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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第二章 落ちた先
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64懐古

 王城からハウベル侯爵邸に帰宅したアルマは、すぐに転移して魔物の森にあるログハウスへとやって来ていた。そこには既にヒルデブラントの姿があり、彼は魔物の森で採取したものを選別している最中であった。アルマは彼の部屋に勝手に入り、部屋中央のテーブル席に着く。そこで片肘を付いて頬杖を付き、気怠そうに作業をするヒルデブラントの様子を眺めた。


 今日のヒルデブラントは鉱物を中心に集めてきたようで、その中でも宝石になりそうなものをせっせと加工していた。普通、冒険者ならば採取した素材をそのままギルドや商人に売るのが通常だが、冒険者業を生業としているわけではないアルマたちには、別段、採ってきたものを売りつける必要はなく、その用途は自由に広がっていた。かくいうヒルデブラントは『Donuts』ブランド開設以降、アクセサリー職人の一人として名を馳せている。無論、この国の第二王子たるヒルデブラントとしてではなく、冒険者のディとしてではあるが。


 一時期、パトロン且つオーナーのウルフスタン夫人があまりにも顔を出さないディの存在について深く突っ込んできたため、丁度アクセサリー類の展開を考えた頃合いだったことも相俟って、ディには職人としての立ち位置を与えることとなったのだ。初めは勝手に決めて話が進められていたことにヒルデブラントは酷く怒っていたが、蓋を開けてみれば性に合っていたらしく、今となっては当ブランドアクセサリー部門の筆頭職人と成り果てている。


 王族に何をやらせているのだ、と思わなくもないが、彼が休憩がてらこのログハウスに籠るようになったことから、趣味が出来たのは良いことだとアルマは彼の母親のような感想を抱いていた。無論、この話は彼の兄、ジークフリートにも伝わっており、彼は黒い笑みを浮かべながら弟の作るアクセサリーをクラルヴァイン王国の未来の特産品として持ち上げようと画策していた。それを本人が知っているのかどうかはアルマの与り知らぬところであるが、兄に有効活用される分には文句はないのではなかろうかと楽観視していた。


 選帝侯に預けたニコラスに関しては、順調に成長を見せているようだった。選帝侯には彼が〝彼等〟になってしまう直前で止めるように申し出てはいるが、ニコラスの意思具合によっては、容易にその壁を越えてしまうかも知れなかった。それはそれで構わないと思うのは、偏にアルマが〝傍観者〟だからであり、あまりニコラスに関心が無かったからなのだろう。そんなアルマの内実を知ったニコラスがどう思うかなどは、最早本人以外に知るところはない。


 少し前にジークフリートを河橋探偵に会わせたことがあったが、彼らはどうも馬が合ったらしく、水面下とはいえ高い頻度で顔を合わせているようであった。時々河橋探偵事務所にいる件の猫獣人から嬉々とした連絡が入ってくるのだが、彼女が彼の探偵の妻であった事実を知ったのは、ごくごく最近のことだった。


 アルマが女子高校生として過ごしていた『向こう』の世界では〝ケモナー〟なる趣向の人種がいると耳にしたことがあったが、まさかアルマにとってかなり身近な人物にその系統の者が存在しているとは思ってもみなかったのである。少なくとも、アルマの元両親、正確に言えばアルマを実の娘のように育ててくれた義理の親からは、そういった趣向は見受けられなかった。特にあの探偵の血筋と色濃く関係しているだろう父親も、周囲に比べれば奇人変人の類には振り分けられていたものの、動物好きのようには見えなかった。


 ただ、と此処で注意書きするのは、アルマがこちらに来る以前に起こった事件を思い出してしまったからである。具体的な内容としては、とある同級生が魂だけ抜き取られ、身体を天使像にされてしまった、あの猟奇的な事件を指している。あの事件の真相をアルマの周囲にいた友人、真奈が知っていたことには心底驚かされたのだが、彼女もまた、人間ではなかったことの方がアルマに諦観の念を覚えさせていた。


 徹底して非凡なるものどもがアルマの周囲に集まっていたのだから、そのアルマ自体を庇護する人物が平凡である筈が無かったのだ。寧ろ、アルマという異物を受け入れさせるには、否、受け入れやすい体質を持っている者を選ぶとするならば、どうしても世界の中の少数派、所謂非凡であったり異質であったりするような者でなければ、真っ向から存在を拒絶されるのがオチだったのである。


 このようにアルマにさえ変わり者認定されている両親は、単に父親が探偵という稀な職業に就いていたからではなく、あの夫婦が天使信仰者という、世にも稀な人種だったから選んだのである。そうでなくても天使族を認識している人間は一握りに限られており、その中でも大半は天使に対して懐疑的か、否定的か、真っ向から拒絶するものとで占められている。故に、天使族を肯定的にとらえ、尚且つその圧倒的な技術力の差に対して憧憬と畏敬の念を抱く人物は世界のあり方の中における撥ねっ返りであるとも言え、だからこそ彼らはアルマを受け入れられたのであり、アルマは彼らにアルマを受け入れさせたのである。


 妙なことを思い出したと、何も食べていないのに苦みを感じたアルマの脳内では、ランダムに浮上する思考の中で次の記憶が掘り返されていた。それは、『向こう』の世界でまだ完全に記憶を取り戻していなかったアルマが、低次元世界において無意識に〝意志の法則〟に当て嵌めて能力を使ってしまっていたことだった。


 選帝侯が引き籠っている世界は意志だけで自由自在にものを出したり消したり事象干渉をすることが可能になるのだが、通常の世界には当然その法則は当てはまっておらず、本来ならばその法則が適応されるはずが無かった。にもかかわらず、だ。アルマはその世界の事象に干渉して、その法則と似たような現象を引き起こしてしまっていた。具体的に言えば、読めないはずの小説を読むことのできたアルマが無理矢理印刷された表記でその文字を捉えようとしたり、真奈に強制的に真実の証言をさせたりした話が挙げられる。


 アルマの計画としては、もう少し『向こう』の世界に滞在してから別の場所へと移動する予定だったのだ。というのも、キーパーソンとなり得る奏多が死んでしまっては元も子もなく、それ故にアルマは彼の護衛役を果たそうと考えていたからだ。お陰で当初の予定が狂ってしまい、こちら側から新たな人員を送る羽目になった。こちらからはまだ送ってはいないが、アルマが『向こう』いた際、既に送る予定の協力者は『向こう』に存在し、奏多をフォローしていた故に、その処置は成功していたものと言える。よって、彼がアルマの代わりに奏多のガーディアンとなり、奏多の生存確定時期の到達に成功すれば一波越えたことになる。そこから先は〝鍵の子〟に託した通りに事が進んでいくと、アルマと〝彼〟との間の因縁に決着がつくこととなる。


 アルマは天井に向かって息を吐いた。


 そう、記憶の無いアルマがもう少し大人しくしていれば急く必要はなく、彼女は少なくとも奏多の生存確定時期まで『向こう』にいられたのである。それを邪魔したのは言うまでもなく〝彼〟であり、〝彼〟に巻き込まれた〝彼等〟であった。アルマは選帝侯に会わずとも、〝鍵の子〟にさえ出会えれば正規の手続きで記憶を取り戻すことができていたのだ。だから、その〝鍵の子〟を奏多の近くに配置していたのだというのに、〝彼等〟が矢鱈とアルマに介入してきたものだから、打っていたはずの楔それ自体が狂ってしまったのである。


 とはいえ。それは〝彼等〟がアルマの思惑を知らなかった故に起こったすれ違いであり、アルマ自身も〝彼等〟に話すようなことをしなかった故に起こった悲劇だった。その責任はどちらにもあると言え、そしてどちらにもないと言えた。


 アルマは意識を現実に戻し、過ぎ去ったことは仕方がないかと、再度息を吐いた。彼女の視界には作業を終えたらしい、伸びをするヒルデブラントの姿が映る。彼は漸くアルマの存在に気付いたのか、一瞬だけ驚いた顔をした後、頬を膨らませた。


「だから、勝手に入るなって、言ったでしょ!」


 彼の小言を軽く聞き流しながら、アルマは窓の外の望月を眺める。辺りは奇妙なほどに物静かで、暗く、影を落としている。アルマは頬杖を外し、ヒルデブラントを見据えた。唐突に真剣な瞳を見せつけられた彼は小言をやめ、「何?」と訝し気に眉を顰めている。


「いやぁ、後三年と少しだなぁ、と思って」


「え?」


 彼が素っ頓狂な声を出すのも、無理はなかった。アルマ自身、脈絡のないことを言ったと自覚している。けれども、奏多と別れてから六年間、彼のために様々に動き回った過去を回顧すると、どうも感慨深く思われるのである。そんな奏多とは、『向こう』の世界で一時期疎遠になっていた事実を考えると、どこか皮肉めいたものが込み上げてくる。


 アルマは琥珀色の瞳で、小動物のように目を丸めている第二王子を見詰める。


「真実の探求も、いよいよ大詰めだってことだよ」


 ヒルデブラントは目を瞬く。彼にその実感が無いのは、アルマが本当の意味で彼を協力者としたわけではなかったからなのだろう。彼はただ、都合よくアルマに振り回されただけの可哀そうな少年だった。


「えっと、じゃあ、僕は何をすればいいの?」


「別に何も。あぁ、でも、私の邪魔な肩書の返上くらいには付き合って貰おうかな」


 ここで彼女の言わんとすることを悟ったヒルデブラントが、二色の瞳に驚きと寂寥感を含ませた。


「そ、そっか。そうなんだ。……うん、そうだよね」


 彼の目尻に、悲哀の涙が浮かび上がる。それでも懸命に笑顔を作ろうとしている様が、どうも痛々しかった。


「もっと、一緒にいるものだと思ってたけど。フェミーといる時間が楽しくて、てっきり忘れちゃってたみたい」


 ヘラリと笑う彼を見て、アルマは胸のほんの奥底に、小さな針が刺さったような感覚を覚えた。その不思議な感覚に、彼女は首を傾げる。まるで、感情の無いロボットが、感情を持った瞬間のような。そんな奇怪な比喩が脳裏に浮かぶ傍らで、アルマは自分の中に生じた違和感に思いを馳せた。


「フェミーはもうすぐ、〝アルマ〟に戻るんだね」


 瞳孔が縮む。違う、アルマはアルマのままだ、と言いたい気持ちを余所に、怒涛の勢いで湧き起こってくる知らない感情に恐怖を覚えた。溢れる筈が無いのに、胸から何かが溢れ出て来そうになる。そんなことをすれば臓物が出てくる、などと半ば狂いつつある思考の中で考えながらも、彼女は何とか荒ぶる感情を留めようと無表情の下で躍起になった。


 そして不意に、これが人間の持つ複雑な感情の一つなのだと思い知る。人々はこの感情に、「淋しい」と名付けた。そしてどこか、アルマはその感情に懐かしさを覚えていた。どこかで感じたことのあるような感覚。誰かが、アルマの中にある引き金を引いていた。


 一体、誰だったか。この体にはアルマの一部しか存在していない。きっと、ユーフェミアの外にいるアルマなら覚えていることだろう。否、覚えているからこそこんなくだらない繰り返しに執着していたのではなかったか。


 アルマは朧な記憶の海を彷徨いながら、柔らかな人肌を感じていた。

メインの第二章はここで終了です。

別視点を二話程入れた後、第三章に入ります!(^^)!

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