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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第一章 失われた記憶
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16雑談

 会話の内容に飽きた双子は、それなりの広さを誇る公園の中を元気に駆け回っていた。彼女たちが木に登り、両手を繋いでてっぺんから飛び降りた時には、さすがのアルマも絶句した。すぐに無問題であることが発覚したものの、双子の背から二人合わせて一対の翼が出現したのを見て、アルマは改めて〝天使〟なるものの存在を認識した。同時に、真奈の話を聞いていた時に覚えた違和感の正体にも気が付いた。


 要は、彼女から〝天使〟の話を聞く前に、アルマは既に〝天使〟というワードをあの双子から聞いていた故に、既視感を覚えたのである。その言葉が記憶に残っていたからこそ、引っ掛かりを覚えたと言ってもいい。とはいえ、双子の証言や、現にアルマが見ている片翼の双子たちから鑑みるに、彼女たちは〝天使〟なる存在のなかにおいてさえ、特異な位置、悪く言えば忌避され、排除される位置に立たされているようであった。


 翼はあれど、片翼では空を飛ぶことができない。二人揃って、漸く一人分の翼が出来上がるのだから、一人ではいつまで経っても半人前にしかならないのだ。一対の翼をもつ者たちが〝天使〟の中で「正常」を示しているのならば、彼女たちはまさに、「異常」な存在であるといえよう。アルマからすれば、彼らの持てる高度な技術で補えば、翼の有無はあまり関係が無いのではないかと思えなくもなかったのだけれども、あるはずのものを持って生まれてこなかったという事実は、それだけでもう、十分に彼女たちを忌避する理由になってしまっているのだろうということは、苦も無く推し量られた。


 こうして双子が〝彼等〟と呼ばれる存在へと作り変えられたのも、彼女たちが人間からも天使からも、その両極から敲かれ、弾かれた成れの果ての姿なのかも知れなかった。アルマの見る限りでは、公園を駆けまわる彼女たちは心の底から笑っているようであり、その楽しげな表情に偽りの影は見当たらなかった。結果的に彼女たちが幸福を手に入れたのであれば、その過去がどんなに凄惨であったとしても、彼女たちにとっては、既に関係がないものとして扱われているのかも知れなかった。もしも彼女たちがそれで良いのだというのならば、外野がとやかく言うようなことではないのだろうと、アルマは勝手ながらに思った。


 双子から視線を外したアルマは、正面に座る言の葉と選帝侯を見遣った。二人もアルマと共に双子の様子を見ていたらしい、優しげな眼差しで少女たちを眺めている。アルマは一つ咳払いをし、二人の注意を自分に向けた。


「二つ、訊いていいかな」


 空のグラスを弄りながら、アルマは話題を切り出した。言の葉が「えぇ」と応える横で、選帝侯は独り、チョコレートの粒を食す。何となく苛立ちを覚えたアルマは、記憶の裏にこびり付いていた、彼の不快で不可解な味をイメージした。途端に、顔を赤くしながら咳き込む選帝侯。彼は急いで紅茶を口に含み、非難がましくアルマを睨んだ。

 アルマは彼から視線を逸らし、何事も無かったかのように言葉を続ける。


「小説を暗号化したのは史実だからって言ってたけど、それって、実在する人物の個人情報を配慮してのことだったりする?」


 質問の傾向が変わったからか、言の葉は目を瞬いた。彼女は言葉を探るように視線をさ迷わせながら、紅茶を一口飲む。


「えぇ、左様にございますが……。如何なさいました?」


「いや、あの小説が巷で『読めない小説』として話題になってたから、内容を秘匿したいって意図とか、世間への挑戦状みたいな意味合いがあると予想してたんだけど。あなたから話を聞いた限り、あくまでも歴史書として残したかったみたいだし、読めない言語を使った理由は、もっと単純なものだったんじゃないかと思ってね」


 アルマはグラスを消失させ、代わりにマグカップに入ったホットココアを出現させた。陶器の表面から仄かに伝わってくる熱で手のひらを温めつつ、アルマは事も無げに笑った。


「確かに、見様によってはさような解釈も可能となりますれば。行為に意味や思惑を見出そうとする人々の思考は、なかなかに興味深いものがございますね」


「行為だけでなく、現象からも理由を探し出そうとしてきたからこそ、人間は発展してきたんだよ、言の葉。何故、という疑問が、真理探究の道を開いたんだ」


 未だに小さく咳き込みながら、選帝侯が割って入ってくる。言の葉は彼に顔を向け、機械じみた仕草で首を傾けた。


「あなたが言うといやに説得力があるわね、選帝侯。やはり、人の歴史は面白いわ」


 朗らかに笑う言の葉。彼女の前では何故か選帝侯が子供のように見え、アルマは非常に愉快であった。拗ねる選帝侯を余所に、アルマは言の葉の方へと向き直る。


「じゃあもう一つ。これが一番訊きたかったんだけど」


 ココアを口に含み、その甘みが引いていくと共に、アルマは言の葉へ胡乱な瞳を向けた。


「何でドーナツ?」


「……存じません」


 沈黙。微笑み合う二人。その空間に選帝侯の立ち入る隙は無く、彼はやり場の無い感情をむず痒く思った。アルマは張り付けたような笑みを浮かべたまま、再度口を開く。


「どうしてドーナツ?」


「……そのことは、ナツにでもお尋ねになればよろしいかと」


 言の葉は残っていたドーナツの一欠片を食し、水分の持っていかれた口内を紅茶で潤した。アルマも冷めないココアを飲み干し、マグカップを片付ける。


「……『ナツ』って、あなたの小説に出てくる、あのドーナツ狂いの少年のこと?」


「……左様にございます」


「……本当に実在する人物だったんだ」


 いや、人ではないのか、と、宙を眺めながらアルマは呟く。


「でも、嫌がるわりにはドーナツの描写が多かったようにも思えるんだけどね」


「三人の中で、彼が一番話を語っ……聞かせてくれたものですゆえ。通常の歴史書と違い、文章のテイストを軽めに設定したことも原因の一つかと思われますが」


 アルマは言の葉へ生温かい視線を送った。彼女はナツと呼ばれる少年との会話を思い出しているのか、些か顔を青白くさせていた。その隣では、選帝侯が苦笑いを浮かべている。そんな彼の反応を見たアルマは、標的を選帝侯へと変更した。


「選帝侯は、そのナツって人と話したことがあるの?」


 彼はアルマに意識を向け、また苦笑する。


「えぇ。話す以前に、彼とは腐れ縁なのですけれども」


 アルマは視線に同情の念を込めた。彼女は当本人に実際に会ったことはないものの、二人の反応からして、非常に接し辛く面倒くさい存在であることを悟る。とはいえ、彼がドーナツという固有存在に執着したきっかけは、アルマも気になるところであった。


 言の葉は意図して言ったわけではなかっただろうものの、彼女の言い方からすれば、アルマはこの先、その少年に会うことができるような雰囲気があった。いつどこで出会えるかは、先読みのできないアルマには分からない。しかし、いつしか彼と会った暁には是非とも尋ねてみようと、アルマは脳内リストにしっかりと書き留めておいた。


「お、お姉ちゃあん」


 嗚咽の混じった声が聞こえてくる。アルマは横に振り向き、声の発生源を見た。真っ白な双子が、どちらも眦に大きな涙を溜めて、悲痛そうに顔を歪めている。声を掛けてきた方の少女は、アルマを見上げて何かを訴えかけていた。その少女の後ろでは、彼女の片割れが俯きがちに自分の服を掴んでいる。


「どうしたの?」


 アルマが問いかけると、手前にいる少女が答えた。


「さっき遊んでたらね、りあが枝に引っかかっちゃってね、りあの服が破れちゃったの」


 少女はりあと呼ばれた片割れを、アルマの前へ出てくるように促した。りあは渋りながらも前に進み出て、片割れに促されるままに破れた箇所をアルマに見せた。双子は二人とも同じ白のワンピースを着ていたが、りあのワンピースは前側の裾が一か所破れている。

 アルマは徐に肩掛け鞄から簡易裁縫セットを取り出した。中から針と白糸と糸切狭を選び取り、糸は適当な長さで切って片端を玉結びにする。もう片方の端から糸を針の穴に通すと、アルマは地面にしゃがみ込んで破れた箇所を手に取った。些か不器用な手つきではあったものの、仕上がりは破れたことが分からない程度には綺麗に出来上がっていた。裁縫道具を直したアルマが双子に笑みを向けてやると、彼女らは目尻の赤くなった顔を破顔させた。「「ありがとう、お姉ちゃん!」」と息もぴったりに礼の言葉を叫び、彼女たちは再び公園の中央へと駆けて行った。


 双子の後姿を見送ったアルマは、満足げに息を吐いた。上機嫌のまま態勢を元に戻すと、意味深にアルマを見詰める二人の姿が目に入った。アルマは顔を顰めて「何?」と呟く。


「いえ、わざわざ縫わずとも、チャンネルの法則を使って直せば早かったのではと思いまして」


 アルマは口を開けたまま、選帝侯を見返した。


「盲点」


 選帝侯は苦笑するだけであったが、言の葉はどこか寂しげに宙を眺めていた。アルマは、常に必要最低限以上の荷物が入れられている、自分の鞄の中を見遣った。その内容物は、いざという時にあれば、凡そ便利なもので大半を占められている。電子辞書に限っては、スマートフォンがある以上必要にさえならなさそうにも思えるが、アルマの中では持ち物の中でも外せないものとしてランクインしていた。


 そんなアルマの、小・中学生時代の渾名は、某近未来製猫型ロボットの名前であった。取り敢えずアルマに頼んでおけば、必要なものが彼女の鞄の中から出てくるということで、地味に有名だったのである。この渾名はアルマが高校生になってからは鳴りを潜めているものの、一部の生徒や教師からは、心の中でその渾名が呼ばれ続けていた。


 何故、他人からは無駄に思えるようなものでも持ち歩くようになったのかと言われれば、それは単純に、アルマの惰性という性分から来ているからであった。惰性というからには、重い物を持ち運ぶ方が面倒くさく思えるようにみえるが、アルマにとっては重量よりも、いざという時に必要なものが無いという事態の方が、面倒なのである。それ故、何でも、とまでは言わないものの、彼女は多くのものを鞄の中に仕舞い込んでいるのであった。


 備えあれば患いなしとはよく言うが、彼女はある意味、心配症なのかも知れない。事実、裁縫セットを使う機会が訪れたことに、彼女は充足感を覚えていた。例え、裁縫道具を使わずとも済むような環境であったにせよ、彼女にとっては、やはり用意をしていて正解であったと自身のあり方を肯定できることの方が重要であった。


 とはいえ、今いる次元空間に横たわっている法則を、アルマが軽んじているわけでは決してなかった。彼女が用意したものを使わずとも済むのなら、それはそれで別に構わないのだ。要は、アルマは些細なことで物事の進行が妨げられるのを嫌っているということなのである。剽軽で食えない性格をしている選帝侯にアルマが思わず悪戯を仕掛けてしまうのも、元を辿れば同じ理由から派生していた。


 アルマはスマートフォンの電源を入れ、時刻を確認した。文字化けを起こしており、日付の表記も狂っている。彼女は何も言わずに電源を切り、スマートフォンを鞄に戻した。


「訊きたいことは大体聞いたと思うし、帰るね。二人ともありがとう」


 アルマはそれだけ告げて、あっさりとこの次元空間から姿を消した。残された二人は暫く無人の席を眺めた後、互いに眉を下げて笑い合った。


 夕日の色に染まる河川敷の公園では、二人の白い少女たちが元気良く駆け回っていた。


書いた本人もドン引きしていくスタイルww

世界にはどうしてそんなものにこだわるのかと思えるものにもこだわる人々がいるからこそ、多様な価値観が存在しているのだと思うと、面白いです。

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