19覚醒
自身の唸り声によって、アルマは目を覚ました。視線の先には、見知らぬ天井、否、天蓋がある。薄紫のサテン生地で出来た天蓋は、窓から零れてくる日光によって淡く透けていた。
思考停止。
何がどうしてこうなっているのか。
アルマは意識を閉ざす前、誰かに追いかけられていた。それが誰だったかについては、記憶が霞掛かっていてどうにも思い出すことができない。けれども、追いかけられているからには、仲の良い間柄ではないだろうことは覗えた。
確か、と彼女は記憶を辿っていく。アルマを追いかけてくる人物は物騒なものを振り回しており、アルマは命からがら逃げていた。それから右耳を斬られ、穴に落ちた。
そう、穴に落ちたのだ。
何の穴に落ちたのか。それ以前に、何故そこに穴があったのか。突如開いたような気がしないでもなかったが、突然開く穴が住宅街にあるというのも道理に合わない。あるとすれば、建付けの悪いマンホールがずり落ちた、などという場合が考えられるが、アルマには足を滑らせたような記憶は全くなかった。寧ろ何かに躓き、背中から倒れていったような気がするのである。それ即ち、垂直に穴へ落下するというよりも、地面と平行にして落下していったという方が正しいということになる。
人一人分の大きな穴が、突如として現れるはずもなく。
アルマは無意識に右耳を触りながら考える。
再度、彼女の思考は停止した。
「耳が復活してる」
呟く声に、彼女は三度思考を停止させた。
明らかに周波数の高い声に、アルマは狼狽する。彼女は体を起こしてからもう一度「あー」と声を出してみるも、その声の高さが変わるようなことはなかった。間違いなく、アルマの声は幼児のそれへと逆戻りしていたのである。
ついで、アルマは自分の手のひらも確認してみた。声の高さ同様、ぷくぷくと膨れた可愛らしい小さな手をしている。これが十七歳の手である筈が無く、アルマは思わず頭を抱えた。どこかに鏡は無いかと部屋を見渡し、ベッドの対角線上の位置に姿見を見つける。アルマは慣れない小さな体でベッドから這い下り、その鏡へと駆けて行った。
頭身の少ない身体。どうしようもない幼児体型。しかし、唯一の救いは、変わらぬ容姿だった。アルマの銀髪も琥珀の瞳も薄い唇も健在で、十年程前のアルバムで見ることのできそうな見た目と形をしているのだ。まるで小さなあの頃に戻ったというような、そんな不思議現象を体験しているようであった。
ふと、彼女の脳裏にある考えが浮かび上がる。人の想像を超えた出来事が起こった際、誰もが思い浮かべるような事柄だ。
「夢、なのかな。夢だと良いんだけどな。寧ろ夢じゃないとおかしいんだけどな」
アルマは一つ一つ手作りされた家具や小物の置かれた部屋を眺めながら、恐る恐る窓へと近付いて行った。レースカーテンの隙間から、開き戸になっている格子窓に手を掛ける。彼女は簡易式の鍵を開錠し、窓を開いた。
温かな風が舞い込んでくる。麗らかな春の陽気を感じている時点で、アルマの記憶と齟齬が生じていた。しかし、それだけならば、まだ二、三か月眠っていたということで済ますことができるのだ。アルマは開けた視界を目いっぱいに見遣った。
のどかな風景が広がっている。見渡す限り緑、緑、緑。遠くの方に街が見える気がするも、それはアルマの知っているような都会の街ではなかった。どちらかと言えば、遺跡のように土気色をした、前時代的な街並みを呈している。
アルマは思考放棄を図った。再度ベッドの中に潜り込み、布団を頭の上まで被せる。暗くなった視界を見詰めながら、アルマは遅れ馳せ寒気を感じた。
知らない部屋どころか、知らない場所にまで来てしまっている。加えて幼児化したアルマがそれらの事実から逃避しようとせずに、どうすればよいというのだろうか。
取り敢えず目を瞑り、アルマは眠ることに集中した。混乱する頭によって程よく疲労していたのか、はたまた彼女が幼児に逆戻りしていたからなのか、アルマの意識はいとも容易く彼方へと飛ばされていった。
第二章突入です(*´ω`*)
アルマちゃんは幼女化しました(*ノωノ)




