞ」
「おお、こわいこわい。この通り敵意はないから優しく頼むよ」
そう言って、リクスは持っていた槍から手を離し、両手を肩まで挙げて無抵抗のポーズをとる。
「その石もだ」
切っ先をリクスの手に握られているこぶし大の魔晶石に向ける。紫色にやや黒ずんだその石はツルッとなめらかな表面をしていた。
「あー、これはダメだね。キミ達に渡しても、この場で壊されても困る。一つ忠告をしておくと、俺はキミ達が動くより早くこの場から退散することができるんだ。だから何か聞きたいのであれば下手な動きはしない方が良いよ」
武器を持って優位に立っているのは俺達だが、それが本当ならば話は変わる。こいつには研究所の場所や魔晶の力の詳しい話を聞き出したい。
「じゃあ、このままお互い動かず話をしよう。まず、お前は何者だ?」
「ふむ、俺かい? 俺はどこにでもいる、しがないスパイさ。まあ今回は一つの町を滅ぼす大悪人にまで登りつめたけどね」
平和だった町を一瞬で地獄に変えたというのに悪びれる様子もない。
「なぜ町を襲った?」
「キミ達が見たという怪しい集団のことや村が滅びたという事実を隠すためだよ。言ってみれば、キミがこの町に助けを求めなかったらこの町は無事で済んだかもしないねえ」
「ぐっ……」
俺のせい? いや、俺はこの国に危険が潜んでいる事実を伝えたかっただけで――、もちろんキルシュのことや滅ぼされた村のことで私怨はあったが、それは――、
「ゼクト、大丈夫だ。落ち着け」
リクスの言葉によって混乱していた俺に、隣にいたイヨイが俺の肩にポンっと手を置いて言葉をかけてくれた。
「人を惑わすのが好きなようだな。なら、私も貴様に質問しよう。その魔晶石やそれがもたらす力は一体何のために作られ、利用されているのか、そしてそれを作っている研究施設がどこにあるのかを答えてもらおう」
「ふむ、その口ぶりだとやっぱりキミ達の力は魔晶の力が関係しているようだね。施設から逃げ出した? それにしては魔晶石も付いていないようだし、あの力を受けたのか――?」
魔晶石を持っていない方の手を顎に持って行き、独り言のようにぶつぶつと呟き始めた。それに対してイヨイは、腰に携えた刀を抜くと、リクスに突きつける。
「余計な詮索はしなくてよい。私の質問にだけ答えろ」
「おーと、こわい。俺は研究者じゃないけど、好奇心が旺盛でね。つい、考え込んでしまったよ。――それで、魔晶の事と研究施設の事だったかな? 残念だけどそれに答えると機密事項に引っかかるので回答は控えさせてもらうよ」
「こいつ!」
「よい、私に任せておけ」
俺が一番知りたい情報を隠され、カッとなった俺を、イヨイは俺の胸の前に片腕を伸ばして制止させた。
「ならば質問を変えよう。貴様は、魔晶の研究施設に属する者で間違いないか」
「それは、イエスであり、ノーだね。詳しい回答は控えるよ」
どういう意味だろう。研究施設以外にも魔晶に関わる組織があるという事なのだろうか。
「そうか、ならば最後の質問だ。貴様はすぐにでもこの場から去れると言ったな。何故私達とこうして話をしている?」
「それは――」
リクスは素早く腰の後ろに手を回すと拳銃を取り出して俺に銃口を向けた。
「キミ達を油断させるためさ!」
その声と同時に、パンッ! と乾いた音が瓦礫だらけになった街中に響く。リクスの術中通りに油断していた俺は手にした刀もただ持っているだけという状態になっていたが、リクスに銃口を向けられるのと同時に、身体の側面に強い衝撃を受けて、俺はそのまま転倒していた。慌てて顔を起こしてリクスに目をやると、イヨイによって左肩から右わき腹にかけて刀を通されていた。しかし、血が噴き出ることはなく、霧のように身体全体が揺らめいたかと思うと、薄ら笑いを浮かべたまま消えてしまった。
呆気にとられ、倒れたままの俺にイヨイは刀を鞘に戻して手を差し出した。
「大丈夫か、ゼクト? 弾は当たっていないな? どうやら奴の言っていた、この場からすぐに去れる、というのは本当だったらしい」
至って冷静なイヨイの手を借りて俺は立ち上がる。この見た目の年齢の割りに、実に落ち着きのある少女に訊ねたいことも山ほどあった。まずは、
「シクナは無事だよね?」
「ああ、激しい地響きやそれに伴う大きな音で目を覚ましてな。お前のことも心配であったので、シクナには詰め所から絶対に出ないように言い聞かせてからこちらに来たから無事なはずだ」
「そうか、良かった。とりあえず詰め所に戻ろうか」
「そうだな」
町の中心街は建物が燃え落ちていたり、黒虎との戦いで無残な姿になっていたが、詰め所のある町の外れに向かうほど、建物は無事でかがり火の灯りも残っていた。倒れている死体も、ちらほらとあったが、中心街の周囲に比べれば少ない方であった。その道すがら、残りの疑問をイヨイに訊ねる。
「イヨイ……、イヨイ自身の魔晶の力のことなんだけど……」
別に萎縮する必要はないはずだが、あまりの衝撃であったので何と訊ねたものかと困ってそうなってしまった。
「ん、そうだな。魔晶の力を失ったと言ったにも関わらず、力を使えた理由をゼクトに説明したいところだが――」
「ところだが?」
「私にもわからない」
ずっこけそうになったのをなんとか踏ん張ったので、起き上がるのにまたイヨイの手を借りずに済んだ。
「ただ、力を使えるという自信が私の中にはあった。だから、ああしてあの大きな獣の目の前まで歩を進めれたのだ。そして、魔晶の刀を抜こうとした瞬間、自信は確証に変わった」
「あの余裕っぷりは既に確証がある人間が出すものに見えたけど違ったんだね……。まあ、あとは、身体能力も魔晶の力を最大限に引き出した時の状態だったな。シクナの能力に関係があるんだろうか……?」
「それはわからない。ただ、シクナの能力のおかげで魔晶の石によって分離されていた私は私の器に戻ることが出来た。そして、器が持っていた力がそのまま残ったと仮定すれば、私が力の使い方を……、思い出した、と表現すれば良いのだろうか……。まあ、その辺りの細かな表現は置いておく――、その残っていた力を私は使いこなせたわけだ。となると、シクナの能力は、魔晶の石に操られている者の意識を解放するだけで、魔晶の力をかき消すものではない、ということだな」
なるほど、それなら納得もできる気がする。俺の力も魔晶由来のものとすれば、シクナが能力を発現した際に俺の身体には何の変化もなかった。魔晶の力をかき消す能力なら俺も炎を出すことができなくなっていたはずだ。……俺に何故、魔晶の力があるのか、という疑問が沸いてくるけども。まあ、そのおかげでこうやって戦えてるわけだし、受けた傷の治りも早くて助かっているのだから悪いものではないが。
リクスは、魔法か、とも言っていた。魔法という言葉自体は、小さな子供が読むような冒険物の本で知ってはいる。だが、辺鄙な田舎村で育った俺には、この世界に本当にそういったものが存在しているかはわからない。少なくとも俺の周囲には魔法を使える人はいなかった。




