50談話
アルマは亜空間から大皿を取り出し、持ってきた残りのドーナツを全てその上に盛った。そして空になった麻袋を丁寧に畳み、テーブル端に置く。アルマはヒルデブラントとフェリシアンに席を勧めると、今度は紅茶の準備を始めた。透明なポットに人数分の茶葉を入れ、魔法で出現させた熱湯を注ぐ。すぐに蓋をして蒸らし、ニ、三分ほど待った後にポットの蓋を開け、スプーンで一混ぜした。それから茶こしで茶殻をこしながら、カップへと注いでいく。注がれた液体の表面から、一筋の湯気が立ち上っていく。アルマは各人の前にソーサーを出し、その上にそれぞれカップを置いた。
「ところで、ネックレスの件はどうなってる?」
アルマの問いに、出された紅茶を飲んでいたヒルデブラントが勢いよく顔を上げた。
「今その話をするの?」
「本来ならニコラスから訊きたいところだけれど。彼も彼で忙しい身だからね」
アルマの返しを聞いたヒルデブラントは、「そういう意味で言ったんじゃなかったんだけどな」と悲壮感を露わにした。
「それで、どうなの?」
有無を言わさず話を進めるアルマ。ヒルデブラントはもの悲しさを振り切り、彼女の問いに答えた。
「順調に出回ってるみたいだよ。安いのに物が良いということで、一部の見栄を重視する冒険者たちを中心に広まってるって話」
「それは都合が良いね。冒険者は一定の場所に留まらないから」
アルマは食べかけのドーナツを手に取り、もう一口だけ齧った。
「何だ、お前らは商売も始めているのか?」
フェリシアンが会話に入り込んで来る。アルマは半分になったドーナツを平皿に置き、再び自分の口元と指を拭いた。
「ゆくゆくはブランドを立ち上げて、服飾革命をしたいところだよね」
「それは初耳だよ、フェミー。意外と美意識高かったんだね」
「違うよ。不健康になる衣服を払拭しようと常々思ってただけ」
ヒルデブラントの感想を真っ向から否定して見せるアルマ。ヒルデブラントは彼女の言葉の意味が分からなかったのか、首を傾げただけだった。アルマはそんなヒルデブラントに冷ややかな視線を送る。
「今度女物の服を着て一日を過ごしてみるといいよ」
「うん、遠慮する。絶対に良からぬことが起こる気がするから」
「つまり、そういうことなんだよ」
そう言って、アルマは残りのドーナツの欠片を平らげる。それから紅茶を一口飲み、一息ついた。
「今頃あちらは動転しているんだろうね」
「あちらって、あの夫人のこと?」
「夫人は、どうだろう……。彼女は寧ろ、楽しんでそうな気もするけど」
「あー、分からなくもないかな。何だか一筋縄ではいかない感じの人だったもんね」
左右で色の違う瞳で遠くを見遣る。ヒルデブラントは件の夫人と邂逅した夜のことを思い出し、思わず身震いした。
「あの時はほんとうに、心臓が止まるかと思ったよ。そのくせフェミーはフェリシアンをここに連れてくるし。ばらすばらさないの基準がいまいち掴めないんだけど」
彼は訝し気な視線をアルマへと送る。しかし、アルマは平然とその視線を受け止め、無表情のまま返した。
「勘とノリと成り行き」
「一番不安な返答が来たんだけど大丈夫かな?」
「こいつと手を組むのは早計だったんじゃないのか? 俺も人のことは言えないが」
フェリシアンの一言に、ヒルデブラントはそうだと言わんばかりに深く溜息を吐いた。最早王子に対してため口をきいてしまっていることすら流されており、ここでは身分の上下は全くの無関係であることが窺えた。その代わり、必ずと言っていい程にアルマには逆らえない間柄が成立してしまっているのだった。
「後悔するには、あまりにもフェミーと深く関わり過ぎちゃったんだよね。僕にとって有益な部分も無くはないものだから、さらに質が悪い」
「とか言いつつも、関われば関わる程にこいつの得体の知れなさが分かってしまうから、余計に気がかりなんだろ」
「その通りなんだよねぇ。今となってはもう、何が正しくて何が間違ってるのかすら判断が付かなくなってしまってる」
「それはこの国の王子としてさすがにどうかと思うんだけど」
徐にアルマが突っ込みを入れてくる。ヒルデブラントは悪びれもなく言ってくれる彼女に、非難がましい視線をお見舞いした。
「誰がこうしたのか、分かってて言ってる?」
「確かに、ヒルデの人生を百八十度回転させた原因は私だと思ってるよ。でも、麻痺させた覚えは微塵もない」
「あくまでも僕に選択の自由はあるって言いたいんだね。そんなことは分かってるよ。それでも、フェミーといると僕の中にある常識が覆され過ぎて、処理が追い付かなくなるんだ」
頭を抱えて自棄になっているヒルデブラントに対して、アルマは無慈悲にも「ご愁傷様」と声を掛けた。そんな彼女の性格を知ってか知らでか、ヒルデブラントは言い返すことなく、ただただ唸り声をあげた。その容赦のなさを目の当たりにしたフェリシアンは、今後一切彼女に心を許すことはないだろうと再認識しながら、発狂が治まるまで第二王子に憐憫の視線を送り続けていた。
えぇ、えぇ、ノリと勢いですとも。
そうですとも。




