38調査
アルマが都合の良い協力者を手に入れてから、凡そ二年の月日が経った。アルマも十一歳になり、自由の奪われる学院入学まで、残すところ三年余りとなった。アルマは充実した日々を送っていると自負しており、このまま順調に進めば、婚約が結婚となってしまう前に方が付きそうだと独りほくそ笑んでいた。
この二年の間、彼女は一体何をしていたのか。
協力者の身体能力如何の底上げだけでなく、遂に魔法をマスターした彼女は、自身の空間魔法を駆使し、転移できるマップを広げていたのである。面倒なことに、転移魔法には過去に行った場所しか転移できないという制約が付けられているため、徒歩なり馬車なり飛翔なりで地道に範囲を広げていくしかなく、この世界の技術からすると相当な速さではあれど、アルマの中ではかなりの時間を測定に費やすこととなった。加えて、この世界のすべての地図を作ることは未だ叶っていない。排他的なエルフの居住地域や魔族の領域へ赴くも、排除されるか対立するかという事態が連続し、思うように座標を手に入れられなかったのである。
とはいえ、完璧でなくとも、アルマにとって得られたものは大きかった。書物に書かれた曖昧な地図よりかは格段に詳細で精密さが増したお陰で、アルマの行動範囲が随分と広がったし、さらにはある事実を知ることも出来たのである。
端的に言えば、地図を見てアルマが疑問に感じたことが、そっくりそのまま現実にも反映されていた、ということだ。
『地図に記載された世界の範囲が、アルマの知る世界の地図と比べるとなかなかに狭い』
この時、アルマは人が行けない故にすべては測定不能だったと考えた。しかし、実際に彼女が足を運んでみると、そこは確かに地の限界だったのである。
地図の先に、虚無があったというわけではない。確かに、先が見えないという点では虚無であるのかも知れないが、少なくともアルマの抱いた感想は、「シェルター」であった。
「シェルター」に囲まれた世界。閉じられた世界。何かから守られた世界。
アルマは気まぐれにシェルターの円周に沿って東方向に移動してみたのだが、途中で魔族領に差し掛かり、その全てを確認することはできなかった。しかしながら、理論的には移動可能である範囲を考えると、人族の領域、ドワーフ族の領域、獣人族の領域、エルフ族の領域、魔族の領域の全てをひっくるめて、この世界が巨大で不可視なドーム状のシェルターに包まれていることは明らかであった。
それでは、シェルターの先は如何様な事態になっているのか。アルマは様々な魔法を試してシェルターに穴を開けようとしたが、世界を覆うシェルターともなると、しぶとい位に頑丈であった。いっそのこと事象改変を使ってしまおうかとも思ったが、それが原因で世界崩壊したり、シェルターの外から良くない物質なり何なりが流入してきたりしても困ると考え直し、アルマは早々に諦めた。
したがって、アルマはシェルターに関する情報を探すという手段をとった。人族の領域におけるシェルターが海の上しかないからといって、他の種族の国に赴いて研究をするもの好きくらいは居ただろうと考えたのである。しかし、王立図書館にはシェルターに関する文献も、それに関連する情報もなく、口承さえも見つけることができなかった。唯一の心残りとしては、図書館内の立ち入り禁止区域に蔵書されている文献を見られなかったことであったが、この区域に入るためには国王の許可が必要であり、シェルターについて調査している旨を周囲に知られたくなかったアルマは、已む無く断念した。
半分自棄になって、アルマは第二王子を最果てまで連れて行った。結果としては実に興味深い反応を見ることができ、至極満足できたわけであるが、それでシェルターについて分かる筈もなく。アルマは仕方なく別の国で情報を探すことにした。
冒険者に扮して他国を巡り歩き、漸く探し当てたのが獣人の国レグルスの田舎村、ポラリスであった。この村はレグルスの西側の辺境に位置しており、居住区のすぐ近くにシェルターがあった。住民はこのシェルターを「ミラージュ」と呼んでおり、これ以上行きようのない、世界の端であると認識していた。故に、彼らはその先があるなどとは考えておらず、アルマの探索は難航することとなった。
暫くポラリス村に滞在し、村の住人である猫獣人の子供たちと仲良くなってきた頃、アルマは彼らがある場所を意識的に避けていることに気が付いた。一見しただけではただの竹林にしか見えないエリアなのだが、彼らはそこにだけ、どうしても近付こうとしなかったのである。
当然の如く、アルマは件の忌避された場所へと近付こうとした。けれども、子供たちによって止められるばかりか、それまでアルマとあまり関わりを持とうとしなかった大人たちまで、彼女の行動を阻止しにかかって来たのだ。余所者に警告する程にまで遠ざけたい「場所」とは、一体何なのか。そこに一体何があるというのか。
村の大人たちによると、件の忌避された場所は呪われているらしく、今までそこへ行ったきり、戻ったものは一人もいないとのことであった。確かに、その場所へ赴いたものがいずれも忽然と消えてしまうのならば、村人がそこを危険視するのも分からなくもなかった。しかしながら、あくまでも居なくなっただけなのである。そこに生死に関する発言はなく、また、証拠がない限りは証明のしようもなかった。
アルマは今までどのような人が件の場所へ近付き、消えていったのかを村人に尋ねた。すると、初めはポラリスの住民がこの地域に移り住んできた際、竹林を探索していた同胞が行方を眩ませたことが発端だったと答えた。忽然と姿を消した同胞を探し、ミイラ取りがミイラになるように次々と同胞たちが姿を消していったため、彼らは竹林には決して近付かないことを村の中の掟として定めたのである。
ならば、わざわざ危険と隣り合わせた地域に住み着く必要はないのではないのか、という疑問が浮かんでくるものの、如何せん、ポラリス村の土地と気候は農作に適しており、川が近くて水も豊富であることから、一旦この地に慣れてしまうと、なかなか移住しようという気にはなれないのである。加えて、獣人の国は大半が砂漠に覆われている故、居住可能な場所を探すだけでも一苦労するという理由も挙げられた。
そういうわけで、彼らは決して件の竹林へと近付かないことを条件に、このポラリスという地で生活を営み始めたのである。それから時代が下り、この地にも商人や冒険者がやってくるようになると、ポラリス村の竹林が呪われているという噂が国内に広まるようになる。彼らはその地を「最果ての呪い」と呼び囃し、度胸試しにやってくる愚か者どもが後を絶たなかったのだという。
今ではその噂も鳴りを潜め、呪いの地の犠牲者となるものは居なくなっていたものの、久々にやって来た冒険者、ことアルマが竹林に興味を抱いてしまったために、村人たちは彼女に留まるよう、説得したのであった。
言うまでもなく、アルマは「シェルター」に関する情報を集めに来ているのだから、些細なことでも、はたまたそれが危険なものであったとしても、調査しないわけにはいかなかった。彼女は「自分が竹林へ赴くのは自己責任であり、あなた方が気にすることではない」と半ば強引に村人たちを言いくるめ、ポラリス村を後にした。滞在期間に仲良くなった子供たちが心配そうにアルマを見送っていたが、彼女は彼女で目的がある故に、アルマは気にする必要はないと判断した。寧ろ、この短期間で感情の希薄なアルマに彼らが懐いたことの方が驚きであり、アルマは稀なことも起こるものなのだなと他人事のように考えていた。
冷えたドーナツのサクほろッとした食感が清涼感を醸し出していて、夏のおやつとして最適のように思われる。
クリーム入りなら尚良し(*´ω`*)




