第十二話 光と影
リクスさんおすすめの料理店があるということで、そちらに向かうことになった。街中は、シクナにとってあちらこちらに興味を惹くものが溢れており、気を取られフラフラと歩いて危ないので、俺はシクナと手を繋ぐ。その道すがら、リクスさんに色々と質問される。
「キミ達はとても仲が良さそうだけど、兄妹かい?」
「いえ、シクナは……、同じ村に住んでいた子供です」
「そっかそっかー。じゃあ、もう一人の女の子も一緒の村の子かな? しっかりとしてそうな子だよね」
「あっ、はい。そうですね、イヨイは自分のことよりも俺らのことを優先して考えてくれますね」
「良いお姉さんって感じだねー。村を襲われたらしいけど、逃げてきたのはキミ達三人だけかい? 怪我とかは大丈夫?」
「はい、そうです。怪我は――、俺がかすり傷を負った程度で、大人達がすぐに馬車に乗せて逃がしてくれたので大丈夫です」
「うーん、キミの言うことを信じてないわけじゃないけど、辺鄙な村を襲ってその集団は何が目的なんだろうね。どんな奴らなのか見たのかい?」
「でも、本当のことなんです……。目的はわからないですけど、黒ずくめで白い仮面を着けていました」
「ごめんごめん、今まで大きな事件がなかったような地だからねー。にわかには信じがたい話だっただけだよ。それにしても、黒ずくめで白い仮面かー、聞いただけでも怪しいね。――おっと、着いたよ」
色々な店が並ぶ一角で、香ばしい良い匂いをさせている店の前で足を止める。
「ここの羊肉料理は最高なんだ。俺が奢るから遠慮なく食べなよ」
リクスさんの言葉通りの美味しい料理を頂いた後に、俺達は様々な品物が並ぶ通りに足を運んだ。おなかを満たして機嫌も良くなったシクナがイヨイにお土産を持って帰ると言い、リクスさんが案内をしてくれた。俺も何回かこの町に訪れたことはあるが、相変わらず賑やかな場所だ。まあ、この町も国全体で見れば田舎なのだろうけど。
シクナが色々な出店の前を行ったり来たりを繰り返して、イヨイへのお土産になる物を探していると、一つの出店の前でピタリと足を止めて、ジーっと何かを見つめだした。
「なにか気になる物があったのか?」
俺が近寄って声をかけると、シクナは雑貨店のたくさんある品物の中で、静かに一つの品物を指差した。俺が、これ? と確認すると無言のままで頷く。先ほどまで元気だったのに急にどうしたんだろう、と気になったが、店員さんに声をかけてシクナが選んだ品を買う意思を示す。すると、申し訳なさそうに、小さな手が俺の服の裾を引っ張った。
「ゼクト……、それ、お金いっぱいじゃない……?」
周りの喧騒にかき消されそうな小さな声でシクナは、そう口にした。俺は、なんのことかわからず首を傾げたが、すぐに言葉の意味を理解し、シクナを安心させるように頭を撫でた。
「大丈夫だよ、シクナ。見た目は高そうだけど、俺でも十分買える値段だよ。シクナは見る目があるね、イヨイもきっと喜んでくれるよ」
そう伝えると、先ほどまでの暗い顔はどこかに吹っ飛び、輝かしい笑顔がやって来た。
「ほんと? じゃあ、じゃあ、それとあと美味しいごはんも持って帰ってあげるの!」
元気になったシクナを要望を受けて、これもまたリクスさんのおすすめの出店で、刻んだ野菜や肉を溶かした小麦粉を薄く焼いた生地で巻いて甘辛そうなソースを塗った料理を購入する。落とさないように俺が料理を持って、冷めないうちに、とシクナに急かされ、詰め所に戻ることになった。
「いやあ、良い子だねえ」
俺達を先導するように少し前を歩くシクナを見ながら、リクスさんがぼそりと口にする。俺は、そうなんですよ、と自分の妹が褒められたような気分で返した。
詰め所に到着すると、シクナは勢いよくその扉を開けて中に飛び込んで行った。それの後に続いて俺も中に入ると、出て行った時と変わりなく椅子に腰掛けていたイヨイにシクナが抱きつく瞬間が目に入る。
「おっと。――おかえり、シクナ。どうしたんだ? やけに楽しそうだが、良いことでもあったのか?」
「えへへー」
イヨイの問いに含みのある笑顔で返して、イヨイから離れると、俺の前に駆け寄って来て両手を差し出した。それに対して俺は、はいはい、とその手に料理が入った器を乗せてあげる。そしてシクナは、手に持ったそれを落とさないように器を見ながら、イヨイに向かってゆっくりと一歩ずつ進んで行く。詰め所内に居る他の人間は、その行動を静観していた。
「はい、イヨイ! あそこの兵士さんが美味しいって言ってたごはんだよ!」
そう言ってシクナが差し出すと、
「ありがとう、シクナ。わざわざ買ってきてくれたのだな。ゼクトやリクス殿もすまなかった」
イヨイは器を受け取って、礼を述べる。あったかいうちに食べて、とシクナに急かされるままにイヨイは料理を口にした。
「うん、とても美味しいよ。シクナもこれを食べたのか?」
「シクナは羊さんのお肉を食べてきたの! それはイヨイのだから食べてないよ?」
「そうか。では、シクナも一緒に食べよう、美味しいぞ」
その言葉に最初は遠慮していたシクナだが、一口料理を口にすると大きな目をさらに見開いて、その料理の美味しさを知ってしまい、イヨイが箸で運んでくるそれを迷いなく食べ始める。イヨイも美味しそうに食べるシクナの顔を見るのが楽しいのか、自分が食べる量よりも多くシクナに食べさせる勢いであったが、シクナが、もうおなかいっぱい、と言うと、そうか、と笑みをこぼしながら残った料理を平らげた。
たくさんの食べ物をその小さな体に詰め込んで、幸せいっぱいのシクナであったが、はっ、と、ある事を思い出すと、対面の椅子に座って二人を眺めていた俺の所にやってくる。
「ゼクト! あれも!」
またも両手を差し出してきたシクナに、俺の着ているベストの胸ポケットに入れていたそれを手渡す。シクナは受け取るとすぐにイヨイに駆け寄り、
「はい! これもお土産だよ、開けてみて!」
「なに、まだあるのか? そんなに色々と頂くと申し訳ないな」
「いいから、早く!」
またもシクナに急かされて、イヨイは、手渡された紐で封をされた革の小袋を解いて中身を取り出した。
「おお、これを私に?」
コクコク、と嬉しそうに頷くシクナ。だが、イヨイはその取り出した物を見て、少し困惑する。その様子に気づいたシクナは表情を変えて心配そうに訊ねる。
「イヨイ……、もしかして気に入らなかった……?」
「いや、そんなことはないぞ。とても可愛らしいではないか。――だが、こんな可愛らしい物が私に合うかどうか……」
そう不安を言葉にしたイヨイの手の上にあったのは、金色のハートの形をした小さなイアリングであった。確かにイヨイのイメージに合うアクセサリーではないかもしれないが、女の子らしいその綺麗な顔を引き立たせてくれるとは思う。
「絶対似合うよ! ねえねえ、着けてみて?」
シクナに勧められ、イヨイは恥ずかしそうに横髪を耳にかけてからゆっくりと両方の耳たぶに着ける。
「ど、どうだろうか? 変、ではないか……?」
イアリングを着けたイヨイを見たシクナは首を大きく横に振って、
「ううん、可愛いよイヨイ! 似合ってる!」
イヨイは、はしゃぐシクナの言葉に照れ笑いをし、視線をこちらにも向ける。本当に変ではないか? という確認なのだろう。
「本当に似合っているよ。買ってあげて良かったな、シクナ」
素直な感想を述べて、シクナに言葉をかけると、
「うん!」
と、元気良く嬉しそうな返事が戻ってきた。
「そうか……、ありがとう、シクナ、それにゼクトも。大切にするよ」
耳に着けたイアリングを大事そうに触れながら、イヨイがそう言うと、シクナはイヨイの胸に飛び込んだ。
***
夕刻、かがり火が灯り始めた町の中心街の外れにある朽ちた廃屋に、一人の影があった。その影は、小型の通信機を片手に状況報告をする。
「施設の失態で、色々と情報が漏れてしまっているようだ。おそらく、このまま放っておくとこの国中に知れ渡ることになるぞ」
防具で身を固めた影が、そう言うと、通信機の向こう側の人間が指示を出す。
「把握した、丁度良い実験の機会だ、そちらで転移ゲートの設置を頼む。お前が指揮を執って一人たりとも逃がさず殺せ」
そう言葉を残すと、通信は途切れた。
「指揮を執れ、と言われても勝手に暴れ回せとけば終わるでしょ。――まあ、少しは働くかな」
ぼそりと独り言を呟くと、影は廃屋から姿を消した。
***




