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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第一章 失われた記憶
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αSide5

 星の輝く十三の夜。奏多は庭に続くベランダに、幼馴染のアルマと並んで座っていた。今日は家主である彼の叔父はいない。奏多の育ての親は、国内のみならず、海外をも飛び回っており、基本的に家を空けていることが多いのだ。


 灯りのついたリビングを背後にして、奏多は鬱蒼と茂った庭木を眺めた。本格的に冬の気候になりつつあるこの頃、乾燥して冷え切った空気が彼らの肌を突き刺している。奏多は白い息を吐き、同じくぼんやりと庭を眺めているアルマを見遣った。


「懐かしいね。昔も良くこうやって、奏多の家で遊んでた」


 振り向くことなく呟くアルマ。彼女の艶やかな桃色の唇からも、白い吐息が零れ出る。


「なんだか、とても奇妙な感覚がするんだよね。知らない筈なのに、知ってるっていうのは」


 琥珀色の瞳は柔らかく瞼に包まれ、優しく奏多を見据えた。


「私は知らない。でも、ワタシは知っている。――――奏多は知りたい?」


「知りたい」


 即答する奏多に、アルマはくすくすと笑う。


「そうだよね。だから聞きに来たわけだろうし。ワタシを選ぶあたり、奏多の第六感はなかなか優秀なのかもね。差し当たり、あの小説でも読めたのかな」


 奏多は息を呑む。大きく見開かれた眼でアルマを凝視し、言葉にならない言葉を発した。


「そんなに驚くことはないと思うけどね。誰しも、アカシックレコードへの接続権限を持っているんだから。ただ、容量が足りないだけで。自己防衛っていうのもあるのかな。情報も〝存在〟しているわけだから、膨大な量のそれらを限りのある脳みそで引き受けて処理するのは難しい。良くて他の機能が壊れて障害を負うか、悪くて廃人、或いは死亡するか、だよね」


 穏やかに述べるアルマの話は、決して穏やかではなかった。けれども、奏多は彼女の言葉を一言一句漏らさずに聞いていた。


「なら、どうして」


「奏多にはあの小説が読めたのかって? いるんだよねぇ、たまに。先天的に接続権を多く持って生まれてくる子が。とは言っても、それは他の人間と比べて、という程度のものなんだけどね。でも、人間社会ではそれが大きな違いを引き起こす」


 アルマは腰かけていたベランダから立ち上がり、大きく振り返った。彼女の銀糸の髪と踝丈のスカートが緩やかに夜闇を舞う。


「本当に、それだけのこと。そこに人間も天使もない。どちらも三次元空間で生成された存在であることにかわりはないのだから」


 奏多は瞳孔を縮め、強く拳を握った。皮膚に爪が強く食い込み、血液が滲み出る。アルマはその様を、ただ真正面から眺めていた。揺れる奏多の黒い瞳。何に葛藤しているのか、アルマはそれを知っていて、単に、口にしないだけであった。


「奏多はどうしたい? 知って、どうなることを望む? 美姫がいなくなったのも、両親が殺されたのも、やっぱり天使のせいだって思ってる?」


 奏多は唇を噛み締めた。自分の中で渦巻く感情と、目の前の圧倒的上位存在と対峙している現状が綯い交ぜになって、喉の奥から不快なものが込み上げてくる。彼の薄い唇の膜が破れ、そこから一筋の紅が垂れていった。


「俺は……、俺は、許せないんだ」


 震える声で呟く。アルマは「許せない?」と首を傾げた。


「奴らを、許せないんだ」


 繰り返す奏多の瞳には、景色も人も何も、映し出されていなかった。その奥に秘められた彼の思いだけが、煌々と燃え、憎悪に染まる。


「悪いのは罪を犯した、その人だけなのに?」


 呟かれた言葉で、奏多の喉から一つ、息が零れ出た。熱い水蒸気は空気中で冷やされ、白く結晶を作り上げる。


「だが、そいつを作り上げた環境が、少なからずあったはずだ。いや、あるんだ」


 強い意志の込められた眼が、真っ直ぐにアルマを射抜いた。その揺るがない信念に、アルマは破顔する。


「うん、それは確かに間違いじゃない。井の中の蛙大海を知らずとも言うしね。でもさ、所詮は囲いに囲まれてるだけであって、その囲いも思ったほど強固なものじゃないんだ。鉄が脆いのと一緒。そんな囲いなんてものは、ちょっとしたきっかけで大きく崩れ去るものなんだよ」


 楽観的に言い放つアルマに、奏多は顔を顰めた。


「それは、暗に俺の選択が間違っていたと言ってるのか?」


「いや、別に? 奏多がそれを正しいと思ったのなら、それでいいんじゃない? この世に真に正しい選択なんてありはしないんだから、わざわざ説教臭いことを言おうとは思わないよ」


 アルマは大げさに肩を竦め、溜息を吐いてみせた。


「ただ、ワタシはね? 単純に、奏多が『知りたい』って言ったから、教えてあげているだけなんだ。起こった出来事を、過去の記憶を、ありのままに」


 不意に、アルマは無表情になった。いつも彼女が浮かべているような、感情をいずこに霧散させた魅力的な顔。奏多は息をすることも忘れ、惚けた顔をして彼女を見詰めた。


「言ったよね、奏多はどうしたいのかって。私は奏多の行いを責めているわけじゃない。世間からすれば非難の対象にはなるんだろうけど、それは彼、彼女らの価値観であって、ワタシが知ったことではないし、はっきり言ってどうでもいいことでしかない。そんなことよりも、奏多が過去を知った上で、この先何を選択するのか。その方が、ワタシには興味があるかな」


 見詰め合う少年と少女。リビングの壁にかかった時計が、こつこつと秒針を進めていく。時刻は夜中の十一時五十七分を指しており、今にも日付が変わらんとしていた。


 それまで口を噤んでいた奏多は、自嘲気味に笑む。


「……やっぱり、モルモットにされているみたいだ」


「酷いな。ワタシをそんな酔狂なのと一緒にしないでよ」


「でもお前、観測者とか、管理者とかいう、神的存在なんだろ」


 やるせない目つきで見上げる奏多に、アルマは心外だと言わんばかりに目を見開いた。


「違うよ」


 彼女は奏多の元へ近づいていき、地面にしゃがんで彼と視線を合わせた。




「ワタシは、一介の傍観者だ」




 カチッと、長針と短針が重なった。アルマは膝に置いた手に力を加えながら立ち上がる。地面に付いたスカートの裾を払いながら、彼女は曇り行く夜空を仰いだ。


 冷たい夜風が二人の間を通り抜けていく。アルマの美しい銀糸が乱れ、風が止むとそれらは元の位置に戻っていった。アルマは流し目で奏多を見遣り、微笑む。


 刹那、木枯らしが吹き荒れた。落ち葉と共に、厚めの布でできた彼女のスカートが舞い上がる。


「時間みたい」


 囁くように言葉を残し、彼女は奏多の前から掻き消えていった。


 黒く濁った空からは、真っ白な雪がしんしんと降り始めていた。


とうとう主人公が解説側に回ってしまった(;´∀`)

「酔狂なの」は、勿論ドーナツ狂い君です、はい。

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