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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第二章 落ちた先
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22辨解

 ジークフリートが陰で二人の様子を窺っていた執事に言伝を言いつけると、彼は颯爽とアルマの部屋を去っていった。それから然程間を開けずに舞い戻ってくるや否や、彼はジークフリートとアルマを応接間へと案内した。そこにはアルマの父親を名乗るエルマーが待機しており、ジークフリートが部屋に入ってくると、彼はソファから立ち上がって深く王族へのお辞儀をする。ジークフリートが「良い」と一声かけると、エルマーは姿勢を元に戻し、彼に席を促した。ジークフリートの後ろに付いて入ってきたアルマは、どこに座ればいいのか分からずに、同い年であろう彼を見遣ると、彼は仕方なさそうにアルマを手招きした。


 間を開けて彼の隣に座ったアルマは、目の前のソファに腰かけたエルマーに目を向けた。彼はアルマに向けるものと変わらぬ表情を、ジークフリートに向けている。ジークフリートは彼の視線に臆することなく堂々とした態度をとり、重々しく口を開いた。


「用意はできたか」


「えぇ、只今使用人に運ばせております」


 その言葉と同時に部屋の扉がノックされた。エルマーが入室許可をすると、この家の使用人らしき見知らぬ顔の男が、手のひら大の水晶玉の載った、怪しげ感満載な機械らしきものを持って入って来た。彼は恭しく礼をしながら、中央のテーブル上へ、静々とその機械を置く。


「恐れながら殿下、お伺いしたいことがございます」


 使用人が機械のセットを行っている中、エルマーが口を開いた。ジークフリートは平坦な口調で「なんだ」と返す。


「うちの娘が記憶喪失でないというのは、本当でしょうか」


「少なくとも、私はそう判断した」


 ただ、とジークフリートは目を細める。


「場合によっては、あのユーフェミア嬢とは別人であると判断されるやも知れない」


 エルマーは眉を顰め、横目でアルマを一瞥する。


「それ程までに、娘は変わってしまった。そういうことですか」


「そのことは実際にユーフェミア嬢から聞いてみると良い。今ここにいるんだからな」


 そう言ってアルマを見るジークフリート。彼に釣られて同じようにアルマを見遣ったエルマーは、僅かに息を呑んだ。慎重な目付きでアルマを観察し、ゆっくりと口を開く。


「……お前は、ユーフェミアじゃないのか」


「それは間違ってる。確かに私はあなたの知っているユーフェミアではないけど、それでも私はユーフェミアであり、ここではそれ以上でもそれ以下でもない」


「つまり、お前は私のユーフェミアに成り代わった、別人だというのか」


「それも間違い。そもそも、私の意識が目覚めるまで、この世界に〝ユーフェミア〟なる人物は存在していなかったのだから」


 混線を極めるアルマとの会話に、エルマーは眉間の皴を指で解す。しかし、その皺が解消されるようなことはなく、さらに深く刻まれることとなった。


「それは、私の中にあるユーフェミアの記憶が幻であると言いたいのか? 妻から生まれた、お前のことも……?」


「私の主張からすると、そうなるね」


 いつの間にかメイドが用意していた紅茶を、エルマーは一口啜った。温かな液体が喉の奥を通り過ぎても、心の中で蟠っているものが消え去るようなことはなかった。エルマーは睨むような視線をアルマへ向ける。


「……色々と疑問も言いたい事も残ってはいるが、お前がユーフェミア本人であることは間違いないんだな?」


「間違いないね。この世界のどこを探しても、私以外にユーフェミア・ローズ……、えーっと、えーっと、ハウ、ハウベ……」


「ハウベル」


「ハウベルは一人もいないから」


 沈黙。抑揚のないエルマーの視線が、アルマの心をじわじわと抉っていく。


「取り敢えず自分の名前くらい覚えたらどうだ」


「いや、長いんだって、フルネームが。絶対どこかで噛むでしょ。時々名前すらユーフェミアなんだかユーフェリアなんだか分からなくなるし」


 アルマに向けられる呆れた視線が複数増加する。隣の王子の視線が加わるだろうことはアルマにも予測がついていたものの、まさかこの部屋の隅に控えている使用人たちの視線までもが加わってくるとは、思いもしていなかった。地味にダメージを喰らったアルマは、わざとらしく咳払いをする。


「兎に角、私は河橋アルマであり、かつユーフェミアであるってこと。以上」


 今更ながら、口調が七歳児のそれでないことに気付いたアルマだったが、時既に遅し。とはいえ、この語り口調によって、エルマーの記憶にあるユーフェミアと、今現在彼の目の前にいるアルマとが、似て非なる人物であることだけは証明されただろう。それが後々どのように作用するのか、アルマには分からない。もしかすると侯爵令嬢の成り代わりや、或いは精神の乗っ取り等の疑いで法廷に引き出される可能性があるやも知れないのである。


 アルマは自分の分のティーカップを掴み、紅茶を一口飲んだ。ストレートの紅茶はアルマにはまだ早く、口の中が切実に砂糖を所望した。しかし、この状況下でメイドに言い出すのもどことなく憚られたアルマは、何事も無かったかのようにカップをソーサーへ戻した。


「先程から思っていたのだが……。その、カワハシアルマというのはどこから来た名前だ? それがお前の本当の名前なのか?」


 唐突なエルマーの問いに、アルマは戸惑いの色を見せた。


「それが自分の名前だと認識してるだけであって、それが本名なのかどうかは私にも分からない。正直、忘れてる部分もあるし」


「やっぱり、記憶喪失なんじゃないか」


 アルマの暴露に、ジークフリートは目聡く食らいつく。しかし、アルマが動揺するようなことはなく、ただ、困惑するのみに留まった。


「いや、喪失してるんじゃなくて、意図的に覆い隠してるんだよ。或いは、表に引き出てこないようにロックをかけてるとか。単刀直入に言うと、私の持ってる知識は人間の範疇を裕に通り越してるから、制限をかけてあげないと脳みそがぶっ壊れちゃうんだよね。情報処理が追い付かなくなって、回路がはち切れてしまう、みたいな」


「魔力暴走のようなものか?」


「あー、多分、そんな感じだと思う」


 アルマが紅茶を飲み干すと、メイドがすかさずお代わりを注いだ。折角紅茶を飲み干したというのに、有無を言わさずカップの中身が初めの状態に戻されてしまったことを、アルマは独り、嘆いた。


「……ミア、お前の言いたい事は分かった。どうやらお前にもいろいろと事情があるようだ」


 無表情の中に悟りの色を含ませるようになったエルマーが、場を仕切り直す。彼は膝の上で指を組み、真っ直ぐにアルマを見据えた。


「取り敢えずのところ、お前を我が娘、ユーフェミアとして扱うこととする。ただし、お前がカワハシアルマと呼ばれていたことも考慮して、再度ステータス計測を行う。これでよろしいですか、殿下」


 エルマーに話を振られたジークフリートは、厳かに頷いた。

「とりま」は「ねぎま」の上位互換に違いない(´-ω-`)

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