42救助
アルマは暗い森の中、連れのものと焚火を囲みながら悠々と魚を焼いていた。橙色に染まった顔が、焚火の周りに浮かび上がる。彼女の正面ではニコラスとヒルデブラントが同様に魚を焼いており、焼き上がりを今か今かと待ちあぐねていた。
「そういえば姉上。エルフ族の件は解決したのですか?」
魚を裏返しながら、ニコラスが問うてくる。アルマは宙に舞う火の粉を虚ろに眺め、口を開いた。
「いいや。どうにもあの排他性は難儀でね。そろそろ手を引いた方が現実的だと考え始めているところだよ」
「左様ですか……。では、魔族の方は?」
「あ、それ僕も気になってた」
ニコラスの隣から、ヒルデブラントが食い入るようにアルマを見詰めてくる。彼もあれから成長し、アルマの背丈に今にも届かんとしていた。その点、ニコラスについてはとうにアルマを抜かしており、ジークフリート同様、彼の顔を見るには高い位置から見下ろさない限りは、見上げなければならなくなっていた。
「魔族は、そうだねぇ、変なのと出会ってからは順調かな」
「変なの、ですか?」
「そう、変なの。確か、ニコラスとクリスチャンを足して二で割ったような名前をしてた気がする」
不思議そうにはぁ、と気の抜けた相槌を打つニコラスの横で、「相変わらず人の名前を覚えないね」とヒルデブラントがぼやいた。
「それにしても、どうして皆も彼らも魔族って言うんだろうね。どう見ても彼らはて……」
悲鳴が木霊する。アルマは自分が何を言いかけていたのかも忘れて、声のした方へ振り返った。他二人も顔を険しくし、警戒態勢に入る。
アルマが察知したかぎり、オーク系の魔物の集団が馬車を襲っており、二、三人の護衛が魔物に応戦しているところであった。さすがにこれでは人族側の分が悪いと、三人は参戦することに決めた。集団の背後を取る形で魔物群に近付いていき、まるで暗殺者の如く仕留めていく。オリハルコンだかミスリルだか、兎に角特殊金属で作られた武器は非常に切れ味がよく、魔物どもは為す術もなく肉塊へと解体されていった。
ここ数年でアルマが鍛えた弟と第二王子は、前者は剣術に、後者は魔法の才能を悉く伸ばしていき、今となってはアルマの足手纏いから卒業して連携すらとれるようになっていた。阿吽の呼吸で繰り出される見事な連携技により、被ダメージを最小限に抑え、且つ急所への精確な攻撃をも可能としていた。
瞬く間に魔物群を倒した三人は、襲われていた馬車の様子を確かめに行った。アルマたちの救助行動が早かったからか、馬車へのダメージは然程見られなかった。三人の護衛は、暗闇の中から現れた第三者たちに対し、馬車を守るようにして警戒態勢を取る。
徐に馬車の扉が開かれた。中から現れたのは、線の細い貴婦人と、アルマと同い年程度の少年の二人であった。全体的に真っ白な貴婦人は、止めに入る護衛達を窘めながらアルマたちの前までやって来た。彼女は神妙な面持ちを浮かべ、救世主らに礼を述べた。少年も彼女に倣い、完璧な姿勢と誠意を見せながら礼をした。
次いで、貴婦人はアルマたちの正体を尋ねた。それはこの魔物の森という危険地帯にて出会ったばかりか、貴族らしき人物が見知らぬ者に助けられたという事実からも、アルマらが何者であるかを尋ねる行為をとったことは、当然の選択であると言えた。しかしながら、絶賛正体を隠し、冒険者の如く振る舞っている彼女たちがその正体を明かせる筈もなく。況してや、アルマはこの国の第二王子を死と隣り合わせの地に連れ出しているのだから、ますます露見させるわけにはいかなかったのである。
幸いなことに、三人は黒のローブを深く被り、その顔が容易には見えない格好をしていた。それ故、無理矢理衣服を剥ぎ取られない限りは正体が露見するような事態には至らないものの、如何せん、それでは怪しい人物という認識に留まってしまうのである。
アルマが如何様に振る舞おうか悩んでいる背後では、ヒルデブラントが隠れるようにして事態を見詰めていた。彼の二色の瞳に映っていたのは、馬車の中から現れた少年の姿であった。どこかで、というような曖昧な記憶などではなく、確と記憶にこびり付いている顔が、今彼の目の前に佇んでいるのである。
ヒルデブラントはアルマの服を小さく引っ張った。異変に気付いたアルマが軽く後ろへ振り返ると、顔中から冷や汗を吹き出した第二王子の顔が目に入ってきた。彼女は彼のその反応を見て、すぐさま確信した。彼女の中では曖昧になってしまっていた記憶も、明瞭とまではいかなかったものの、ヒルデブラントのお陰で思い出すことができたのである。
一体、彼女たちの前に現れた人物は何者なのか。少年が宰相子息というだけでも、平民冒険者に扮したアルマたちにとって非常に対応の難しい相手だというのに、その宰相の爵位はアルマの父、ことエルマーをも凌ぐ公爵位なのである。裏であれ表であれ、身分的には敵わない相手が今ここに居るのであり、アルマたちはそんな大物の妻子と対峙しているわけなのである。
さて、ヒルデブラントは顔から血の気を引き、完全にアルマの背に隠れてしまった。彼が両手でしっかりとアルマの服を掴み、彼女に密着してきたことに関しては若干の鬱陶しさを感じたものの、下手に前に出てボロを出されるよりはマシであった。アルマは未だに詮索を諦めない夫人を眺め、遂にニコラスへと視線を投げやった。彼は小さく頷くと、半歩、前に出た。
「しがない冒険者をしております、ラースと申します。こちらはパーティーリーダーのアル、そして彼女の後ろに隠れているのがディです」
ニコラスの紹介に合わせ、アルマは軽くお辞儀をし、ヒルデブラントもおずおずと頭を下げた。アルマは背中から早鐘の如く打つ鼓動を感じ取り、他人の緊張感を認知するという奇妙な感覚を覚えた。
「あなたがパーティーリーダーだったのですね。見かけによらず、お強いのね」
おっとりと笑う貴婦人に、アルマは「いえ」とだけ返す。
「それじゃあ、ギルドの依頼の途中か何かだったのかしら」
「えぇ。素材集めのために魔物の森に入り、野宿をしていたところです。丁度食事の途中だったので、救助に間に合ったことに安堵しています」
ニコラスの真実を交えた華麗なるはったりに、貴婦人が「まぁ」と目を輝かせる。
「重ねて礼を言わせていただくわ。貴方たちが間に合っていなければ、私も息子も護衛達も、恐らく助かってはいなかったでしょうから」
ニコラスが謙遜するように「いえいえ」と相槌を打ち、元居た場所に戻ろうとする。しかしそれよりも先に貴婦人の口が開かれた。
「そうだわ。何か礼がしたいのだけれど……。良ければ一緒に馬車に乗って、うちまで来てくれないかしら?」
彼女の唐突な提案に、護衛達が狼狽える。息子の方はと言えば、彼らほど狼狽えてはいなかったものの、あまりいい顔をしているようではなかった。それもそうだ、とアルマは思う。幾ら彼らを助けた上に名を名乗ったとはいえ、アルマたちが得体の知れない人物であることには変わりが無いのである。ここは適当な報酬を与えるに留めておくのが無難であり、明らかに身分の異なる人物を家にまで招くようなお人好しな真似をする必要はないのである。
とはいえ、アルマはそうした行為を否定しているわけではなかった。殺伐とした貴族社会の中に生きているはずの宰相夫人が、実は気さくで何者に対しても人当たりの良い人物であると知れば、彼女に好感を抱かないわけがないからである。しかし、ただ、出会った場所が場所なだけに、もう少し警戒心というものを強く持っていた方が良いだろうと彼女が考えるのも、無理のないことであった。
確かに、魔物を瞬殺できるほどの腕前を持つアルマたちと行動を共にすれば、仮に再度魔物の急襲に遭ったとしても助かる確率が高くなることは事実である。もしかすれば、貴婦人もこのような貴族なりの打算を考えているのやも知れなかったが、やはり素性の知れない人物を手元に置くことと、魔物の森を一早く抜けることとを天秤にかけた時、後者を選択した方が、まだ安全であると判断できるのだ。
ただでさえ真夜中の邂逅故、お互いにきちんと顔を把握することができていないのである。先にヒルデブラントが少年の顔を宰相子息のそれと見分けることができたのは、単なる修行の成果であり、諜報活動に慣れていた故であった。しかし、通常のお貴族様が彼のように諜報活動に長けているはずもなく。加えて全身ローブで覆った怪しげな連中を、ただ魔物から助けられたというだけの理由で、全面的に信用するというのも些か安直にすぎるのである。詰まるところ、護衛や宰相子息の反応は正常であり、対するアルマたちもわざわざ正体をばらしに行くような馬鹿な真似をするはずもないため、貴婦人の思惑を除けば、根本的に皆の意見は一致しているのである。
ニコラスは大仰に首を横に振り、俯きがちに答えた。
「申し訳ございません。我々はまだ用事が残っておりますので。また、機会があればお呼びいただければと」
彼の返事に、貴婦人は「そう、残念だわ」と眉をハノ字に歪めた。それでも引き際は潔いようで、彼女は自身のネックレスをアルマに渡すと、「それじゃあ、またの機会に」と言って馬車に乗り込んだ。彼女の後に続いて少年が乗り込み、馬車の扉が閉じられる。護衛達はアルマらを一瞥した後、その内の一人が御者台に乗って馬車を動かした。その瞬間、馬車の窓のカーテンが開かれ、その奥から貴婦人が真っ白なハンカチを振った。アルマたち三人は頭を下げ、馬車が見えなくなるまで彼らを見送った。その間、夜の静寂の中、馬車の拙い車輪の転がる音だけが響いていた。
新キャラ登場。
第二章に入った時点でカウントの存在を忘却してしまっていた事実に気が付いた。
しかし時既に遅し。新キャラが登場し過ぎていてカウントする気になれない。




