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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第二章 落ちた先
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48取引

 アルマに何もかも見透かされていたことを知ったフェリシアンは、開いた口を塞ぐことができずにいた。そんな彼に構うことなくアルマは淡々と言葉を紡いでいく。


「その様子からすると、音までは拾えていなかったみたいだね。あの時のことを見ていたのに表沙汰にしなかったあたり、そうじゃないかと当たりは付けてたんだけど、その通りだったというわけだ。それで、あなたの〝眼〟の役割をしていたのが……」


「待って、待って、置いてかないでよ、フェミー!」


 ヒルデブラントにより発言を中断させられたアルマは、至極面倒くさそうに彼の方へ振り返った。非常に困った表情をする彼を見たアルマは、顔を顰めながら小さく息を吐き、嫌々ながらも説明を加えることにした。


「ある程度察しているとは思うけど、この魔術師団長子息は二年前にあったジークの誕生パーティーから私たちが抜け出した時に、夜の庭園で逢瀬しているところを一部始終とまではいかないまでも、ずっと見ていたんだよ」


「逢瀬って……、でもどうやって? あの日、フェリシアン・ティスル・トラントゥールはパーティーに出席していなかったはずだよ?」


「出席せずとも、彼のフクロウの〝眼〟を使えばどこでも覗き見ができるんだよね、それが」


 ヒルデブラントは不可解そうにアルマを見上げ、次いでフェリシアンを見る。アルマに痛いところをつつれた彼は、居心地悪そうにそっぽを向いていた。そんな彼から何かを感じ取ったヒルデブラントは、神妙に宙を見遣った。


「そんな都合の良い『探査能力』を持っている魔術師団長子息を、抜け目のないジークが見逃すはずもないし。大方、私の復帰にヒルデが良からぬことを考えているのではと予測したジークが、魔術師団長子息をヒルデの追跡役として任命していたって所じゃない?」


「じゃ、じゃあ、兄上には僕らのこと、とっくにばれてたってこと?」


 心配そうに眉を歪めるヒルデブラント。アルマは暫し視線を逸らし、「いや……」と返した。


「そうでもあるし、そうでもないと思う」


「意味が分からないよ、フェミー」


「端的に言えば、私たちに繋がりがあることは勘付かれていただろうけど、何をしていたかまでは分かっていないだろうということ。そうだよね、フェル?」


 話を投げかけられたフェリシアンは、不愉快を露わにする。


「馴れ馴れしく呼ぶな。……あぁ、そうだよ。殿下は分かっていた上でお前たちを泳がせた。二年は様子見だったが、俺の能力をもってしても一向にお前たちの実態が掴めなかった故に、俺がお前の前に自ら出向くことになったんだ」


 失敗したがな、と自嘲気味に吐き捨てるフェリシアンに、アルマは微笑みかける。


「別に失敗してはいないと思うけど?」


 アルマの言葉に、フェリシアンは強く眉間に皺を寄せた。


「何でお前はそんな呑気なことが言えるんだ。殿下の思惑がお前に露見している時点で、失敗以外の何物でもないだろうが」


 自棄になる彼を見たアルマは、不思議そうに小首を傾げる。


「二重スパイをすれば無問題でしょ」


 フェリシアンの中にある、なにかがぷつりと切れた。碧い瞳の奥で、ゆらゆらと炎を揺らめかせる。彼は唇を震わせながら、喉から言葉を絞り出した。


「俺に……、殿下を裏切らせる気なのか……?」


「裏切りじゃないよ。二重スパイと言っても、ただの相互連絡係なんだから。とはいえ、さすがにこちらからの情報は限定させて貰うけど」


「それが裏切りだって言ってるんだ。俺は殿下の味方であって、お前の味方じゃない。たとえお前が俺に有意義な条件を提示してきたとしても、俺がお前側につくことは一切ない」


 はっきりと言い切ったフェリシアンは、真っ直ぐにアルマを見据えていた。その純粋な視線を受けたアルマは目を細め、薄い唇を左右に引き延ばす。


「その篤い忠誠心はお涙頂戴ものだね。あなたとジークとの間に何があったかまでは言及しないけれど、私との取引も悪い条件ではないと思うんだよね」


 フェリシアンは顔を顰める。


「お前、俺の話を聞いていたか?」


「勿論、聞いていたよ。だから、私の味方になれとは言ってないでしょ。あくまでも、私はあなたと『取引』がしたいだけ」


 変わらぬ表情で返してくるアルマ。フェリシアンは口を噤み、視線を落とした。


「まぁ、ただ取引を持ち掛けているだけから、当然の如くあなたに拒否権はあるよ? でも、よくよく考えて欲しいね。そちらに思惑があるように、こちらにも思惑がある。私はジークが私のことを探っているのを黙認しているけど、下手すれば取り返しのつかないことになり得るから渡す情報を制限したいんだよね。それでも、渡せる情報は積極的に渡していくつもりだよ。その代わり、私との取引を拒否するのなら、全力であなたの〝眼〟から隠れさせてもらうよ。例え相手が〝精霊持ち〟であろうともね」


 フェリシアンの表情が固まった。次第に血の気が引いていき、病気とも思える程に青白くなっていく。


「お、お、お、お前、何故それを……。いや、お前はどこまで知ってる? お前は一体何者なんだ?」


 矢継ぎ早に疑問を口にするフェリシアンに、アルマは口角を上げた。


「私は河橋アルマ。この世界に於いて、知ってはならないことまで知っている、と言えばいいのかな」


 フェリシアンはサファイアのような目を大きく見開き、その瞳に確とアルマの姿を捉えた。銀糸に冷たい印象を与える琥珀の瞳。絶世の美女と言っても過言ではない程に整った(かんばせ)に、この世のものではないと思わせる儚げなオーラを纏っている。


 それまではっきりと彼女の姿を見ていなかったフェリシアンは、その次元の違う美しさに思わず息を呑んでいた。そして彼は、本能的に敵に回してはならない相手であることを悟った。彼は意図せず口を開き、いつの間にか持ち掛けられた取引を呑んでいた。そこで我に返ったフェリシアンは後悔と罪悪感に駆られたが、時既に遅し。アルマは絶対的な笑みを湛え、その右手を彼の方へと差し伸べていた。


「承諾してくれて嬉しいよ、フェル。じゃあ、早速行ってみようか」


 流されるままに彼女と握手をしたフェリシアンは、思考の海の中で、独り、己の幾末に不安を抱いていた。

マジュツシダンチョウシソク ガ ナカマ ニ ナッタ!

ナカマ ニ ナッタ?

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