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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第二章 落ちた先
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43評議

 夜闇の中、血抜きをして解体した魔物集団を回収した後、焚火をしていた場所へと戻って来たアルマ一行は、魚が焦げていることに気が付いた。アルマは勿体ないことをしたと思いつつ、焦げた魚を暫く茫然と見遣った。不意に焦げた部分を素手で剥ぎ取ろうとすると、横からニコラスの腕が伸びてきて、アルマの持っていた串刺しの魚を取り上げてしまった。彼は颯爽と焦げ部分を取り除くと、どこからか皿を取り出して、串から外した魚をその上に載せた。あまり見た目はよろしくなかったものの、味のほどは脂がのっていて非常に美味であった。


 アルマはニコラスの使用人化について思考の端で考えながら魚をつつき、不意に先程解体したオーク肉を取り出した。先程引き抜かれた串に、今度はオーク肉を差し、焚火近くの地面にその串を刺す。炎から出る熱線がじわじわと肉を焦がし、蛋白質を硬化させていった。アルマが魚を食べ終わる頃合いに丁度肉が焼け、再びニコラスが処理を始める。


「……前々から思ってたんだけど。ニコラスって、フェミーの弟だよね」


 一連の光景を眺めていたヒルデブラントが呟く。ニコラスは無表情で「義弟ですが」と律儀にも訂正を入れ、その後黙々と作業を続けた。


「いや、まぁ、それはそうなんだけどさ。うーん、なんか、面倒見が良すぎるっていうか、実直に言ってフェミーの側使いみたいになってるのは気のせいじゃないよね?」


「これを気のせいだと思うのなら、一度医者にかかった方がいいだろうね」


「どっちかって言うと、この状態を許しちゃってるフェミーに物申してるんだけど」


 沈黙。アルマは食べやすく切られたオーク肉を食み、その味を堪能した。通常のポーク肉とは違い、魔物の肉や素材には何らかの付加効果があり、オーク系の肉は大方体力回復効果が付加されている。とはいえ、膨大な体力ゲージを持つアルマにとって、その回復量は微々たるものである故、オーク肉も通常のポーク肉とさして変わりはないように感じていた。ただ、野菜や果物といった植物系の食物に関しては、さすがのアルマも呆れるような効果が付加されているのである。例えば、林檎なら飛翔効果が、トマトなら視力向上の効果が付与されている事が挙げられるだろう。


 戦争時代に生きた者どもは、何を思ってこれらの植物を開発したのだろうか。そう思わずにはいられない効果の付いた食物が数多あり、それでいて、アルマは便利だからと甘んじて利用させて貰うことが多々あった。


 アルマは口の中のものを飲み込むと、徐にヒルデブラントを見据えた。


「ニコラスがそれで良いと思っているんなら、それで良いと思うんだよね」


「うん、全然良くないよね、それ」


「何が良くないのか、全く分からないのだけれど」


 淡白に返すアルマと何食わぬ顔をして作業を続けるニコラス。ヒルデブラントは深く溜息を吐き、オーク肉の載った皿をニコラスから受け取った。一口サイズに均等に切られたオーク肉が、王城のシェフ顔負けと言っても過言ではない程に繊細に盛り付けられている。ヒルデブラントはその皿を見て、再び溜息を吐いた。


 一切れ口に運び、肉が舌の上で溶けていくのを感じる。美味なのは確かであり、死と隣り合わせのキャンプで普段の食事と遜色ないクオリティのものを口にできること自体は幸運とも言えることなのだけれども、それが逆に、どこかヒルデブラントの中で空虚さを生み出していた。


 彼は悶々としながらも、それでいて止まらない食欲により、あっと言う間に一皿平らげてしまった。すかさずニコラスが彼の前から皿を下げ、食後の紅茶と昼間に入手したフルーツを芸術的にカットして盛り合わせた皿を差し出してくる。ヒルデブラントは最早何も言わずにその皿を受け取った。どこに保存していたのか、明らかに冒険者の所持品とは思えないホイップクリームがその皿の端に添えられている。彼はクリームをディップした薄切りの林檎を一齧りした。美味しければそれでいい、その思考に至るまで、さしたる時間はかからなかった。


 ヒルデブラントはアルマとニコラスと共にレベル上げや探索を行うようになってから、同じような疑問を繰り返し浮上させては、埋没させていた。それは偏に、彼が抱く疑問がハウベル家の姉弟に向けられていることに起因しているのだけれども、この二人が素直に疑問に答えてくれるはずもなく。とはいえ、アルマに関しては必要最低限、或いは彼女に必要だと判断された問いに関しては答えてくれはするため、一概に彼女が捻くれているというわけでもなかった。ここでニコラスが完全に捻くれているということを、ヒルデブラントの中で既に了解されていることはさておき、二人とともに行動するならば、ある程度二人のあり方を許容し、彼女らのペースに合わせる必要がある旨を彼はこの二年で学んでいたのである。


「ところで、さっきの一行の話なんだけど……」


 話の掘り下げを早々に諦めたヒルデブラントが、新たな話を切り出した。他二人は各々のことに従事しながらも、彼の話に耳を傾ける。


「明らかにウルフスタン公爵家の人間だったよね」


 アルマは遠くを見詰めながら、「ウルフスタンって……。あぁ、宰相の名前だったっけ」と呟いた。


「カイル・カメリア・ウルフスタン。第一王子の側近候補ですね。宰相の妻、セラフィマは隣国ネスチェロフ共和国出身の貴族であり、十七年前にウルフスタン家に嫁いで来ています。半年程前に宰相子息が母方の実家に赴いたとの情報があったので、今回の邂逅から鑑みるに、恐らく彼らはクラルヴァイン王国へ帰省する途中だったのでしょう」


 機械的な調子で説明を為したニコラス。アルマは興味なさげに相槌を打つだけで、口を開こうとはしなかった。


「それでフェミーはさっき、そのウルフスタン夫人から何か貰ってたよね?」


 ヒルデブラントがアルマに真っ直ぐな視線を向ける。アルマは木苺を咀嚼しながら、貴婦人から貰ったものをズボンのポケットから探り出した。彼女の白い手のひらに乗ったそれは焚火の明かりに照らされて、てらてらと光る。


「これのこと?」


 手のひらを目の前に差し出されたヒルデブラントが、「そうそう」と大きく頷いた。


「そのネックレスの独特なデザイン。ネスチェロフのものだよね」


 アルマは眉根を寄せ、首を傾げた。


「それがどうしたの」


 ヒルデブラントは視線をネックレスからアルマへと移し、真面目な口調で答えた。


「ネスチェロフって、魔道具の技術が発展してるんだよね」


 彼の言葉に、アルマは目を細める。彼女は持っていたネックレスをニコラスに渡し、不敵に笑んだ。


「あの貴婦人、なかなか抜け目が無いみたいだね」


 そう言って機嫌よくサクランボを摘まむアルマの横で、ニコラスが念入りにネックレスを調べる。その鑑定結果が出た瞬間、彼は息を呑んでアルマを見上げた。


「位置特定の魔道具です」


 それを聞いたヒルデブラントも息を呑み、手のひらを固く握った。


「やっぱり僕らを手放す気なんて毛頭なかったんだよ!」


「声を荒げないで、ヒルデ。魔物の聴覚を刺激するから」


 アルマの冷淡な一言で、ヒルデブラントは落ち着きを取り戻す。彼は一転して不安げな顔になり、アルマの方を見遣った。彼女はニコラスからネックレスを返してもらいながら余裕そうに笑みを浮かべ、焚火越しにクラルヴァイン王国の方面を見据えていた。


「これはこれで面白そうだから、利用しない手はないよね」


「え、利用するの!?」


「取り敢えず関係に上下を作るのは癪だから、対等にしてあげないとね。ヒルデ、理を呼んでもらえる?」


「ちょ、ちょ、ちょっと待って。自己完結しないで!」


 ヒルデブラントは目を白黒とさせ、行き場のない手を宙に彷徨わせた。アルマは奇妙な行動をとるヒルデブラントを冷ややかに見降ろしながら、紅茶を口に含ませた。


「順序立てて説明してよ。理のことはちゃんと呼ぶからさ」


 腰に据え付けていた小型のトランクケースを手に取りながら、ヒルデブラントがぶつくさと呟く。アルマは面倒そうに顔を顰めながらも、仕方なく口を開いた。


「現状、向こうは貴族でこちらは平民の冒険者。つまり、建前ではあれど両者に超えられない身分の壁があることは理解できるよね?」


 頷くヒルデブラント。ニコラスは水魔法で食器を洗いながら静かに耳をそばだてている。


「それで、このネックレスによって向こうがこちらを利用したい、或いは取り込みたいという意志表示をしてきたからには、私たちがそれを許容した時点でこちらの身動きが取れなくなることは明らか。加えて正体が露見する危険性も高まるわけだけど、ここでこちらと向こうの上下関係を崩して対等であることを示せば、こちらはこちらで意見を押し通すことができるというわけだよ」


 気だるげに説明するアルマ。ヒルデブラントは彼女の言いたい事を理解はできたものの、それでも悩ましげに眉根を寄せた。


「理屈は分かるけど、そううまく立場を示せるかな……。利用せずにその魔道具を壊すなり捨てるなりした方が手っ取り早いようにも思うんだけど」


 琥珀色の瞳から温度が無くなる。アルマは頬杖を付き、皿の上のカットフルーツを眺めた。


「それはそれであの貴婦人の興味を余計に惹くと思うね」


 首を傾げるヒルデブラントの横で、食器を片付け終えたニコラスが口を開いた。


「つまり、ネックレスを壊すなり捨てるなりしてしまえば、ウルフスタン夫人の思惑を我々が汲み取ったということを相手に知らせることになります。売り捌いた場合はまた話は別でしょうが、それはともかく、相手は我々に優れた判断能力があると見做すでしょう」


 ヒルデブラントは目を見開いた。


「あぁ、そうか。それで余計に、ってことか。それを言えば、敢えて売り捌いてしまうという手を取るのも、リスクを考えると避けた方がいいのかな」


「悪印象というのもまた、記憶に残りやすいですからね。あまり良い手とは思えません。そうであるならば、姉上の言うように、一層のこと利用してしまった方が双方にとって都合が宜しいでしょう」


 深く頷くヒルデブラント。彼は暫し思考した後に、アルマを見遣った。彼女はマイペースにフルーツを摘まんでおり、独り、別の世界に行ってしまったかのように切り取られた空間の中にいた。


「なら、どうやって対等であることを示すの?」


 ヒルデブラントの呟きを聞いたアルマは、瞳をどろりと動かした。己の世界の中にいた彼女がヒルデブラントの姿を捉えるや否や、彼女は底知れぬ不気味な笑みを浮かべた。


「相手を掻き乱すことによって」


 アルマはネックレスのペンダントトップを弄りながら愉快気に顔を歪める。


 夜空の星々は、変わらずそこで輝き続けていた。

勢いで書いていたら、冒険者アルマが貴族と駆け引きをすることになってしまっていた。

まぁ、いいか(´-ω-`)

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