表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第二章 落ちた先
87/249

Target Side4-1

 カイル・カメリア・ウルフスタンがあの怪しげな女と出会ったのは、母方の実家からクラルヴァイン王国へと帰省している最中のことであった。母方の実家は隣国ネスチェロフ共和国にあり、その国境は魔物の森で隔たれている。故に、両国を行き来するためには否応なく魔物の森を通り抜けなければならず、往来際には比較的魔物の出現率の低い道を通ることが必須であった。


 しかしながら運の悪いことに、あの晩は比較的安全であるとされている道を通ってきたにもかかわらず、カイル達一行はオークの集団と鉢合わせすることになった。腕の良い護衛を雇っていたとはいえ、多勢に無勢、このままでは全滅してしまうという絶望感がその場に流れていた。


 そこで現れたのが、黒いローブを纏った、怪しげな三人組であった。彼らはカイルたちが難航していることに気付いたらしい、オーク集団との対峙を助太刀してきたのである。まるで暗殺者のような動きに、助けられた側とはいえ、カイルは警戒心を覚えざるを得なかった。


 そんな彼らにものともしなかったのは、彼の母親だった。彼女は得体の知れない三人組に毅然として振る舞い、彼らが冒険者である旨を訊き出した。そこで褒美を出して終わればよかったものを、三人組の腕を買ったらしい母親が、なんと彼らに馬車への同乗を提案してしまったのである。


 無論、カイルは彼女の意見に反対だった。護衛達も息を呑んでいた辺り、肯定的ではなかったと窺える。確かにあれだけ数のオーク集団をたったの三人で壊滅させてしまえる腕は見物だったが、如何せん、正体を隠したがっている節があり、あまり関わらない方がよさそうだと判断できた。それは、暗がりとはいえ、彼らが頑なにフードを取らずにいたことからも言えることであった。


 何を思ったのかはカイルの与り知らぬところだが、どうやら三人組の方も貴族と関わることに難色を示しているようであった。つまり、両者の思惑は一致していたのであり、晴れてカイルたちは件の三人組と別れることとなった。その際、母親が自身のネックレスをパーティーリーダーであるアルと名乗る女に渡したのを見た時、なるほど、折角見つけた逸材を手放したくはなかったのだろうと推し量られた。


 それから先は何かが起こることもなく、カイル一行は無事にクラルヴァイン王国へと辿り着いていた。王都に着いて帰省を父親と第一王子に報告してからは、それまでと変わらぬ日常が彼の元に戻ってきていた。


 事態が一変したのは、それから半年ほどたったころだった。母親は相も変わらず愉しそうに笑っていたが、カイルの身からすると悠然としている場合ではなかった。


 結論から言えば、一点ものである筈の件のネックレスが、国内外を問わずに市場に溢れ返っていたのである。なぜそのような事が分かったかといえば、そのネックレスが位置特定の魔道具であるため、そのネックレスの所持者の位置がこちら側に筒抜けになっていたからである。よって、あの冒険者たちがあのネックレスを如何様に扱うかによって、カイルの母親は彼らの処遇を定めようとしていたのである。


 ネックレスの処遇に関しては幾つか考えられるが、大方は所持したままか換金してしまうかに分かれるだろう。前者ならあの三人組を探し出すことは容易になるし、後者ならそれまでの人物だったと切り捨てればそれでよい。その他に、こちらの意図に気付いてネックレスを捨ててしまうか、誰かに譲渡する場合も考えられるが、結果的に彼らがとったのはそれらのいずれでもなかったのである。


 公爵家は騒然とした。件のネックレスと対になる位置表示用の魔道具に、そのネックレスであることを指す表示が大量に示されていたのだから、騒がない方がおかしかった。一点ものの魔道具である上に、公爵夫人が身に付けるに相応しい出来栄えのものを彼らに与えたはずだった。しかし、市場で出回っているものを確認すれば、その出来栄えは愚か、魔道具としての機能も本物と寸分違わず発揮されていることが判明したのである。つまり彼らはそれを大量に複製し、短期間で国外にもそれらを流出させていたのだ。


 一体、何が起こったのか。一冒険者でしかない平民に、何故このような所業が可能だったのか。彼らの背後には、何らかの強大な組織が隠れでもしているのやもしれない。


 カイルの不安は、あの怪しげな三人組を思い出すたびに膨れ上がった。どう見ても不審人物としか思えない格好をしている彼らを許容するなど言語道断。カイルは何度も手を引くように母親に掛け合ったが、軽くあしらわれるだけだった。かくいう母親はカイルよりも早い段階でネックレスの状態を把握していたらしく、この半年もの間、カイルが気付くまで押し隠していたようだった。


 母親曰く、「これは、彼らからの挑戦状だ」とのことだった。簡単に言えば、大量のネックレスが市場に出回った現象は「私たちを取り込みたいのであれば、対等に扱え」という意志表示が現されたものであり、こちらがそれを受け入れるか否かによって、向こうの対応も変わってくるというものであった。


 カイルはすぐさま手を切った方が良いと意見したが、母親はこの最大のチャンスを逃すつもりはないらしかった。まさにハイリスクハイリターン。得体の知れない彼らを許容するのに加えて対等な扱いを施せば、こちらにも彼らの能力という多大な益が得られる。けれども、彼らを取り込む際の、或いは取り込んだ後のこちら側の安全は保障されないのだ。


 事態はこの国の宰相たるカイルの父親にまで話は登った。父親曰く、このウルフスタン公爵家で起こっている事柄は、王族にも伝わっているらしかった。第一王子もこの現象に関心を抱いていたらしく、彼が当事者であるカイルの話を聞こうと、カイルを公式的に王城へと召集したことすらあった。


 彼の反応を見るに、第一王子も母親の意見に乗り気のようであった。やはり為政者としては優秀な人材を取り込んでおきたいという思惑があったのだろう。彼が特に反応を示したのは、例の冒険者がカイルたちと大体同年代だろうと推測できる旨を話した時だった。彼は一思案すると、やはり取り込むべきだと確信した辺り、例の冒険者たちが自分の駒として扱えると忖度したのではないかと見受けられた。


 それから少しして、王族の意見も交えながら公爵家の中で彼らの要望を呑むことが決定された。すると、まるで公爵家の決定を待っていたかのように彼の冒険者たちが現れ、直接言葉を交わすこととなった。


 冒険者のパーティーは三人で構成されていたと記憶していたが、取引に現れたのは少年と少女の二人だけだった。取引の大方で言葉を発していたのはラースという少年で、パーティーリーダーである筈のアルは殆ど喋らなかった。口下手なのかとも思ったが、母親との雑談では流暢に喋り続けていたことから、単に対談に向いていない故に少年に任せているだけだということが分かった。


 雑談の中で母親とアルは意気投合したらしく、いつの間にか服飾のブランドを立ち上げる話にまで発展していた。それ故なのか、それまでラースと取引していた内容、すなわち冒険者としての腕を公爵家に貸し出す代わりに、公爵家が彼らの要望を満たすというものが大幅に書き換えられてしまった。


 曰く、服飾ブランドを立ち上げ、服飾革命を巻き起こす。その際に得られた利益は相応の割合で折半し、衣服のデザイナーたるクリエイターが充分に育成されたのちは、ブランドの全権利が公爵家に引き渡されるという契約であった。


 冒険者としての腕に関する項目が無くなってしまったことはさて置くも、どう考えてもこちら側の利益が大きすぎる取引であった。勿論、カイルはその点に猜疑心を抱き、異論を唱えたが、母親はどこ吹く風であった。彼女によれば、「服飾革命を起こす機会を取り溢すような愚鈍な真似はしない」とのことで、どうやら母親も昔から女性の服のあり方を変えようと虎視眈々と狙っていたらしかった。


 そうした隙を、あの冒険者に狙われたのではないか。ブランド立ち上げ計画が開始され、よどみなく進んで行ってからも、カイルはずっとそのことで思い悩んでいた。しかし、そんな悩みは杞憂だと嘲笑うかのようにブランドの立ち上げは順調に進み、店が開店してからも契約内容通りに事は運んでいった。


 貴族婦人の間で、新規ブランドたる『Donuts』のマーメイドラインのドレスが流行するのは間もないことだった。母親がその先駆けで、社交界でそのドレスを着て行ったのが流行りの始まりだった。コルセットが無くても貴婦人の美しい体型を如実に表し、その自然でたおやかな美が良いと、爆発的な人気を呼んだのである。


 冒険者アルはそれからも幾つかのドレスの型を発案し、女性のコルセットからの解放を訴え続けていた。彼女が母親からの要望により、衣服のみならず貴重な資源を用いた香水や宝石類にまで手を広げて販売経路を拡大しことで、『Donuts』の売り上げとブランドとしての箔が、さらにウルフスタン公爵家を盛り上げることとなった。


 カイルは母親との話し合いを終え、今にも帰らんとしていた少女を呼び止めた。彼女は相も変わらず黒いローブに身を包み、その正体を隠し続けている。


「お前は何故、公爵家に有利な条件で契約を結んだんだ?」


「愚問ですね。服飾革命を起こすことで、元来の服のあり方が根本的に変わった世の中に私自身の身を投じたかったからですよ」


 いつ訊いても、奇妙な返事をする平民の少女、アル。平民とは皆このような変人ばかりなのだろうかと考えたが、知らないものはどうしようもなかった。「もういいですか」と言って帰ろうとする彼女を、カイルはさらに引き留める。


「ちょっと待て、最後に一つだけ」


 少女は面倒くさそうに立ち止まる。あからさまではないにしろ、平民がこのような態度を貴族にとっていい筈が無い。しかしながら、対等に扱う契約をしている以上、口を挟むわけにはいかなかったし、カイル自身、どうしてだか口を挟もうとすら思わなかった。


「コルセットは貴族の淑女が身に付けるものだろう。平民であるお前が口を出す意味が分からない」


 刹那。少女は薄い唇で弧を描き、そこにそっと立てた人差し指を置いた。


「乙女の秘密です」


 そう言って彼女はローブを翻らせ、公爵邸を去って行った。その後ろ姿を呆然と見遣っていたカイルは、つい先ほど見た光景を繰り返し思い出していた。




 フードの奥から零れ出る琥珀色の眼光。




 彼は、その色をどこかで見知っていた。

攻略対象者残り一人分とのストーリーが終われば、新章に進みます。

いましばらくお付き合いください(*´ω`*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ