表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第二章 落ちた先
52/249

33椿事

 結局アルマたちは、マナー通りにきっかりと三曲踊ってから壁際へと捌けて行った。アルマの体力には然したる支障は来していないものの、だからといって、飽きてしまったものを続けなければならない事態は、非常に精神に堪えるものがあった。アルマは一生ダンスを好きになることはないだろうと、先程のダンスと関連させつつミセス・バレーヌとの特訓の日々を思い出しながら結論付けた。


 アルマとしては、偏に身体を動かすと言っても、己の体で優雅に表現するような動かし方ではなく、魔物を切り刻んでいくような、そんな殺伐とした動かし方の方が性に合っているのである。脳筋と言われればそれまでだが、破壊活動がストレスの捌け口となっていることは、否定のしようがなかった。


 どこかかしら二つのグラスを持って現れたジークフリートに、アルマはその一方を手渡される。彼女は渡されるままに、その中身を一口だけ飲んだ。すっきりとした飲み口ではあるが、アルコール入りであることは言い逃れができなかった。色や泡の様子からしてシャンパンかそれに準ずるものだろうかとアルマは考えたが、元女子高校生即ち未成年だったアルマに酒の知識があるはずもなく。アルマはどことなく規制の甘いこの世界を憂いつつ、それからはもう、飲み物を口にすることはなかった。


 寸刻ほど二人並んで目の前の光景を眺めていると、右斜め方向からヒルデブラントがやって来た。彼は輝くような笑みを浮かべ、「先程のダンス、素晴らしかったです」と己の兄を褒め称えた。ジークフリートはそれに「ありがとう」と淡白に返すだけで、さして喜んでいる様子ではないように見えた。


 アルマは普段人を見ない分、一旦観察を始めると事細かな違いに気付くのである。過去にも何人か、気紛れに観察をしていた人間がいたような気もしたが、残念ながら詳しいことを思い出すことはできなかった。


 思考の端でどうでもいいことを考えつつ、アルマは弟に対して冷めた反応を示すジークフリートに、誠勝手ながら非難がましい思いを抱いていた。


 何故そう思ったのか。ジークフリートは、亀裂の入っていたアルマとニコラスの関係修復に一枚噛んだにもかかわらず、自分の弟には素っ気ない態度をとっていたからである。即ち、他人の姉弟事情には割って入って来たくせに、自分の兄弟のことは棚に上げている故に、アルマは不服に思ったのである。


 しかしながら、人のものは見えても、自分のものになると途端に見えなくなる場合も多々あることを忘れてはならない。仮にジークフリートが己の兄弟間における温度差に気付いていなかったのならば、アルマの不満はそれこそ、彼にとって理不尽なものにしかなり得ないのだ。とはいえ、アルマがその不平不満を無理に押し殺そうなどと思うわけがないし、そもそも口に出すことすら億劫である現状、その感情は問題にすらならなかった。況してや、アルマがジークフリートにお節介を焼くような真似を取るはずもなく、アルマの中で生じた違和感は、虚空の中に捨て置かれることとなった。


「あちらにおいしそうな食事があるんです。行きましょう、兄上」


 ヒルデブラントの明るい声によって我に返ったアルマは、視界に膜を掛けたまま、機械的にジークフリートの斜め後ろをついて行った。上品なざわめきというのは些か奇妙な表現だが、アルマは脳に響かない雑多なBGMを聞きながら、ヒルデブラントの案内したテーブルに辿り着いた。


「確かにおいしそうだ。ミア、何が食べたい?」


 唐突に話を振られたアルマは、静かに凪の思考から意識を覚醒させた。目の前に広がるテーブルには、暖かな照明のもとで煌々と輝くデザート軍が並べられている。気分的にあまり食べたい思いはしていなかったため、アルマは手近にあったカットフルーツを指し示した。


 パーティーコンパニオンが颯爽とフルーツを皿に盛りつけ、フォークと共にアルマへと手渡してくる。アルマは左手で持った皿を眺め、やけに苺の数が多いなと思いつつも苺をフォークで差し、口へと運んだ。甘酸っぱい、ベリー系フルーツ特有の味が口内に広がっていく。


「ミアは苺が好きなのか?」


 軽く問うてくるジークフリート。アルマはゆっくりと咀嚼し、完全に口の中のものを飲み込んでから返した。


「好きか嫌いかと言われれば、好きですわ」


「曖昧だな。なら、何が好きなんだ?」


 苦笑する彼の横では、ヒルデブラントがケーキを食していた。アルマは首を捻り、暫し上方向へ意識を向けてから答える。


「柘榴」


 ぽつりと呟かれる言葉に、ヒルデブラントの手が止まる。彼は呆然とアルマを見遣った後、俯いた。その時、彼が盛大に顔を顰めていたのを、アルマは偶然ながら目にした。


「そうか、柘榴か。ところどころで柘榴の樹を見かけるが、本格的に栽培させるのもいいかも知れないな」


 ジークフリートは感慨深そうに呟き、柔和な視線をアルマに向ける。フルーツを食し終えたらしいアルマは、食器をパーティーコンパニオンに渡している最中であった。


「それで、ミア……」


「きゃあ!」


 咄嗟の出来事で、ジークフリートは瞳孔を縮める。甲高い悲鳴の主は、とある家の令嬢であった。彼女はアルマとぶつかり、持っていたグラスを落としてしまったのだ。その中身はアルマのドレスにかかり、暗くシミになっていた。


「大丈夫か、ミア!」


 急いで駆け寄るジークフリートに、アルマは儚げに微笑んで自分が無事である旨を伝える。アルマにぶつかった令嬢は、顔を蒼くしながら何度も何度も頭を下げていた。アルマはすぐに毅然とした態度で彼女の前に立ち、優しく笑む。


「人が集まれば、このような不慮の事故も起こり得ますわ。ですが、次からは気をつけなさい」


 アルマの許しにより、緊張していた空気が幾分か緩和された。ぶつかった当の令嬢も、今度は顔を明るくさせながら何度も頭を下げた。アルマは汚れたまま会場にいるわけにはいかなかったため、一旦控えの間へと戻ることになった。彼女はジークフリートに連れられて、パーティー会場を後にした。


 椿事が終わると、次第に周囲の関心は別方向へと霧散していく。意識の彼方へと忘れ去られた件の令嬢は、ただ、アルマの去って行った方向を無表情で眺めていた。

L-アスコルビン酸(´_ゝ`)

ポリフェノール(´_ゝ`)(´_ゝ`)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ