表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第三章 ゲーム開始
97/249

ßSide-Encounter

 生前、フィオナはまごうことなき隠れオタクだった。オタクと言っても俄かであることは否めないが、それでも、パートナーをつくる事よりもゲームを優先させてしまう傾向にあったことは明らかだった。そもそも、フィオナには成し遂げなければならないことがあった。それが終わるまで、家庭を作るというビジョンが彼女には到底想像できなかったのである。


 そのように現実における恋愛事情に乏しかった彼女の前世が影響してか、乙女ゲームの世界に転生した現世の彼女もその思考に引き摺られていた。そもそも生前の年齢が年齢なだけに、同世代の異性を見ても少年としか思えないのである。特に、前世で甥っ子と距離の近かった彼女にとっては、さらにその感覚を助長させてしまっていた。


 けれども、フィオナは否が応でもその舞台に立たされることになったのだ。半ば事故的に話が進んで行ったとはいえ、今のフィオナは完全に乙女ゲーム開始直前の主人公であった。何が彼女にそう思わせたのかと言えば、ゲームのオープニングで必ず起こる、この国の第一王子との邂逅を「順当に」果たしてしまったからだと答えよう。


 フィオナは見たことのある顔ではあれど、あくまでも知らぬふりを装った。それもそのはず、この世界に於いてフィオナと第一王子は初対面なのだから。とはいえ、今も昔も役者などしたことのない彼女が上手く取り繕えているかは分からなかった。極力顔が引きつらないようにしながら、フィオナはなんとか彼との邂逅をやり過ごした。入学式の日に偶然第一王子と鉢合わせるなどとは、主人公の運はどれほどの天文学的数値を示しているのだろうか。この先の展開を大方把握している彼女でさえも、空恐ろしいものを感じていた。


 『めぐ恋』のコンセプトはタイトルにもあるように、ハッピーエンドでは初恋が成就するストーリー展開となっている。よって、どのルートに行くかによって、幼少期に主人公が出会っていた攻略対象者が変わってくるのだ。そうすると、既にレオンハルトと出逢っているフィオナのルートは教皇子息ルートで固定されたものともみられるが、凡そ十一分の一の確率で半強制的に彼と出くわしてしまった彼女からすると、冗談ではない展開だった。それ故に彼女は学院入学までの間、彼と仲良くなりはしても友達以上の関係には至らないように接していた。彼がそれに気付いているかどうかは怪しいところだったが、兎に角親密な関係に発展しないよう、学院内で起こるフラグには十分に気を付けなければならなかった。


 入学式は恙なく執り行われ、後にフィオナは1年A組にクラス配分された。これもゲーム内容と同じで、クラスメイトには第一王子、宰相子息、騎士団長子息と彼らの婚約者たち、そして魔術師団長子息が取り揃えられていた。この豪華なメンツに他の貴族たちが気後れしていることはさておき、このクラスの中で元平民がフィオナしかいないという事態はどうにも具合が悪かった。


 特に懸念されたのは、いじめの問題だった。ゲームの主人公も彼女の出身の卑しさから、下級貴族らにいびられていたのを思い出す。彼、彼女らの行為の糸を裏で引いていたのが、俗に言う悪役令嬢たる第一王子の婚約者、ユーフェミア・ローズ・ハウベル侯爵令嬢だった。彼女は持てるスペックは高いのだけれども、同時に選民意識の高い高飛車な貴族令嬢であると設定資料には書かれていた。フィオナの知る限りでは、第二王子ですら才能に乏しければ容赦なく貶していくというような徹底的な排斥主義者っぷりで、それがこの世界の彼女にも適応しているならば、まず間違いなくフィオナに白羽の矢が立つだろうことは目に見えていた。


 しかしながら、されども彼女はハイスペックなのである。ゲームの内容を抜きにすれば、まず間違いなく彼女のグラフィックが一番好きだったと答えることだろう。それ程までに彼女の容貌は完成された造りものの如く整っており、人形のような白磁の肌と繊細な銀糸の髪には感嘆の溜息を吐かずにはいられなかった。身体に関しても、出る所は出ていて、くびれているところは折れそうなほどに細く、彼女の耽美な様相をよりよく強調していた。そんな彼女の纏う紫をベースにしたマーメイドラインのシンプルなドレスは、益々彼女を色付かせ、大人びた印象を与えさせていた。


 それは今現在、フィオナがいるこの現実世界に於ける侯爵令嬢にも、制服を着ているという点以外は全て当てはまっていた。否、二次元で見るよりもさらに洗練された彼女の美は、思わず凝視し続けてしまう程には目を放すことのできない魅力を兼ね揃えていた。加えて、切れ長で理知的な琥珀色の瞳が、どこか彼女から思慮深さを窺わせた。生前、警察という職に就いていたフィオナは、人間観察とその考察に長けていた故に、瞬時に彼女が愚かな人間でないということを見抜いたのである。


 しかしながら、近い将来、彼女が恋慕に狂って、フィオナを攻撃してこないという保障はどこにもなかった。ゲーム内の彼女は悪知恵の働く酷く厄介な悪役令嬢であった故に、ゲームの強制力というものを考えると、一概には無害だと断定することができなかったのだ。その辺は、フィオナが生前に培ってきた危機察知能力というものが働いていたのだろうが、如何せん、彼女は死ぬ間際にその能力が上手く働かなかったような気がするのである。


 フィオナは嫌な考えを振り払い、今目の前で起こっていることへの対処法を考えていた。それは、入学してから三日経ってからのこと。早速彼女に絡んでくる貴族子女たちが現れたのである。男子学生は遠くからささやかに揶揄することが多かったのだが、厄介だったのは、ご令嬢どもによる陰湿な言いがかりの方であった。ひとけの少ないところに呼び出され、あることないことを喚き散らかしていく。幾ら精神年齢が彼女らより上だったとしても、さすがに貶されて不愉快な思いを抱かないわけがない。フィオナが切りの良いところで反撃に移ろうとした時、事は起こった。


「何をしている」


 重く、低く響く声がその場を支配した。令嬢たちは肝を冷やし、顔を青ざめさせる。その場に現れたのは、この国の第一王子、ジークフリート・フォン・ミヒャエル・クラルヴァインその人だった。彼は宰相子息と騎士団長子息、そして魔術師団長子息の三人を引き連れて、この場に現れていた。丁度通りかかったにしては些か不自然な場所ではあったけれども、これがゲームの強制力なのだと考えると、納得できないことでもなかった。


「何をしている、と聞いているのだ」


 例の侯爵令嬢に負けず劣らず耽美な面持ちをし、包容力のある体つきをしている王子様に惚れない女子生徒はいないのだろう。けれども、今の状況においては、惚けて固まることなど許されていなかった。フィオナを取り囲んでいた令嬢どもは慌てふためき、フィオナに言ったこととは真反対のあることないことを述べ連ねたが、第一王子はそれを一蹴し、彼女らに睨みを利かせた。


「寄って集って一人の女子生徒を言い詰めるのは、この国の貴族子女として如何なものか。気分が悪い、散れ」


 王子の一言に、令嬢たちは蜘蛛の子散らすように逃げていった。その陰から現れたフィオナに、王子は視線を向ける。先程の令嬢たちに向けていた冷酷な視線から打って変わり、柔和な笑みを浮かべてフィオナに近付いてきた。


「怪我はないか」


 本物を間近で見るのは、心臓に悪い。今この瞬間にそれを悟ったフィオナは、絶対に侯爵令嬢には近づかないことを固く誓った。さもなければ、彼女の魅力で悶え死んで仕舞いそうになるやも知れなかったからだ。


「は、はい、大丈夫です」


 声が裏返る。王子は破顔し、「それは良かった。これからは気を付けるように」と言い、後ろにいた三人を引き連れてここから去って行った。一人になったフィオナは逸る心臓を抑え込みながらその場に座り込んだ。


 暫く放心していた彼女は、脈が落ち着いてくると、大きく息を吐いた。青々とした空を見上げるや否や、彼女はこれから先に起こるだろうことを憂慮した。


「駄目だ、この世界は喪女にはきつい」


 呟いたところで、今の状況が変わるような、そんな都合の良い事が起こるはずもない。思慮あるフィオナはそのことを、良く良く理解していた。

はい、思いっきり乙女ゲームが開始されます。

この章ではアルマさんが第三者です。

恋愛要素が極端に少ないのは、察してください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ