35逆転
そうこうするうちに、アルマは右手の甲を手前に出し、「ステータス・オープン」と告げる。黒光りする宝石の上に、透明なプレートが浮かび上がってきた。
「あ、あんた、それ、個人情報……」
「うん、知ってる。でも、私の義弟予定であるあなたなら、別に見せても良いと思ってね。どうせ、私が寝込む前のステータス情報は知ってるんだろうし」
見透かされるような瞳に、ヒルデブラントは己の鼓動が激しくなっていることに気が付いた。確かに、エルマーからの報告を一部だけジークフリートから聞き及んでおり、ヒルデブラントはユーフェミアがハウベル家の神童である旨を知っていた。しかし、本人からステータスそのものを見せられるとは思ってもおらず、彼は思わず動揺してしまったのである。
ヒルデブラントは恐る恐る、開示されたアルマのステータス表記を見遣った。彼の視線に合わせて、アルマもそちらに目を向ける。
内容表記は、以下の通りであった。
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名前:ユーフェミア・ローズ・ハウベル(河橋アルマ) 年齢:九歳?
Lv 表示できないよ
種族:もう、本当に限界。勘弁してください本当に。ぎりぎり人族ですわ、全く
性別:恐らく女性
職業:ハウベル侯爵令嬢
HP:真面目にカウントさせる気あんの?
MP:多すぎワロタwwwwwwww
技能:ごめん、もうちょっとセーブして貰っていい?
魔法:好きにしてください
固有技能:事象改変
耐性:あんた本当に人間でいる気あんの?
称号:渡りビト 生意気な少女 空気読めるけど読まない Going my way なまくら者 傍観者 真実の探究者 ドS
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アルマは何も言わずにステータスを仕舞った。一度開いたきり確認していなかったとはいえ、まさか表記内容がここまで変わっているなどとは本人さえも思いもしなかったのである。
暫くして笑みを溢したアルマは、遠い目をしながら呟く。
「うん、見なかったことにしよう」
渋い顔で笑みを浮かべるアルマに、ヒルデブラントが慌てて食ってかかった。
「ちょっ、ちょっと待って。今のはさすがにおかしいよ? 種族の欄に『ぎりぎり人族』って書いてあるのが見えたんだけど」
「気のせいだ、ワトソン君」
「誰がワトソンだ! って、そうじゃなくて、気のせいなわけがないよね!? 気のせいだったら、そんなに諦めたような顔なんかしないよね!?」
「……私はドSじゃない」
「見てるよね、しっかり見てるよね! それにあんたはドSでしょうよ! 言い得て妙だね、良かったね!」
溜息。二人分の生温かい空気が、夜空に向かって溶けていく。アルマは自身の膝の上で指を組んだ。虚空を眺める琥珀の瞳は、ただ、暗闇だけを映し出している。
「でも、『真実の探求者』とも書いてあったな」
ぽつりと呟くヒルデブラント。アルマは顔を上げ、変わらぬ視線で彼を見遣った。彼も同じく、暗く沈んだ丹色と緑青の瞳で虚空を眺めている。
「信じてくれた?」
見知らぬ女性が投げかけてくるような、優しい眼差し。ヒルデブラントは己が対峙している人物に底知れなさを感じ、狼狽した。
「信じるも何も、あんた、ユーフェミアとは全くの別人じゃないか」
「いや、私が能力的に王族より勝っているか否かの話なんだけど、まぁいいか。でも、私がユーフェミア本人であるってことだけは強調させてもらうね」
「強調って……、名前の表記はその通りだったけど、括弧の中に『河橋アルマ』って追記があったし。それに、王族に勝っているかどうかについては、最早あんたが得体の知れない何かである以外には分からずじまいだったとしか言い様がないよ」
ヒルデブラントの素直な意見に、アルマは目を見開かせて「確かに」と同意する。
「なら、同一人物ということにしておこう」
「そうすると、ユーフェミア嬢の過去の所業が、全部あんたのものになるよ?」
アルマを恨み、憎悪を隠さなかった先の論争と一転して、ヒルデブラントはしおらしい態度をとる。そんな彼はどこか年相応に見え、アルマは思わず哂った。
「時既に遅しなんだけど」
言葉の意味を理解したヒルデブラントが、徐々に顔を赤らめる。アルマは無表情に戻り、ベンチの片側に寄った。彼女はベンチの後ろ側にいる少年を、隣に座るように促す。ヒルデブラントは彼女に促されるままベンチに座り、俯いた。彼の両手のひらが膝の上で固く握られる。
「ごめんなさい」
喉から絞り出すような声で告げられる。アルマは伏目がちに彼を見遣った。
「何について謝ってるの」
「河橋アルマさんを脅迫したこと」
アルマは空を見上げる。そろそろ満月が南中しようとしていた。
「私が河橋アルマ故に、脅迫は成立していなかったんだけどね」
笑うアルマの横で、ヒルデブラントが必死な形相で地面を見詰める。
「あ、後……っ!」
「私が一人になるように、誘導したこと?」
ヒルデブラントの肩がびくりと跳ねる。彼はゆっくりと首を動かし、隣に座るアルマを見上げる。その顔は、罪悪感に駆られた悲哀の色に染まっていた。
アルマは遠目で西の空を眺め、山の端に沈んでしまったオリオン座に思いを馳せる。
「何かが起こりそうな予感はしてたんだよね。だってさ、ユーフェミアが久々に復帰してくるんだよ? それも、周りからあまりよく思われていない、第一王子の婚約者。まさか弟君が自ら忠告しにやってくるとは思ってなかったけど、予測できないことではなかったかな」
アルマはメイドによって芸術的に結われた髪から一本の飾りを引き抜き、ベンチから立ち上がった。腰まで届く銀糸が流れ、月夜の光で妖しげに煌めく。彼女は蝶の飾りが付いた簪を右手に構え、その先を宙に据える。すると、簪から銀の粒子が舞い始め、それらは暗闇で茫然と光った。光の粒子は次第に簪の先の一点へと集中していき、即席の魔法ペンが出来上がる。彼女は簪を器用に動かし、夜闇に絵図を描き出した。
「オリオン座。おおいぬ座。こいぬ座。これら三つの一等星、ベテルギウス、シリウス、プロキオンのアステリズムが冬の大三角」
満月に被らないよう、西の空に向けて星図を描いていく。唐突なアルマの奇行に、ヒルデブラントはただただ困惑するばかり。アルマは後ろを振り返り、ヒルデブラントを見据えた。
「これ、知ってるよね」
そう尋ねてくる彼女に、ヒルデブラントは肯定し、「星座でしょ」と返す。
「そう、星座。私も知ってる星座」
アルマが簪の先で星図を掻き乱すと、それは銀の粒子となり、散っていった。ヒルデブラントは首を傾げる。アルマは微笑み、簪をポケットに入れて再びベンチに座った。
「おかしいよね、全く。実におかしい」
「何がおかしいんだよ」
ヒルデブラントの問いには答えず、アルマは彼を見据えて嗤う。どこか嫌な予感を覚えたヒルデブラントは、逃げ腰の態勢をとった。
「ねぇ、私に協力してよ」
獲物をロックオンした猛獣のように、ニヤリと口の端を上げる。
「い、嫌だ」
震えながら首を振るヒルデブラントに、アルマは息を吐く。
「まぁ、そう言わずにさ。勘違いして悪かったと思ってるんでしょ?」
脅迫めいたアルマの発言に、ヒルデブラントは口を噤む。自分も彼女に釘を刺してしまった分、それを逆手に取られると強く出られず、押し黙る他なかったのだ。彼は踏んではいけない人の尾っぽを踏んでしまったと悔恨を噛み締めながら、渋々と口を開いた。
「……………………何に、協力すればいいんだ?」
不気味に笑ったまま詰め寄ってくるアルマに、ヒルデブラントは物理的に後退る。しかし、このベンチには手すりという名の行き止まりがあった。恐怖に駆られるヒルデブラントの感情などお構いなく、アルマの右手は彼の小さな肩に置かれた。彼女と接触した場所から鳥肌が立つ。アルマを見上げたヒルデブラントは、陰になった絶世の美貌を目にした。
大きな満月に覆いかぶさるようにして、彼女は唇を開く。
「真実の探求に」
壊れステータス第二段(/・ω・)/……だったっけ?
遠い記憶の彼方、脈動変光星が光る。




