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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第二章 落ちた先
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Target Side3-1

 喫茶店を後にしたユーフェミアは、食品店へと足を運んでいた。彼女の何の脈絡もない行為にフェリシアンは動揺したものの、彼女の後に続くニコラスが何も言うことなくついて行くため、彼は仕方なく尾行を続行することにした。


 ユーフェミアは幾つかの店舗を回り、小麦粉と卵、バターに砂糖、それからドライイーストにバニラオイルを購入すると、徐にハウベル侯爵邸へと帰って行った。一体何がしたかったのか、ユーフェミアについて然程知らないフェリシアンには全く予想が付かなかったものの、先の「協力者」とやらの存在を見る限り、ただものでないことだけは理解できた。


 しかし一点だけ、彼にも違和感を覚えるところがあった。それは、「協力者」の正体についてである。ユーフェミアと同様、彼も手練れであることは覗えた。しかし、あの喫茶店にて盗み聞きをしていた折、彼の相棒がしきりに「人間ではない」と囁いてきたのである。


 「人間ではない」、すなわち、人間以外の何物かであるということだ。そこで、この世界に存在するその他の種族と比べ見て見れば、明らかに獣人族やドワーフ族、エルフ族でないことが分かる。ならば残された種族は魔族しかなく、つまり、なんとユーフェミアは魔族の協力者を得ていたということになるのである。


 如何様にすればそのような所業が可能となるのか。恐らく、先の会話で男がユーフェミアのことを「バケモン」と呼んでいたことに起因しているのだろう。すなわち、ユーフェミアは彼の男よりも圧倒的に強く、その結果、男を手駒として手に入れたということが考えられる。それは、彼女とその弟が受けていた魔法の授業の質からしても、言えることであった。


 とはいえ、彼女は男のことを暴力によって支配しているようではなかったため、裏切りの可能性は十二分に有り得た。あの何を考えているのか分からない侯爵令嬢のことだから、とっくにその可能性くらいは考慮しているのだろう。けれども、フェリシアン自身が彼女のことを信用できていない今、警戒するに越したことはなかった。


 フェリシアンは得意の探査能力を用い、侯爵邸から遠く離れた場所にある飲食店から、特殊な水晶玉にてユーフェミアのことを観察していた。彼女はたった今侯爵邸へと戻り、自室には足を向けずにそのまま厨房へと向かっているところであった。


 厨房では侯爵家お抱えのシェフが夕食の準備を行っており、その傍らにて、彼女が勝手に店を広げ始めていた。そんな業務に邪魔であろう邸のお嬢様に対してシェフが窘めないところを見ると、彼女は常習犯であるようだった。或いは見過ごされているのか、それとも彼女の腕前が彼らに認められているのか。現段階では判断が付かなかったものの、兎に角ユーフェミアは厨房の傍らで料理を始めていた。


 彼女はボウルに大量の小麦粉を入れると、ドライイーストと加えてふるいにかけた。次いで別のボウルでバターと砂糖を混ぜる。白っぽくなったところで卵とバニラエッセンスを加え、さらに混ぜていく。最後にふるいにかけた粉類を入れ、手際よくさっくりと混ぜて行った。生地がボロボロとしてくると、その生地を一つに纏めて麻袋に入れ、冷所に静かに置いた。それから使ったボウルやヘラなどの器具を洗った後、彼女は厨房から出て行った。


 暫く屋敷内を意味もなくウロウロと歩き回っていた彼女は、三十分ほどすると再び厨房に戻ってきて、寝かせておいた生地を冷所から取り出した。それから彼女は生地を平らに伸ばし、幾つかのリング状のものを作り出すと、シェフの用意していた沸騰した油入りの鍋の中にその生地を放り込んでいった。すこしすると、リング状の生地は熱い油の中でこんがりと揚がり、見事なキツネ色となって姿を現した。ユーフェミアは揚がったリングを二本の細い木の棒を器用に使って、油の海から取り出した。すべて取り出すと、使った木の棒を洗ってから作ったものを盛った皿の方へと足を運んだ。


 どこからどう見ても、出来上がったものはドーナツだった。あの喫茶店で出された時、彼女は全くドーナツに手を出さなかったものだから、フェリシアンはてっきり、彼女はドーナツを好いていないものだとばかり思っていた。しかし、わざわざ自分で材料を調達し、自分の手でドーナツを作ったとなると、逆に、彼女はドーナツに拘りを持っているようにも思われた。しかし、彼女は出来立てのドーナツを食べようとはしなかった。ユーフェミアはドーナツをある程度冷ましてから新しい麻袋の中へと全て放り込み、それを持って邸の庭へと出て行ったのだ。


 彼女の後ろを、ニコラスがついてまわるようなことはなかった。彼は彼ですべきことがあるらしく、自室で大人しく本に齧り付いている。つまり、アルマは今一人で庭に出ているのだ。屋敷のメイドが気を利かせて庭のテーブルに紅茶の席を用意するようなこともなく、彼女は完全に一人でドーナツの入った袋を持ったまま庭を彷徨い始めたのである。


 何かを探すようにあたりを見渡し、見上げたり背伸びをしたりしている。彼女はドーナツ入りの袋を持って、一体何を探しているというのだろうか。フェリシアンはユーフェミアの様子が写された水晶玉をまじまじと覗き込む。


 刹那。彼はユーフェミアと目が合った(・・・・・)


 フェリシアンは突然のことに体を仰け反らせ、その勢いで椅子から転がり落ちそうになった。寸でのところで態勢を立て直し、姿勢を元に戻す。鼓動が煩い程に脈打ち、首筋から嫌な汗が流れ出た。彼は呼吸を整え、決死の覚悟でもう一度水晶玉を覗き込む。


 水晶玉で見える範囲には、既にユーフェミアの姿が消え去っていた。


 フェリシアンは生唾を飲み込んだ。そのような事はあり得ない。あってはならないことが、今、起きてしまっているのだ。彼の探査能力は特定対象の追跡探査である。すなわち、彼が探査する対象としてピックアップしたものを追って行く形で調査することが可能なのである。それは偏に、彼の相棒との連携によってなせる業なのであるのだが、それはさておき。つまり、ユーフェミアは追跡しているはずの相棒の〝眼〟から逃れ、いずこへかと消えてしまったことを示唆していた。


 どのようにして行方を眩ませたのか。フェリシアンはユーフェミアの得体の知れなさに寒気を覚えた。彼は相棒に戻ってくるよう連絡を入れると、水晶玉を鞄の中に仕舞い込んだ。それから出されてかなりの時間が経ち、冷めきってしまった紅茶を一気に喉の奥へと流し込んだ。


「それだと口の中に渋みが残っているでしょ。そこで、ほの甘いドーナツはいかがかな?」


 フェリシアンは勢いよく後ろへ振り返った。そこには、先程まで水晶玉に映っていたはずの人物が、さも前からそこに居たと言わんばかりに壁に凭れ掛かり、フェリシアンのことを見据えていた。フェリシアンの瞳孔が急速に縮まり、彼は反射的に椅子から立ち上がる。


「お、お前、いつの間に……!?」


 彼が驚くのも無理のないことであった。フェリシアンがいたのは侯爵邸からかなり離れた場所にある飲食店であり、短時間でそこからやって来れるような距離ではなかったからである。しかしながら、水晶玉に侯爵邸庭にいたことをしっかりと映し出されていた彼女が、瞬時にフェリシアンの背後へと出現してきているのである。


 恐怖と言わずに、何といえようか。フェリシアンは後退り、すぐにでも逃げられる態勢を取った。けれども、ユーフェミアは悠然と笑むばかりで、警戒を露わにするフェリシアンを、ただ、琥珀色の瞳で捉えるだけであった。


「な、何なんだよ、お前は」


 沈黙に耐え切れなくなったフェリシアンが問う。すると、ユーフェミアは漸くその麗しい唇を開いた。


「魔術師団長子息ともなれば、予想はつくと思うんだけどね」


 はっきりと答えない彼女に、フェリシアンは顔を顰める。しかし、そう言ったきり彼女が口を閉ざしてしまったため、フェリシアンは考えざるを得なかった。


 彼女が「魔術師団」という言葉を引き合いに出してきたのだから、それはつまり、魔法に関連する事項が今回の件と関係しているということを示しているのだろう。そして、彼が風の噂で聞いたところによれば、ユーフェミアは類稀なる空間魔法の使い手だということであった。


 フェリシアンは導き出された答えに、息を呑む。


「まさか、転移してきたのか……!?」


 ユーフェミアは柔らかに微笑んだ。


「寧ろそれ以外には不可能だと思うんだけど。まぁ、いいか。あなたが冷静かつ妥当に物事を考えられる旨が分かったところで、ちょっと付き合って貰おうと思ってるんだよね」


 彼女は有無を言わさずフェリシアンの腕を取り、膨大な魔力を垂れ流し始めた。突然の出来事にフェリシアンは動転し、ユーフェミアの手から逃れようともがいた。しかしながら、非力そうに見える彼女の腕力は尋常でないくらいに強かった。結局のところ、フェリシアンは彼女から逃げることなど叶わず、強制的に視界が切り替わるのを見た。

背後を取られることの恐怖。

かごめかごめはそういう意味ではスリリングなゲーム。

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