47接触
授業が終わり、魔法教師が帰った後、アルマは漸く魔術師団長子息と対峙することとなった。第一王子によれば、協力して魔族の偵察をしろとのお達しだったはずであるが、あからさまに非協力的な態度を取られている側としては、彼が何をしにこの侯爵家までやって来たのかが疑問にも思える所であった。とはいえ、権力者の命令には逆らいにくい旨を考えると、仕方なく引き受けているということなのだろう。アルマは面倒な人選をされたなと半ば先を思いやられながらも、容赦なく彼を木陰から引きずり出した。
あまりの暴挙に、彼は初め何が起きたのかを理解できずに呆然と立ち尽くしていた。次第に思考が追い付いてきたのか、彼は盛大に顔を顰めてアルマを睨みつけてきた。
「な、何なんだ、お前!」
「何と言われても、いつまでも避けられてたら話にならないから引き摺り出しただけなんだけど」
「ひ、引き摺り……!? こ、この暴力女! お前なんかと、誰が手を組むか!」
アルマは一瞬にして彼から興味が失せていくのを感じた。
「そう、なら殿下にそう伝えておいて。私たちは別々に偵察をするって」
「なっ!? お前馬鹿じゃないのか? 殿下はよくよく話し合うようにとおっしゃっていただろう!」
手を組みたいのか組みたくないのか、要領を得ない言いようにアルマはさらに眉間に皺を寄せる。彼女は依頼の引き受けは早計だっただろうかと早くも口惜しく思った。もう少し同伴者についても考慮に入れていれば後悔しなかっただろうに、と彼女は額を手のひらで覆った。しかしながら、一度引き受けてしまったものを取り消すことはできない。アルマは深く溜息を吐き、渋々かの少年と向き合った。
「あなたが私を嫌っているだろうことは重々に伝わったよ。それで、魔族の偵察についてだけど、大方方針は固まってるからそれでやらせてもらうからね」
「ちょ、ま、待て! 勝手に話を進めるな!」
「取り敢えず、王都東にある『Carrot』っていう喫茶店で協力者と待ち合わせしてるから」
「おい、人の話を聞けよ!」
「じゃ、行こうか」
後方で喧しく騒ぎ立てる少年を完全に無視して、アルマは庭を出た。ニコラスが彼女の後に続き、少年、ことフェリシアンは庭に一人取り残されてしまう。為す術の無くなった彼は挙動不審に目を右往左往させた後、慌ててアルマの後を追った。
アルマは馬車を使わずに、徒歩で目的地へと向かった。喫茶店まではそれなりの距離があるものの、偵察という体を取っているだけに、家紋の入った馬車を使うというような目立つ行為をするわけにはいかなかったのである。かといって、手っ取り早く転移で済ませてしまうのも、アルマの思惑から外れてしまうのであった。というのも、彼女はフェリシアンの意見を聞かずに事を強引に進めているとはいえ、一応は同伴者の一人である彼のことを考慮に入れている故に、彼がアルマの後を追えるよう、配慮する必要があったからである。
面倒な相手であっても、ジークフリートに紹介されるほどの人物であるということは、使えないわけがないのである。加えて彼は探査能力に長けているというのだから、此度の依頼で足手纏いになるというようなことはまず無いと推測できるのだ。その他の思惑としては、どう見ても猪突猛進に見える彼が如何様にして探査能力に長けているのかに対してアルマが興味を抱いており、この仕事の中で見出せていければと考えている点もあった。とはいえ、薄々予想できている部分もあったのだが、彼女はあることについて確認しておきたかったのである。
王都のハウベル侯爵家から徒歩一時間半ほどの場所に、喫茶店『Carrot』は存在していた。アルマは手慣れた様子で店内に入ると、店の奥の方の席に目当ての人物が座っているのを確認した。彼女はアンティーク調の店内を横切り、次いで喫茶店の店主の前を通り過ぎて、男の座っている席へと近付いていく。あまりにも小さい店故に客足は乏しく、かえって情報交換の場としては適切な場所であるため、アルマはこの店を利用していた。
男はアルマに気が付くと、持っていたティーカップをソーサーの上に置いた。黒髪にエメラルドグリーンの目をした陰鬱な男で、橙色の照明下でも彼の肌が死人のように真っ白であることが見て取れる。そんな凡そ人間味を失ってしまっている彼は、自らの鬱々とした雰囲気とは裏腹に陽気な声で話す。
「久しいなぁ、アルさんよぉ。相も変わらず冷たい面してんなァ」
「そういうあなたも、今にも死にそうなほど青白いけど」
男は鼻で笑うと、アルマたちに席を勧めた。アルマは躊躇うことなく男の真正面に座り、次いでニコラスがその傍に控える。後から店に入って来たフェリシアンは用心深くアルマや男の様子を見遣りながら、別のテーブル席へと腰を落ち着けた。
男は席に深く座り込み、愉快そうに笑みを浮かべる。
「それで、今日は新しい坊ちゃんがいるみたいだが。上に何か頼まれごとでもしたのか?」
「察しが良いのか、情報が早いのか。その通りだからそれ以上のことは言わないけれど」
アルマの返しに、男はくつくつと喉で笑う。店主がアルマとニコラス、そしてフェリシアンに対して紅茶を持ってきたところで、アルマは静かにその紅茶を嗜んだ。
「お前ら、魔族にガサを入れるつもりなんだろう?」
彼は背凭れに預けていた背を戻し、テーブルに肘を付いて目の高さで指を組んだ。アルマは口付けていたカップを置き、射貫くように男を見据える。
「そうなんだけど……。あなたはそれでいいの?」
「乗り掛かった舟だ。それが泥船でない限り、俺ァ、お前に味方するって決めてんだよ」
徐に、アルマの口角が上げられる。彼女は前髪をかき上げ、右耳に一房掛けた。
「現金なことで。まぁ、良いけど。じゃあ早速聞かせてもらおうかな。実直に言って、侵攻の準備は進んでいるんだよね?」
「あぁ、否定のしようがない位には、顕著にな。このまま行けば、二、三年後くらいには魔王も完全復活して本格的に戦火を交えることになるんじゃねーのか」
「何故、と聞いても?」
アルマの問いに、男は目を細める。
「っつーのは、魔族が人族側の領地に侵攻、延いては人族含めた世界征服を目論んでいるのは何故か、って意味か?」
アルマが頷くと、男は深く息を吐き、眉間に皺を寄せた。
「俺からすりゃあ、互いに因縁を付け合ってるだけのようにも思えるんだが。当事者はそう思っちゃいねぇんだろうな……」
「対立が続き過ぎた故に、引けに引けなくなっているようなものってことかな」
「あー、それが一番近いかもな。魔族と人族は天魔戦争以前から水と油だったみてぇだし、彼の戦争がさらに溝を深めたっていうのも明らかな話だ。特に、魔王さんは相当人族を恨んでらっしゃるよ。なんたって、実の父親をあの英雄とやらに殺されているんだからな」
「英雄……、〝カナタ〟と呼ばれていたみたいだけど」
「そうらしいな。俺は戦後かなり経ってからの生まれだから戦時中の話をよくは知らないんだが、これまたえぐい戦闘能力を持ってたっつー話で。バターみたいに魔族を切り刻んでたっていうのは、いくら何でもバケモン過ぎるだろ」
「有り得ない話ではないんじゃない?」
不敵に笑うアルマ。男は顔を盛大に顰め、冷めた紅茶を一気に飲み干した。渋みが残り、後味が悪かったようで、彼は舌を出しながら首を横に振った。
「お前が言うな、正真正銘のバケモンが。幾ら英雄が歴史上の人物だからっつって、お前みたいな奴が人間として実在された暁には、この世界は崩壊しているだろうよ」
アルマは愉しげに笑い、細めた琥珀色の瞳で男を見遣った。
「だろうね。だから〝カナタ〟はこの世界から消えたんだよ」
アルマの言葉に、男が反応を見せる。彼は一転して真面目な表情を浮かべ、アルマを見返した。
「なんだ、奴はお前と同類だったって言いたいのか?」
「さぁね。ただ、近しい存在だったとは言えるのかも知れない」
「要領を得ねぇな。俺からは情報を訊き出す癖に、俺には情報を与えないって魂胆か?」
男は眉間に皺を寄せ、アルマに凄んだ顔を向けた。しかし、アルマがその程度の威圧に屈する筈もなく。彼女は涼しげな顔をしながら会話を続けた。
「そういうわけでもないかな。いずれ分かることだろうから、私の口からわざわざ言う必要はないかなって」
「それなら、言っちまっても差し支えはねぇだろうが」
「単に面倒なだけだよ、クリスティーノ君」
「誰がクリスティーノだ。俺はクラウスだっての。文字数おかしいだろ。ってか、面倒なだけなのかよ。全く、一々癪に障る奴だな」
クラウスと名乗った男は憤慨しながら背凭れに踏ん反り返り、強く息を吐いた。歯ぎしりをする彼を前にして、アルマはわざとなのか、それとも素でその反応をしているのか、悪巧みが成功した時のように笑って見せた。
「じゃあ、そんな可哀そうなクロノス君に一つアドバイスをしてあげよう」
クラウスは訂正を入れることなく、最早期待などしていないとでも言いたげな視線をアルマに投げかける。当のアルマは一口紅茶を飲み、ゆっくりとカップをソーサーの上に置いてから口を開いた。
「もし探求心があるのなら、留まらない方がいいかもね」
「なんだそりゃ。曖昧過ぎて意味が分からないんだが」
「分からなくていいんだよ。必ず分かる時が訪れるから」
店主が多種多様なドーナツの盛られた平皿を運んできた。アルマはその皿がテーブルに置かれるのを見ると、半眼になりながら店主を見上げる。彼は見事なカイゼル髭を指先で整え、その渋い顔を歪ませた。
アルマは何も言わずに店主から視線を外し、クラウスを見据える。彼は先の店主とアルマのやり取りの意味が分からなかったようで、目を瞬かせながらアルマを見返していた。
「ところで話を元に戻させて貰うけど。魔族の侵攻準備に伴って、魔物の動きも活発になったりする?」
ドーナツについては触れようとしないアルマから何かを感じ取ったのか、クラウスも不躾に訊こうとはせず、素直にアルマの問いに答えた。
「あぁ、魔物は魔族の管理下にあるからな。気を付けるべきなのは、新種の魔物の出現可能性と言ったところか」
「新種の魔物……。それは突然変異によるもの? それとも研究開発によるもの?」
「答えはどちらも、だ。比重としては後者の方が多いだろうがな」
アルマは視線を逸らし、暫し思考する。
「ドラゴンは魔物に分類される?」
「それは否だ。あいつらは魔物と違って言語体系の整った知的生命体だからな。とはいえ、魔族とは全く関係がないというのもまた、否だ。奴等の一部であるとはいえ、闇や炎系統のドラゴンは大抵、魔族との協力関係にあるんだ」
「つまり、今後ドラゴンが人族の国家に襲い掛かってくる可能性があるってことだね」
「大いにあり得るな。用心するに越したことはないだろう」
情報を得たアルマは小さく息を吐くと、席を立ちあがった。彼女はクラウスに背を向け、カウンターにいる店主を一瞥した後、店を出て行った。ニコラスは三人分の紅茶の代金を支払うと、アルマの後を追って店を出た。その後ろをフェリシアンが慌てて追いかける。
店に残されたクラウスは、暫くアルマの出て行った扉を眺めていた。不意にテーブルへと意識を戻した彼は、未だ手を付けられていないドーナツを見遣った。山なりに盛られたドーナツを一つ、掴み取ると、大きく口を開けてそれに齧り付いた。
何の変哲もない、素朴なドーナツ。このドーナツを出してきた店主に対して、アルマが何故呆れ顔を見せたのか、彼はいくら考えてもその答えを出せずにいた。
忘れたころにやってくる、カメラワークの端にいる人。




