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第十五話 黒虎

 降ってきたそれは、四つ足を地に着けていても俺より倍近くほどの体高があり、黒い毛皮に描かれた紫色の縞模様が仄かに発光している。前かがみになって戦闘体勢をとり、両目も紫色に光らせ、荒々しい息遣いで俺を獲物として捉えているようだ。俺は剣を構えるも、とてもではないが、あの大きな図体で向かって来られたら防げる気はしない。


「ハハハ、こいつは特別仕様の魔獣、『黒虎』だよ。この町は軍隊もいないし、こいつの力を試す場がなくて困っていたところさ。魔獣の戦闘データを集めるのも俺の仕事になってしまってねえ、ほんと人使いが荒い職場だよ。そんなわけで、良い手伝いを頼むよ、ゼクト君」


 あんな奴の手伝いをする気はサラサラないが、この黒虎と呼ばれた獣がそれを許さないだろう。この体格差では真正面からぶつかることはできない。

 俺は意を決して走り出し、黒虎の側面を駆け抜けようとする。すると、動き出した俺を踏み潰すかのように、身体を捻って片方の前足を振り下ろしてきた。それを回避すると、石で舗装された地面が激しい音を立てて抉られる。あんなものをまともに喰らえばひとたまりもない。なんとか動き回って相手をかく乱し、攻撃の機会を窺うしかなさそうだ。

 早速、先ほどの攻撃で隙ができた胴体の側面に向かって剣を振り、炎を飛ばすとそれが命中する。人ほどの大きさの相手ならすぐに赤い炎が全身に燃え広がり、燃やし尽くしてしまうが、このサイズになるとそうもいかないらしい。炎は胴体の一部に燃え広がったが、すぐに消えてしまい表面すら焼けていない。


「くっそ、だめか」


 黒虎は何事もなかったかのように、俺目掛けてその大きな前足を連続で振り下ろしてくる。振り下ろされるたびに地面が抉られて地形が変化する。俺はそれをかいくぐり、反撃の機会を窺う。

 地面に五個目の穴ができた時、疲れからか一瞬棒立ちになった黒虎の下に側面から潜りこんで、縦に円を描くように剣を力いっぱい振るう。すると、剣先に手ごたえを感じ、黒虎が、ガアア、と痛みで声をあげた。黒虎の下を通り抜けて後ろを振り向くと、腹部から赤い血が垂れ落ちていた。剣なら倒せそうか、そう思ったが、身体中に描かれた紫色の縞模様の発光が強くなった次の瞬間には、流血は止まり、傷口が塞がっていた。

 それを見て、どうしようもないな、と半ば呆れ気味に笑みを浮かべると、黒虎の反撃をかわした。


「良いよ、ゼクト君! その調子で頑張ってくれ!」


 耳障りな応援を無視し、俺は次の手を考える。剣と炎なら、剣の方が効果はありそうだ。斬っても傷が治るなら、治る前に連続で斬れば良い。黒虎の繰り出す攻撃は今のところ余裕を持ってかわすことが出来ているので、その機会も生まれるはずだ。

 俺の直感が正しいことを証明するように、黒虎の前足での攻撃や身体全体を使った飛び掛かりをかわすたびにお返しの斬撃を加える。大きな傷は与えられないが、確実に損傷を与え、戦いを優位に進めている。そして、何度目かの飛び掛かりを俺は後ろに飛び退いてかわし、前かがみになった黒虎に向かって駆け出すと、両手で力を込めて光る右目に剣を突き立て引き抜いた。


「ガアアアアアアアア!」


 すると、近くに居た俺の鼓膜が破れそうなほどの大きな咆哮が町中に響き渡り、黒虎はもがき苦しんだ。落ちている死体を遠慮なく踏みつぶして激しく暴れまわり、燃え盛る出店の小さな建物に身体ごと突っ込んだりと、痛みで自分を抑えれない様子だ。それを見ていたリクスが面白くなさそうに顔を歪める。


「ちっ、キミがここまでやるとはねえ。魔獣のデータよりキミを持って帰った方が喜ばれそうだよ」


 昨日、森でイヨイに同じことを言われたがそれは御免こうむる。

 暴れていた黒虎がおとなしくなりこちらを向いたかと思うと、魔晶の力でも右目は治せなかったようで、右目には痛々しい傷跡が残り左目だけが開いていた。戦意も喪失したのか俺に臆しているようにも見える。


「戦闘のために作られた兵器がこれじゃあ困るなあ。まあ、所詮は実験段階の獣か――。なら、俺が直々に操ってあげるとしよう」


 リクスは手にしていた魔晶石を黒虎に向けると、黒虎は咆哮をあげて身体中にバチバチと紫色の電流が流れ始める。リクスの行動を止めたいのは山々だが、ここであの魔晶石を壊すとイヨイの時のようにどうなるのかわかったものではないので、俺はおとなしく静観する。

 荒い息遣いで再び前かがみになって戦闘体勢をとった黒虎は、時折バチバチと電流を走らせ、燃え盛る炎で照らされている町の中で、紫色の縞模様がハッキリ見えるほど発光が強くなった。

 さらに危険度が増した雰囲気に俺はすぐさま剣を前に構えるが、次の瞬間には黒虎が目の前まで迫ってきていた。


「はや――」


 俺が知覚できた時にはもう遅く、黒虎の大きな前足と鋭い爪が俺をなぎ払うように襲い掛かる。俺はそれを瞬時に剣で防御することで、爪での八つ裂きは防げたが、勢いよく振られた前足の威力は凄まじく、簡単に身体はふっ飛ばされて燃え尽きた建物へと叩きつけられる。建物は激しい音を立てながら崩れて瓦礫となった。

 身体中が痛い。頭の中が朦朧とするがなんとか正気を保ってフラフラと立ち上がる。


「おや、今の一撃で死なないとは、やはりキミはかなりの化け物のようだ。普通の人間なら即死だよ」


 死んでいないだけマシ、ではあるが、頭や腕、足など色々な箇所から流血していて今にも死にそうではある。なんとか立ち上がったのは良いものの、剣は先ほどの防御で折れてしまい手には何も持っていない。まさに満身創痍で黒虎と対している。


「ボロボロだねえ。じゃあ、頑張ったキミを称賛する代わりに、トドメは派手にするとしようか」


 リクスの持つ魔晶石が仄かに光ると、それに呼応するように黒虎は咆哮をあげた。そして、口を開くとその中は赤く輝き、その光はどんどんと強くなり白色に近い輝きになる。


「この町がこうなった最初の大きな音は聞いたかい? あれがこれを撃った時の音だよ。これが密集した建物を一掃してくれてそのまま火の海にしてくれたのさ。人一人に使うには膨大なエネルギーだけど、先ほども言ったように派手に終わらせたいからね、避けないでちゃんと受け止めてくれよ?」


 避けたくても足にうまく力が入らず、素早く動くのは無理そうだ。この町を滅茶苦茶にしたリクスを懲らしめたかったが、それは今の現状を考えると叶うことは無さそうだ。

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