29義弟
「それにしても、相変わらずの規格外だな、ミアは。いや、分かってはいたんだが、実際に目の当たりにするとだな……」
授業後、名残惜しそうに魔法教師が帰って行った後、アルマたち三人は談話室に赴いていた。ジークフリートは幻でも見たかのように心ここにあらずという顔をして、深く息を吐く。
「何、化け物だとでも言いたいわけ?」
「いや、敵には回したくないな、と」
アルマは紅茶を一口飲み、目を閉じた。確かに、アルマの能力は一人だけでもこの国の魔法師団を上回っていると、彼の魔法教師に評されている。そんなアルマが敵に回れば、魔族以上に厄介であることは目に見えている。しかしながら、その恐怖を逆手にとり、国がアルマを御そうと考えているのならば、それはそれで面倒なことだとも思われた。
「私はただ、ここに来た理由を知りたいだけ。魔法云々の上達は、その副産物でしかない」
アルマの返しに、ジークフリートは自嘲気味に笑った。
「釘を刺されてしまったな。勿論、お前の目的を最優先にしてもらって構わない。正直に言えば、その片手間にでも協力して貰いたいとは思っているがな」
二人の会話の間で、眉を顰めているニコラス。その内容について行くことができず、そしてさらには、普段の義姉とは違う様子の彼女を見て、彼の脳内は混乱を極めていた。話に置いて行かれていたニコラスに、ジークフリートが気付く。そして彼は、そういえばアルマの態度が二人の時のままであることを思い出した。
「時にミアは、普段義弟とどんな話をしているんだ?」
「唐突に話が飛んだね。そもそも会話をしてないから、どんな話も何もないかな」
アルマの答えに、ジークフリートはニコラスを見遣る。彼は肯定するように首を縦に振った。
「何故会話をしないんだ?」
「何故って、する必要が無いからじゃない? 特段、話したいこともないし、話題があるわけでもなし」
そう言って優雅に紅茶を飲むアルマ。そんな彼女を眺めながら、ジークフリートは一思案した。思えば、自分から彼女に話しかけることはあっても、彼女から話しかけられることは一度もなかった。話題も必ずと言っていい程にジークフリートが提供していたし、彼女から話を聞き出したいと思っていたのも彼の方だった。その逆を見れば、今アルマが言った通り、彼女は自分から積極的に会話をしようとするほど人にも事柄にも興味を抱いていないことが分かる。つまり、彼女に対して話し掛けない限りは、一向に会話というものが生じないということになるのだ。
ジークフリートは再度ニコラスを見遣った。彼は彼で、積極的にアルマに話しかけようとはしなかったのだろう。否、元平民である彼が、生粋のお嬢様に安易に話しかけられるはずもなく、二人の状態が平行線を辿っていた故の会話無しであったのだと言えよう。
「たまには会話をした方がいいんじゃないのか。姉弟水入らずで」
「どうして?」
純粋に、真っ直ぐに瞳を向けてくるアルマ。ジークフリートは如何様に返せばよいか分からずに、思わずニコラスの方を横目で見遣った。すると案の定、彼は色の無い瞳で虚空を見詰めていた。ジークフリートは紅茶を飲んで一息し、思考を整理する。
「会話が無ければ、要らぬ誤解を受ける可能性があるからだ。特に、互いのことを知らない者同士がそうなった場合、関係に溝を作ることになる」
「うーん、八歳児の考えることじゃないようにも思うけど、一理はあるね。つまり、ジークは私とニコラスがすれ違ってるって言いたいわけだね」
彼女の冷静な分析を聞いたニコラスが、目を見開きながらアルマを見上げていた。その視線に気づかないアルマは、行儀悪くテーブルに頬杖を付く。
「私としてはすれ違っていようがいまいがどうでもいいんだけど。ニコラスがそれを嫌だと思っているのなら、まぁ、会話をすればいいと思うんだけどね」
そう他人事のように言いながら流し目でニコラスを見遣るアルマに、彼は息を呑んだ。暫く唇を開いては閉じを繰り返し、瞳を左右に泳がせる。集まる視線に圧を感じた彼は、どうしようもなくなり、瞳を潤ませ始めてしまった。
そんな彼の躊躇いを振り払ったのは、ジークフリートだった。
「苦しいのなら、吐き出してしまえばいい。ミアはそれを邪険にするほど、心の狭い人間ではないからな」
「え、何? 私ってそんなに冷たい人だと思われてたの? いや、否定はしないけど、心外ではあるよね。私は少し人に興味がないだけであって、憎んでいるわけじゃないのに」
「ちょっと黙っていろ」
強い視線でジークフリートに一瞥されたアルマは、それに素直に従った。静かになった部屋の中、ニコラスの可愛らしい声がぽつりと呟かれる。
「ぼ、僕が……、と、取るに足らない人間だから、ユーフェミア様は、僕に興味がおありでないのだと思っていました。……でも、もし、そうじゃないのなら、か、会話をしてくれると、う、う、嬉しいです」
今にも零れんばかりの涙を瞳に溜めた彼を見て、アルマはふむと、思考する。アルマが彼に睨まれていた原因は、偏に自分にあったのである。即ち、アルマは彼に疎まれていると勘違いさせるような態度をとっていた、ということになるのだ。そして、この数時間で二人のすれ違いに気付いたジークフリートが、ご丁寧なことにアルマを諭しにかかってきたわけである。一国の王子にしてはお人好しな仲裁にも思われるが、王子たる故に仲裁能力があってしかるべきなのかもしれない、と話が別方向に反れたところでアルマは思考を遮った。
「さっきも言ったけど。会話をする分には全く無問題なんだよね。ただ、私はあなたに対して話すことはないし、話そうとは思っていないというだけのこと」
狼狽。ジークフリートがニコラスを庇うように、説明を付け足した。
「要は、お前からミアに話しかければ良いということだ、ニコラス。ミアはこういう人物なのだと割り切れば、話し掛けづらいことも無くなるはずだ」
微笑む王子に、上目遣いで頷く義弟。傍からその様子を眺めていたアルマは、半目になって溜息を吐いた。
「なんだか馬鹿にされているような気がしないでもないけど、訂正するのも面倒だからその認識で構わないよ。訊きたいことがあるのなら、遠慮なく申し出なされ」
ふざけた口調で宣言するアルマに、ニコラスは「じゃあ」と早速口を開いた。
「ユーフェミア様は、いつも殿下とはそのような話され方をするのですか?」
目を瞬くアルマ。彼女は一度ジークフリートと視線を合わせ、不敵に笑う彼を見て、漸くニコラスの前で素の口調が戻っていることに気付いた。
「えーっと、そうだねぇ。これが私の素であることは否定しないけど、公の場ではきちんと侯爵令嬢然としているからね?」
「それって、僕のことも含まれていたんですか?」
彼の素朴な疑問に、アルマはそれまでお嬢様口調で彼と接していたことを思い出す。
「さぁ、どうなんだろう。親しくなかったのは確かだし、多分、どちらで接すればいいのか判断がつかなかった故の妥協案だったんだと思うよ」
「思うよ、だなんて、まるで他人事のようだな」
アルマの言葉に茶々を入れるジークフリート。アルマは完全に彼を無視して話を進めた。
「正直にいうと、〝アルマ〟を知らないあなたに、素で接していいのかが分からなかったっていうのが本音だよ。まぁ、今更だけど」
「〝アルマ〟……?」
首を傾げるニコラスに、アルマはそうなるよな、と思いつつ説明した。時折ジークフリートの咀嚼した解説が入りながらも、彼は無事にアルマの正体の一部を理解することができた。ニコラスは感慨深そうにアルマを眺め、「だとしたら……」と呟く。
「僕がやきもきしていたのは、杞憂だったということですか」
「あぁ、ニコラスが私のことをお貴族様だと思い込んでいたのなら、そうかもね。とはいえ、貴族の中にも話の分かる人は沢山いるだろうから、頭ごなしに決めつけるのも良くないとは思うけど」
彼はそうですか……と、どこをともなく眺める。
「では、僕はあなたを何とお呼びすればいいのでしょう?」
ジークフリートにも聞かれたことがあるような問いを、ニコラスが口にする。アルマは首を捻り、ジークフリートの方を見遣った。彼女に答えを丸投げにされた彼は、少し逡巡した後、口を開いた。
「折角姉弟なのだから、お姉様、ミアお姉様、姉上、あたりで呼べばいいんじゃないのか」
「では、姉上と呼ばせていただきます、姉上」
柔和に微笑むニコラス。アルマと同じ銀髪に、アルビノを想起させる真っ赤な瞳が印象的な少年だった。その時、アルマの脳裏にとある画像が過ぎったような気がしたが、何度思い起こそうとしても浮かんでこなかったため、仕方なく諦めた。
次いでアルマが考えたのは、いつの間にかジークフリートから「ミア」と呼ばれていたことに関してだった。かくいうアルマも彼のことを愛称で呼んでいるものの、彼から強制されたうえ、こちらの方が短い故に承諾したものであった。
いつからこのように呼び合っていたかは定かではないが、ジークフリートがエルマーの言葉を聞いて、アルマを「ミア」と呼ぶようになったことは確かである。父親もまた、アルマを「ミア」呼びしているためである。恐らく、ジークフリートはアルマと婚約者であることを呼び名から印象付けたいのだろう。この先屋敷の外でもこのような親しい愛称で呼び合っていくだろうことが予想されるが、瞬く間に噂が広まって行く王宮の図がアルマにも連想させられ、貴族社会なるものは面倒だと再認識させられた。
義弟との仲裁展開が早いような気がしないでもないですが、基本的に主人公視点では人間関係に深入りしない方向で進めていくのであしからず。
今更か(´-ω-`)




