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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第三章 ゲーム開始
98/249

ßSide-Strange

 王子の牽制があった後、彼の令嬢たちは表立って言い掛かりをつけてくるようなことはなくなったが、その代わりに陰口を叩かれたり、孤立させられたり、フィオナの持ち物にターゲットを絞ったりと、よりいじめが陰湿になってしまっていた。これはこれで面倒な事態に陥っていることは明白なのだが、この状況を周囲が見て見ぬふりをするという所に、前世のいじめ問題を想起させられた。


 警察という仕事をしていると、人々の後ろ暗い感情と否応なく対峙することとなる。その中には、学校のいじめによって自殺をした少年少女の話も数多く含まれており、集団心理の恐ろしさとその打開の難しさに忸怩たる思いを抱かざるを得なかった。


 フィオナは持ち前の精神力の高さでいじめの重圧には耐えていたものの、実際にされる側の身になると、思っていた以上に疲弊してしまう自分を感じ取っていた。その時不意に、前世にもこれに近しい精神の疲弊を感じた覚えがあったようにも思われたが、その具体的な内容を思い出すには至らなかった。


 それから一ヶ月、フィオナは似たような日々を過ごし、時々攻略対象者に助けられながらも何とかやり過ごすことができていた。彼女を助けてくれた攻略対象者のうち、レオンハルトの比率が高かったことは少々頂けなかったのだが、フィオナの学生生活が懸かっている以上、背に腹を変えられないのも事実であった。彼女はどこまでもフィオナを捕えようとするゲームの強制力に苦虫を噛み潰しながらも、月の半ば辺りにある中間考査に向けての試験勉強に励んでいた。


 フィオナは学者志望の学生以外にはあまり使われていない図書室へと赴き、静かな閲覧室にて魔法に関する幾つかの書物を広げる。フィオナは魔法の演習授業にて中級魔法に取り組んでいたが、攻撃魔法にはあまり特化していなかったらしく、なかなか会得することができずにいたのである。その演習授業を受け持っている教師が攻略対象の一人であることはさておき、彼にフラグという名の補習をされずに済むよう、彼女は理論の方から攻撃魔法を理解できないかと模索することにしたのである。


 この世界の法則に組み込まれた魔法というものは、魔力を糧に呪文を引き金にして発現するものだと教えられていたのだが、ただ単に呪文を記号の如く発しても意味がなく、そこにイメージが加わっていることが重要であるという旨が書物に書かれていた。すなわち、フィオナはこれまで現象に直結した言葉で構成された呪文を唱えることで、機械的に脳内でイメージが湧き起こっていた故に魔法が発現していたに過ぎなかったのである。よって、攻撃魔法もどのような現象を発現させるかについて強くイメージすれば、出来なくはないのではないかと思うようになっていた。


 その点、防御魔法や治癒魔法に関してはイメージ如何に関わらず発現させることができていたために、持っている属性によって、イメージの明確さの必要度が変化してくるのではないかと考えられた。それは、フィオナに魔法を教えたノラン男爵が、イメージについて言及しなかった点からも推測された。


 勉強内容は主に魔法関連に偏っていたが、休憩がてら、歴史や政治経済、数学など試験範囲の復習もしていた。その折に図書室へと現れたのが、冷たく無表情がデフォルトの眼鏡キャラである、宰相子息、カイル・カメリア・ウルフスタンだった。彼は全くフィオナに興味も関心も持っていなかったようで、目当ての本を本棚から引き取ると、誰もいない窓際の席に腰を下ろして本を読み始めた。その様は、ゲームで見たスチルそのもので、フィオナは思わず息を呑んでしまった。


 図書室があまりにも静寂過ぎるせいか、フィオナが身動きをした時に鳴ってしまった物音で、カイルの注意がフィオナの方へと向けられた。彼は暫くの間、射貫くような視線でフィオナを見詰めていたが、不意に不機嫌そうに鼻を鳴らして顔を背けてしまった。フィオナは言いようのない謎の緊張感に包まれたまま、勉強を再開することとなった。一旦集中すると周囲の情報がシャットアウトされる彼女の性質には、この上なく助けられた場面であった。


 陽が落ち、そろそろ自主学習を切り上げようとしたところで、フィオナは聞き覚えのあるボイスで話しかけられた。


「お前、元平民らしいな」


 心臓が止まりそうになる。フィオナは恐る恐る顔を上げ、声の主を瞳に映した。色素の薄いプラチナブロンドの髪に、深い群青色の怜悧な瞳が印象的だった。その氷のような(かんばせ)からは、喜怒哀楽が見受けられなかった。


「は、はい、そうですが」


 フィオナの返答を聞くと、その男は目をすっと細めた。


「平民の女も、コルセットを付けるのか?」


「え?」


 この状況からは到底演繹されないような素っ頓狂な質問に、フィオナは唖然と口を開いていた。少なくとも、ゲームにおける科白には、このような質問は無かったように記憶していた。


 フィオナが固まったまま動かないことに機嫌を損ねたのか、カイルは眉を顰める。フィオナは慌てて思考を現実へと引き戻し、今一度質問内容を脳内で反芻した。


「いえ、平民は付けていませんが、今の私は男爵令嬢ですので」


「お前のことは聞いていない」


 フィオナは「そうですか」と半眼になった。よくよく考えてみれば、貴族の殿方が親しくもない令嬢にコルセットの話をするのも不躾な行為なのではなかろうかとも思われたが、フィオナの返答からすぐに彼女自身への関心を失ったらしいカイルには、関係の無い事なのかも知れなかった。彼は短く礼を告げるだけで、すぐさまその場から立ち去って行った。一人残されたフィオナは、未だに彼の質問の意図を理解しかねて、首を捻っていた。




 そんなこんなで過ぎ去った中間考査の順位は、同率一位が第一王子と侯爵令嬢、三位が宰相子息、四位が魔術師団長子息と、この学年の有名人が軒並み頭を揃えていた。かくいうフィオナは五位に収まり、その下の六位に騎士団長子息が並んでいた。フィオナは最早幼馴染とも言える教皇子息の名を探したところ、張り出される上位二十名のうち、ぎりぎり十九位に名を連ねているところを確認した。ゲーム設定にもあったが、他の攻略対象に比べると勉学が苦手であるらしいことは確認できた。


 差し当たっての問題は、フィオナが有名人に並んで上位に位置付いたという事実が、ますます他貴族たちからの妬みと恨みを買う羽目に陥ったことだった。相も変わらず物が無くなるというのは大変迷惑な悪戯であったが、何故かその殆どが一週間の内に手元に戻ってくるという不思議現象に見舞われていたため、実質的な被害はなんらなかった。寧ろ、手元に戻ってくる現象自体の方が不可解であり、フィオナの警戒心を募らせていた。


 フィオナを排斥するという風潮の中、それに表立って逆らうことを怖れている不特定多数者による善意の義援行為とも捉えられたが、それでも相手の姿が見えないというのは気味が悪いのである。結果的には彼女の助けになっており、精神疲労の軽減には繋がっているのだが、フィオナに協力する者の思惑が見えない以上、楽観視するわけにはいかなかったのである。


 彼女がそう判断するのには、ゲームの内容にも起因していた。というのも、ゲームの主人公には攻略対象者たち以外には味方と言える味方がおらず、あの親身になって魔法を教えてくれたノラン男爵ですら油断ならない人物だったからである。それ故に、この学院内に置いて、フィオナの味方と言えるものは自分しかいないと前提しておかなければ、足元をすくわれる危険性があった。


 とはいえ。何が何でも疑心暗鬼になるのも良くない。それこそ精神的な負担が大きくかかり、それが原因で正常な判断を下せなくなっては元も子もないのである。それ故、フィオナは勉学と実技に専念することで心の余裕を持たせることにした。丁度、試験でも良い点を取れたところであるし、婦人の就職先が必ず結婚しかないというようなお堅い思想の国柄でもないことから、頑張りさえすれば、公務員なり学者なりにはなれると考えられたからである。


 この時点ですでに彼女の思考から恋愛要素が度外視されてしまっていたのだが、真相ルートに進むと決めた以上、惚れた腫れたでエンディングを迎えられるほど事は甘くはないのだ。それ故に、彼女は喪女の道を突き進んでいるのであった。


 フィオナは与えられた寮の部屋の中で、深く溜息を吐いていた。ベッドの上で仰向けになり、何も無い木の天井を眺める。


 目下の課題として挙げられるのは、来月に催される魔物討伐実習だった。この実習はパーティーを組んだ上で臨むようカリキュラムが組まれている故、今現在、レオンハルト以外に友人と言えるものがいないフィオナには、如何様に解決すべきか悩んでしまう案件だったのである。しかも、この実習は授業の一環である故、ここで成績を得られなければ次の上級魔法への取得に進めないのである。


 つまるところ、サボりたくてもサボれない事情が彼女に差し迫っているのであり、フィオナは何としてでもどこかのパーティーに入れてもらわなければならなかった。


 フィオナは自分の腕で両目を覆い、小さく唸った。本心としては、攻略対象者たちのパーティーに入れて貰えれば事は簡単に解決するのだが、この学園に通う攻略対象者たちとのフラグを極力折りたい彼女にとっては、どうしても頼りたくないという葛藤があった。というのも、ゲームでもイベントとして取り上げられていたこの行事では、特定の攻略対象者とフラグが立った上でイベント達成してしまうと、通常イベントよりも大幅に好感度が上がってしまうからであった。そうなればその攻略対象者のルートが一旦仮確定し、フィオナはその道に進まなければならなくなるのだ。それは何としてでも避けなければならず、また、それが難しいことも彼女には分かっていた。


 フィオナは逃げ癖のある自分に叱咤するように両頬を叩いた。微かな痛みを感じながら勢い良く体を起こした彼女は、静かに瞼を閉じた。十分な時間、精神統一していた彼女は、ゆっくりと目を開く。


 その黒い瞳には、強く煌めく意志が宿っていた。

フィオナ視点は、わりとサクサク進んで行く予定です。

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