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第十三話 夜襲

 日が暮れ始めた頃、外の賑わいも落ち着き始め、町の各所に設置された鉄製のかがり籠に火が灯される。この詰め所には発電装置が備え付けられているようで、電球の灯りが部屋の中を煌々と照らす。村では火の灯りしかなかったので新鮮である。

 シクナは例の如く、昼間にはしゃぎ過ぎたツケが回ってきたようで奥の部屋にある兵士が仮眠に使うベッドですやすやと眠っていた。イヨイもいつも通り――、耳に光る装飾品を着けている以外はいつも通りに、刀を自分に立てかけ目を瞑って時を過ごしている。俺は立ち上がって窓から外の景色を見たり、シクナの様子を見に行ったりとうろうろして落ち着きがなく暇を持て余していた。仲良くしてくれていた兵士のリクスさんは、今日の勤務が終わったようで家に帰ってしまい、他の兵士は机に向かって頭を抱えながら書類の整理をしたりしていて居心地が悪い。

 そんな思いをしていると、馬の蹄の音が遠くから聞こえてきた。その音には焦燥が混じっているのがよくわかり、すぐに音が近づいてきて扉の前でその音が止むと、バンッと勢いよく音を立てて扉が開かれた。


「報告します! その子達の言う通り、村は全滅、一面焼け野原になっており、村人の姿はありませんでした!」


 その若い兵士の報告に、詰め所内に居た数人の兵士はざわめき出す。これで研究所の奴らの凶行が明るみに出た。あとは、これを王都に伝えて軍隊を派遣してもらえれば、このどうしようもできない状況を打破することが出来るはずだ。――しかし、


「うーむ、ならば明日、早朝にもう一度兵を数人派遣して現場検証を行い、その怪しい集団とやらを捜索しよう」


 この中で一番階級が高いと思われる中年の兵士が、そのように今後の方針を打ち出した。それを耳した俺は、椅子から勢いよく立ち上がると異を唱えた。


「なぜですか! 村を丸々滅ぼすような連中ですよ! 王都に連絡して至急応援を――」


「まあまあ、そう慌てるんじゃない」


 いきり立つ俺をその中年の兵士が俺に諭すように語り掛ける。


「キミは被害者だ。事件の早期解決を望む気持ちはわかるが、まだ全貌が見えていない。王都に報告するのはあらかたの調べがついてからでも遅くはない。それに、我々にはこの地を任された面目もある。出来るだけこの地で起こった事件は我々で解決しなければいけないんだ」


 おそらく、後半の面目を保つためというのが本音か。俺の考えが甘かったのか、しかし、もっと詳しく魔晶の脅威などを伝えても信じてもらえないだろう。この町の兵士の数はおそらく五十にも満たない。そんな兵力では、研究所を見つけれたとしても魔晶の力を使ったイヨイのような奴が一人でも居ると太刀打ち出来るわけがない。キルシュが攫われ、その身に猶予があるのかないのかわからない状態で、最善を尽くさない兵士に怒りを覚える。


「キミ達はこの町で保護しよう。なに、心配はいらないさ。他の周辺にある村々の警備の強化も行い、早期にこの事件を解決してキミ達に報告することを約束するよ」


 生活を保障してもらえるのはありがたい。だが、相手が相手だ。もう、この兵力でやると決まってしまった以上、魔晶のことを知っていて、ある程度の力がある俺も手伝った方が良いはずである。


「では、お願いします。でも、俺にも手伝わせてください! 剣の腕に覚えがありますし、村の仇を討ちたいんです!」


「うむ、キミの気持ちはよくわかる、だが――」


 だめか、と思ったその時、窓の外が一瞬赤く光ったかと思うとすぐに激しい轟音が響き渡り、窓ガラスがカタカタと揺れる。そして、それに続いてたくさんの人達の悲鳴が続けざまにあがる。


「い、一体何事だ! 総員、原因究明に向かうぞ! 何人かは待機している兵士達に緊急出動するように伝えに行け!」


 先ほどまで話していた中年の兵士が素早く指揮を執ると、詰め所にいた兵士達は武具を身に着けて外に飛び出して行った。

 ただ事ではない何かが起こったようだ。詰め所に取り残されたイヨイと目を合わせる。


「イヨイ……、どう思う?」


「大砲でも撃ち出したかのような轟音と、この止まない悲鳴――、おそらく、何者かの襲撃だろう……」


 そしてその何者か、というのは、こんな田舎町だ、おそらく魔晶の研究所に関わりのある奴らぐらいしかいないだろう。狙いはシクナか他の何かかはわからないが、奴らが魔晶の力を使うのであれば、普通の人間の力では敵うはずもないだろう。俺が出るしかない。


「イヨイ! 俺、行って来るよ! シクナを頼んだ!」


「ああ、だが無茶はするなよ」


 イヨイも俺がどうにかするしかないと察して、すぐに送り出してくれた。



 外に出ると町の中心街辺りに火の手が見える。とにかくあの場所に急いで向かおうと走り出したその時、地を這うように黒い影がこちらに駆けて来たかと思うと、目の前で飛び上がり俺に襲い掛かってきた。飛び上がった拍子に、周りのかがり火にその姿が照らし出される。俺の喉笛を喰いちぎらんと、大きく開けられたその口には鋭い牙があった。殺気立った光る眼と視線が合うと、俺は身体を後ろに大きく反らして相手の飛び上がった身体を蹴り上げ、その奇襲を回避する。後方に逸らしたその敵の全体を視認する。灰色の毛で覆われたその身体は成人男性ほどの大きさで、グルルル、と唸り声をあげながらまたすぐに飛び掛ってきそうな構えをとっている。犬――、いや、狼か……。

 かがり火の灯りに照らされ光るその両目の間の額には、紫色に光る小さな宝石のようなものが着いていた。あれは大きさこそ違うが、イヨイの右手にあったものと同じと見て良いだろう。ということは、この狼は魔晶の力に操られているだけでなく、その身体能力が格段に上がっている可能性もある。俺は腰に下げていた剣を鞘から抜くと両手に握って前に構えた。

 今もなお、町の至る所からたくさんの悲鳴があがっている。おそらくこいつのような獣が町中に放たれたのだろう。兵士の人達も頑張っているはずだが、急いで助けに行かなければならない。周囲に人の姿はないが、建物に挟まれた通りに居るため、迂闊に赤い炎の力を使うわけにはいかない。俺が町を燃やしたら元も子もないので、剣でなんとかこの場を乗り切る!


「うおおおおおお!」


 剣を前に構えたまま、雄叫びをあげて狼に向かって突進する。すると、狼は斜め上に飛び跳ねて俺の正面から消える。すぐに狼の姿を目で追うと、建物の二階部分の壁を足場にして、勢いよく蹴りだすと俺の頭上から襲い掛かってきた。真っ直ぐ飛んでくる狼に一閃を入れようと剣を上段に構えると、狼の開かれた口から赤い光が溢れる。その赤い光はすぐに球体になると、狼はそれを俺目掛けて飛ばしてきた。突然の攻撃に俺は驚いて横に飛び退き、その赤い球体をかわす。俺がかわしたことにより、その赤い球体は反対の建物の一階部分に命中すると、激しい熱を周りに撒き散らして建物に火の手があがり、たちまちに燃え広がり出した。

 先ほど町に被害を出さないように、と心に決めたばかりなのにもう被害を出してしまった。しかし、今のは仕方ない、と燃える建物を見ながら自分に言い聞かせていると、地面に着地した狼がすぐに俺に向かって飛び掛ってきていた。

 その俊敏な動きに剣で払いのけるにはもう遅く、俺は後ろに押し倒されてしまう。その拍子に剣を落としてしまい、俺の上に乗った狼はすぐに俺の喉に喰らいつこうと、激しい唸り声をあげて鋭い牙で襲い掛かる。俺は必死に両手で狼の顔を押し出して、自分の首を守るも、明らかに劣勢である。激しい攻防を繰り返し、すぐ目の前に迫り来る牙を防いでいると、一瞬の隙を突いて右手で狼の喉の辺りを掴むことができた。


「こんにゃろおおおお!」


 俺は右手に力を集中させると、掴んだ所から赤い炎が噴き出して、瞬時に狼の身体全体を包み込む。


「キャイン!」


 鳴き声をあげた狼は先ほどまでの強烈な力が抜けてただの重しとなる。俺が身体の上から除けるように横に投げると、ドサッと落ちてそのまま跡形もなく燃え尽きた。


「ふー……、危なかった……」


 一歩間違えれば俺が死んでいた。生き残った安心感から力が抜けそうになったが、すぐに気を引き締める。敵はこいつ一匹ではないと鳴り止まない悲鳴が教えてくれている。早く他の人達を早く助けないといけない。

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