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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第一章 失われた記憶
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μSide1

 整然と機材の配置された部屋は、無機物で溢れ返っていた。何の用途に使うか不明な、洗練された数々の機械。宙に浮く幾つもの半透明なディスプレイ。床や壁、天井に迸る幾何学模様の青白い光。その中で唯一置かれている家具は、機能面重視の形をしている椅子だけであった。その椅子に座っているのは、一人の儚げな少女。彼女は瞼を閉じ、呼吸もせずに、ただ、静かに部屋の一部と化していた。


 全体がまるで一つの回路で繋がっているようなこの部屋に、一人の闖入者が現れる。くせっけの強いヘーゼル色の髪に、丸眼鏡を掛けた少年であった。彼は部屋の奥の椅子に座る少女の前まで行くと、何も言わずに立ち止まった。暫し無機質にさえ見える彼女の姿を眺め、彼女の目覚めを待つ。


 徐に、少女の瞼が開かれる。黒い瞳の奥から、僅かに妖しげな赤い光が零れ出た。


「随分と遅かったね。もっと早くに来るものだと思っていたんだけど」


「無理言わないでよね。これでも急いだ方だし」


 少女の声掛けに応えたのは、少年の胸ポケットに収まっている、ファンシーな猫型のドーナツだった。


「そもそも、動けない私に動けって言ったあんたの方がおかしいんだからね? 無茶振りもいいところだよ」


 憤慨した表情も、デフォルメされた猫の顔では可愛らしく見えるだけであった。少女は薄い唇を引き延ばし、椅子から立ち上がった。その時、彼女の背中と接続していた五本のコードが外れ、それらは椅子の中へと収納されていった。


「動けないわけがないでしょ。伊達に最新鋭の技術が盛り込まれているわけじゃないんだから」


 なんやかんやと抗議するドーナツに対して深く溜息を吐いた後、少女は意識を少年の方へと向けた。彼は無表情に立ち尽くしており、二人の会話を聞いているのか聞いていないのか、第三者からは判断がつかない程に虚ろな瞳を浮かべていた。


「うーん、この子が鍵の子か。確かに、一見しただけじゃ分からないね。さすが〝原初〟の被造物と言うべきか」


 少女の言葉に、少年の瞳がたじろいだ。彼は少女を見上げ、初めて目の前にいる少女の存在を意識した。


「マムはあんたと会えとは一言も言ってなかったよ」


「うん、そうだね。でも、あちら側に居続けるのは、ちょっと危なくなってきたんだよね」


「危ない?」


 不思議そうに首を傾げる少年に、少女は「うん、危ないの」と鸚鵡返しする。


「最近、鴉天狗の一族のものがあちらに紛れ込んだって情報が入って来てね。あの一族は目聡いし猪突猛進なものだから、君が〝鍵の子〟だって分かったら、絶対に抹殺しにかかってくると思うんだ。だから、こちら側に避難しに来てもらったわけ」


 説明する少女の前で、少年の胸ポケットが激しく蠢いた。


「え、え、え、ちょっと待って。なんでいきなり鴉天狗!? 妖怪じゃん、それ」


 っていうか、妖怪もいるんだ、とぶつぶつ呟くドーナツに、少女は冷徹な視線を放つ。


「ここでは妖怪っていう認識が為されてるけど。翼の遺伝子が少し違うだけで、大きな括りでは彼らも〝天使族〟に分類されてるものだよ」


「マジか……」


 自らアホ面を晒しているドーナツを余所に、少女は話を進めていく。


「とにかく、君にはここで役目を果たしてもらうから。場所が変わる分には、大した問題は無いでしょ?」


「………………分かった」


 渋りながらも交渉を受け入れた少年。彼から同意を得られた少女は、満足げに椅子に座り直した。深く背凭れに凭れ、機嫌良く瞼を閉じる。





「それで、何か分かったことでもある?」


 唐突に口を開いた少女は、片目だけを薄く開いてドーナツを見据えた。


「随分とアバウトな訊き方をしてくるね……。うーん、そうだな、海の向こう側がちょっときな臭くなってきた感じかなぁ」


「凡そ私の知っているものと同じだね。何かほかに情報は無いの?」


 無慈悲にも切って捨ててくれる少女の態度に、ドーナツは不満を垂れ流す。しかし、幾ら文句を言ったところで彼女が取り合ってはくれないことを、これまでの短い付き合いでドーナツは理解していた。


「天才児君が舞い戻ってくるみたいだよ。うちのところでも上の方がかなり騒ぎになってた」


 少女は焦点の合わない瞳で斜め下の床を眺める。


「天使関連の帰国子女と言えば、やっぱりレオナードさん目当てのあの人?」


「そうなんじゃない? あれはあれで結構面倒くさい感じするよね。スパイかな」


 ドーナツはポケットの中から身を捩り出し、少年の肩へ登る。自由になった尻尾を何気なくくねくねとさせながら、それは不思議そうな表情を作った。


「でもその人、勘違いしてるよ」


 二者の会話の間に、少年の声が割って入ってくる。少女もドーナツも意味深に目を細め、彼に続きを促した。


「あのレオナードは、本物のレオナードじゃないもん」


「あぁ、あの人たちは、確かにややこしいことになってるよね。あれ? でも、そうすると榎本先生が本物のレオナードさんだったってことになるのかな」


 少女が眉間に皺を寄せながら考察していると、少年は「違う」と首を横に振った。


「その人は完全にレオナードじゃない。本物のレオナードは、引き籠ってるんだ」


 少年の主張に、ドーナツは難しい表情をして溜息を吐く。少女も珍しいことに混乱しているらしく、黒の瞳に狼狽の色を見せていた。


「いや、一体何人のレオさんがいるわけ? あの人のことだから、自分で自分を複製とかしてそうではあるけどもさ」


 表情豊かなドーナツは、細かく計算された動きで呆れた顔を作り出す。この時に限っては、少女もドーナツの意見に同意しているようであった。


「本当に。でも、榎本先生は完全に別人なんだね。と、言うことは、レオナードさんと先生は双子っていう認識で合ってたってことになるんだ」


 納得がこの場を支配する中で、少年だけが顰めた顔を緩めなかった。しかし、それ以上は何も口を挟まず、ただ、沈黙を貫き通すばかりであった。


 腑に落ちたと言わんばかりに晴れやかな顔になった少女は、気分良く次の話題に移った。


「そういえば、あの小説の解読はどうなってる?」


 小気味良く話が切り出されるも、ドーナツは一瞬にして顔を曇らせた。尻尾が苛立たし気にてしてしと少年の肩を叩く。


「最初は良かったんだけどねぇ。中盤からわけ分かんなくなってきた。まなっちもそうだったから、私にぶん投げてきたんでしょ?」


 ドーナツの返答に、少女の顔にも翳りが差した。彼女は指を弄り、眉間に寄る皺を解す。


「あなたでも駄目なんだ」


「駄目っていうか、根気がいる感じ。何回か回路が沸騰しかけてさ、勢いでナッツに訊いちゃったんだけど、案の定、教えてくれなかったよね」


 帰ったらまた地獄が始まるぅ、とぼやくドーナツを余所に、少女は進まない事態に頭の痛い思いを抱いていた。彼女は手のひらで額を覆い、虚空を眺める。


「他の作品なら、普通に読めるんだけどなぁ」


 誰へともなく呟く少女。ドーナツはだらしなく口を開き、円らな眼を大きく開いた。


「え、まなっち、あの人の作品読んでんの!? 意外だわー」


 少女は如何にも嫌そうに顔を顰める。


「歴史ものでしょ。あの作家の作品は史実に基づいたものが多いから、情報源になり易いの」


「あー、んー、そっちかぁ。でもさ、一シリーズだけ趣向が全然違うのあるよね」


 少女は考えるそぶりを見せながら答える。


「恋愛ものの作品のこと? 確かに、あれはかなり傾向が違ったね。一巻ごとにパラレルワールドの世界になってるみたいで、主人公のお相手が変わるって所が奇妙に思えたな」


「うんうん。正に乙女ゲーを小説にした、みたいなやつ。実際にこのシナリオで乙女ゲーも出てるけど、確か、小説の方が先なんだよね」


 ドーナツは視線を横に流し、尻尾を上向きにくねくねとさせた。好奇心のこもった少年の瞳が、ドーナツの姿を捉えている。


「剣と魔法のファンタジックな世界観で、身分の低い女の子が成り上がっていく王道なシンデレラストーリーでね。ちょっと時代の波に乗った感はあるけど、トゥルーエンドは結構興味深かったかも。最近、最終話としてトゥルーエンドの新刊も出てるしね」


「トゥルーエンド?」


「シミュレーションゲームだとバッドエンドとかハッピーエンドとかがあるじゃん。乙女ゲーだったら、主人公が不幸になって終わるパターンとか、恋愛成就して末永く幸せになりましたで終わるパターンとか。あと、友情エンドとかもあるよね。その中でトゥルーエンドっていうのが、文字通り物語の真相が明かされるエンドで、大体意表を突くような終わり方をするんだよ。どんでん返しとかさ」


 興味深げに訊いてくる少年に、ドーナツは意気揚々と説明を連ねた。少年は呆けた顔をして「はぁ」と曖昧な相槌を打ったが、あまり理解しているようには見えなかった。


「私としては、あなたがその乙女ゲームをやっていたことに驚きなんだけど」


 少女の正直な感想に、ドーナツは尻尾を逆立てる。


「いいじゃん、別に。リアルに彼氏がいたって、乙女は常にキュンキュンしていたいものなの!」


 残念なものを見るような目でドーナツを見詰める少女。ドーナツは何故か彼女に負けた気分になり、急激に御託を並べ始めた。


「か、隠れオタクなんて、この世にごまんと居るよ! っていうか、他人の趣味に偏見を持つってのは良くないよ。そもそも、まなっちだって乙女にあるまじき趣味を持ってるじゃん。人のことは言えないと思うけどね」


 若干矛盾の入り混じった主張ではあったものの、ドーナツの反撃は確かに少女へとダメージを与えた。少女は白い頬を紅潮させながら、身体を左右にくねらせる。


「そ、そんなことないよ。人形は常しえの美だもの。私はまだ到底その域には達せていないけど、師匠の腕はもう、神がかってるんだから」


 無機質な部屋の中で、不毛なやり取りが続く。丸眼鏡を掛けた少年は、茫然と突っ立ったまま、二者の様子を他人事のように眺めていた。


あらすじを半ば回収。

ちなみに、異世界に舞台が移るのは第二章からです。

もう暫く主人公の記憶回収にお付き合いくださいm(_〟_)m

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