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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第一章 失われた記憶
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12急襲

 週明け。登校したアルマは早速件の菓子詰め袋を真奈に渡し、昨日の礼を言った。案の定、真奈は困惑の表情を浮かべていたが、取り敢えずのところ受け取ってくれたため、アルマは一つ目のミッションクリアに安堵した。問題は二つ目に課されたミッションなのだが、近年彼と会っていないこと、且つ彼とクラスが異なる現状が相まって、アルマの憂鬱度が飛躍的に上昇しているのである。それゆえ、基本的に怠惰なアルマが問題を先送りにしてしまうのは当然の選択ともいえた。彼女は鬱屈とした感情を燻ぶらせたまま午前の授業を受け、二人の友人に促されながら昼食を取り、流されるように午後の授業に臨む。気付けば終礼も済み、今は教室から生徒たちが捌けていくところであった。ある人は部活へ、ある人は委員会へ、ある人は帰宅しようと、それぞれがそれぞれの予定に従って教室を後にする。ある人は友達と楽しげに喋りながら、ある人は一人でそそくさと、その場から立ち去っていく。


 騒がしかった教室は次第に静けさを取り戻し、残るはアルマたち三人と、他数名程だけとなった。加絵は教室の隅で運動着に着替え、部活に行くと教室を出て行った。彼女はソフトテニス部に所属しており、大会ではそこそこの成績を収めている。そして部のエースとまではいかないものの、彼女が抜けると地味に全体の士気が下がるといったように、加絵は部の中でも絶妙なポジションに位置しているのである。


 一方で、真奈は図書委員に所属しており、週に一度、図書室の掃除或いはカウンターの当番を受け持っている。部活は緩い部の一つとして有名な文芸部に所属しているものの、何故かそれなりに忙しい放課後を送っているようである。彼女がどこで何をしているのかについてはアルマの知る由もないが、昨日の告白から鑑みて、天使か何かそれに準ずることについて、何かしらの活動をしているのだと推測できる。文芸部の副顧問があの胡散臭い数学教師であるという点も、この可能性を濃厚にさせている所以であろう。


 ここで、何故理数系科目の教師が文系の部活の副顧問をしているのかという疑問が浮かび上がってくるのだが、真奈曰く、彼はこの高校の中ではまだ若手の教師であるため、余った副顧問枠を押し付けられたのが事の始まりらしいとのことであった。どこまでが本当なのか、生徒であるアルマには判断の付きようもない。しかし、今となっては確率操作や意識誘導といったようなものが使われている気がしてならず、どこか失笑を湧き立たせずにはいられなかった。


 とどのつまり、真奈も放課後には用事があるということだ。根は純粋な彼女は加絵のようにあっさりと部活に行ってしまうようなことはなかったものの、往生際悪く席に座り続けるアルマを心配し続けるわけにもいかず、申し訳なさそうに教室を出て行った。残るはアルマ一人と何やら楽しそうにお喋りを続ける二人の女子生徒のみ。アルマは溜息を吐き、漸くその重い腰を上げた。スクールバッグを肩に掛け、机の横にあるフックに掛けられていた、小さな紙袋を手に取る。


 彼のクラスは確か、五組であったとアルマは記憶している。この春に母親がしつこく確認を要請してきたせいで、面倒ながらも発表されたクラス分けの表から彼の名を探し出した故、彼と疎遠になった今でも、彼の情報を必要事項だけは知っていた。なにゆえアルマが幼馴染である彼をここまで忌避するのかといえば、それは彼がアルマを避けているから、ただそれだけの理由であった。なぜ彼がアルマを避けているのかについては、アルマの勝手な推論でしか考えることができない今、闇の向こうに葬り去られてしまっている。


 このほぼ赤の他人と化している関係の中、今更顔を合わせるのも気が重たい以外に何があるというのだろうか。アルマが放課後まで、否、放課後になっても愚図愚図と先延ばしにしていたのは、そのせいでもあった。そもそも、放課後になった今、彼が教室にいる可能性は雀の涙程に無いのだ。アルマの現実逃避といえばそれまでだが、居なければ彼の連絡先や所属している部活を知らない彼女なら、帰ってから母親に何かを言われても、何かしらの理由を付けて有耶無耶に出来る可能性も無きにしも非ずといえた。


 ならば、とアルマは口の端で笑む。彼のクラスに赴き、居たら居たでさっさと紙袋を渡してしまい、居なければ嬉々として帰宅すれば良いのである。彼には「母親が」と言って母親のせいにしてしまえば、自身にかかる心的負担は軽減されるだろう。義務的に淡々と事を済ますことによって、アルマの晴れやかな帰宅への道が開かれるに違いない。


 彼が沖縄土産に全く関係が無いという事実に蓋をして、アルマはなるべくポジティブな感情を維持しつつ、廊下を進んでいった。教室を二つ跨ぐと、二年五組と書かれた横長のプレートが目に入った。閉じられた引き戸を開き、中の様子を窺う。


 母強し、という言葉は、運命操作をも可能とするのか、とアルマは唸り無くなった。教室前方の扉を開いたアルマは、その対角線上に位置する席に、無表情で座り続ける一人の男子生徒を見遣った。彼は虚ろな表情で、前の黒板を見詰め続けている。アルマは試しにそちらへ目を向けてみるも、掃除の後であるからか、綺麗に消された黒板が佇んでいるだけであった。


 アルマは仕方なく教室に入り、並んだ机の合間を縫って彼の元へと近付いていった。彼の視界を若干遮るように、席の斜め前に立つ。


「や、やぁ」


 アルマは自分の頬が引き攣っていることに気付いたが、どうにも自然な笑みを浮かべることはできそうになかった。目の前の彼は、光を映さない漆黒の瞳をぬるりと動かす。視線の先にアルマを捉えた彼は、見る間に怨嗟の皴を刻んでいった。


 恨まれた覚えのないアルマは、彼の態度に少なからず戸惑っていた。鬼の形相ともいうべき彼の表情は未だかつて彼から向けられたことはなく、何が彼の琴線に触れてしまったのか、アルマには想像もつかなかった。


 興味がなかった、というのは事実である。しかし、それが彼の怒りの引き金になるとは到底考えられなかった。疎遠になった彼の気を惹きたくて、そして地雷を踏んだ、というのならまだあり得そうな話ではあるが、彼に興味の無かったアルマがその手の地雷を踏むはずもなく。思えば、幼い頃も親の計らいによって彼と遊ぶようになり、その「お遊び」が楽しかったからアルマは彼と付き合っていたに過ぎなかった。楽しくなければ、早々に一人遊びに戻っていたことだろう。


 アルマは紙袋の柄を握りしめた。この次、如何様に切り出せばよいのか、アルマには考え付くことができなかった。色は違えど、アルマと同じ質をした短い黒髪が、さらりと横に流れる。


「何の用だ」


 記憶に残っているものよりも、数段低くなっている彼の声。お互いに成長したんだな、とアルマは場違いなことを考えた。


「おじさんの沖縄土産の礼って、母親が」


 左手に持っていた紙袋を突き出す。彼は「そうか」と呟き、暫くその袋を眺めていた。

 沈黙。窓から差し込んでくる光が、教室を橙色に染め上げる。グラウンドの方角から、僅かに生徒の掛け声が聞こえてくる。アルマはなかなか紙袋引き取ってくれない幼馴染に、じれったい思いを抱きつつあった。突き出したままの腕が次第に痺れていき、彼女は顔を歪める。


 刹那。

 持っていた紙袋に衝撃が走った。下半分が切り取られて落下していく様は、スローモーションのように見えた。気持ち程度に詰められていた菓子も、星の重力に轢かれてバラバラと落ちていく。アルマはその中で、宙を舞ったミニドーナツに意識を取られた。ここでもまたドーナツか、とアルマの孰れの脳みそが呟く。


 割れるような音が響いた。外から聞こえていた掛け声は消え去り、無音の空間がこの場を支配する。床と衝突した紙袋の下部と菓子どもは、幾度か跳ねた後、動かなくなった。アルマは紙袋の上部を見詰める。右から左へ、見事に綺麗な断面を残して底が切り取られていた。次いで、アルマは彼の方を見遣る。

 彼は低く腰を浮かし、一歩前に出た体勢で静止していた。振り切られた右腕の先では、本物ならば銃刀法違反で逮捕されてしまうだろう、妖しげに煌めく刀が握られていた。アルマは彼の瞳を捉え、その真意を測る。


「人の好意は無碍にするものじゃないと思うけどね」


「冗談を言う余裕があるとは、舐められたものだな」


 嗤うアルマと、睨みつける彼。

 アルマは背を向けて走り出した。脱兎のごとく、という言葉が彼女の脳内に浮かんでくる。背後から追われている気配を感じ取り、彼女は急いで教室の戸を開いて廊下に出た。どちらに行こうかなど、悩んでいる暇などない。彼女は咄嗟に右に曲がり、出来得る限り走った。途中にある岐路で曲がり、階段を飛び降りていく。


 誰もいない校舎。視界を流れて行く景色は、同じ規格を繰り返す。昇降口に辿り着いたアルマは、上靴のまま外に出た。凹凸の激しいアスファルトは、摩擦が激しく走りやすい。校門へと続く道の半分まで来たところ、アルマは立ち止まった。乱れる髪を気にすることなく後ろへ振り向き、追跡者の姿を探す。


 彼はアルマのすぐそこまでやってきており、長い刀身を振り被っていた。アルマは寸での距離で躱し、グラウンド側へと逃走を始める。言うまでも無く、真っ白な土に覆われたグラウンドは、アルマ以外、無人と化していた。中央付近まで走ると、アルマは急激に方向を変えた。それまで彼女がいた場所に、深く刃が突き刺さる。アルマは砂煙を上げながら、再び校舎へと向かって行った。


 中には入らずに、建物に沿って裏側へと回る。教室棟と理科棟の合間にある中庭を走り抜けていると、後方から植物の切り裂かれる音が響いてきた。アルマは突き当たりまで辿り着いた時、逃げ道が無くなっていることに気付く。彼女の身体能力が高ければ乗り越えられるかもしれないが、哀しきかな、アルマは平和な歩道を歩くような平凡な女子高校生であった。それゆえ、障害物に登っている内に、斬られてしまうのが目に見えていた。


 彼女はフェンスに背を預け、ゆっくりと近付いてくる彼に意識を向ける。彼は酷く煩わしそうな顔をして、刀の腹を撫でていた。まるで、逃げ切れるわけがないのだから、大人しく斬られていればいいのに、とでも言っているかのようであった。


 何故、彼は、アルマを殺そうとしているのか。何故、彼は、アルマが逃げ切れないと確信しているのか。何故、彼は、アルマと距離を置いたのか。何故、彼は、そんなにも陰鬱とした顔をしているのか。何故、何故、何故。



 彼はこのチャンネルに顕現できているのか?



「往生際が悪いな」


 自分が優位であると信じて疑わない彼は、無表情のまま、刀を構える。突き刺すような視線をアルマに向け、徐々に彼女へと近寄っていく。アルマは逃げ腰だった体勢から背筋を伸ばした。首筋に当たった刃から、金属の冷ややかな感触が伝わってくる。


「往生際も何も、意味が分からないんだけど」


「ほざけ。今まで俺を騙していたくせに、白々しい」


 アルマが首を傾げると、触れていた刃が肌に食い込んでくる。彼はぴくりと片眉を跳ね上げた。アルマは半眼になって彼を見据え、左の指で刀を一撫でする。


「うん、やっぱり意味わかんない。なんでこんな物を奏多が持ってるの?」


 彼女は見上げるように視線を動かす。奏多と呼ばれた少年は目を細めた。


「お前が知っていることが、答えなんじゃないのか」


「私が何を知ってるっていうの」


 そこまで言って、アルマは目を伏せた。首を横に振り、刀を握り締める。刃の離れた首筋には、赤い線が一筋。彼女の左手からは、赤い液体が静かに零れ出す。


「いや、多分知ってるんだろうね。でもさ、騙してはいないと思うんだよね」


「既に自白しているのに、何故認めようとしない?」


 奏多は顔を顰める。アルマはどうしようもない思いに駆られ、握っていた拳を開いた。手のひらは深紅に染まり、てらてらと光る。暫く開いたままその手を眺めていると、血液が乾燥していくのを感じた。もう一度強く握ると、痛みと共にぬらりとした感触が指の隙間を通り抜けていく。開いた傷口から鮮血が零れ出た。


「何を、認めないの?」


 彼女は左手のひらを奏多に向け、嗤った。彼は呆けた顔をして、その手を見詰める。


「何が、起こった? お前らの技術は魔法の域に入ったのか……?」


 アルマは眉を顰め、噛み合わない会話の先を読めずにいた。彼女は最初から傷などなかったと言わんばかりに真っ白な左手のひらを眺めながら、フェンスに凭れて体をバウンドさせる。


「だから、意味が分からないんだけど。というか、魔法じゃないし」


 奏多は「そんなことは分かっている」とアルマを睨んだ。彼女は息を吐き、自身の首筋に触れる。一筋程切れ筋の入っていたその肌も、陶器のような滑らかさを取り戻していた。


「この次元空間に横たわっている法則を使っただけだよ。何もおかしなことはしてない。奏多もここにチャンネルを持ってるみたいだから、知ってるはずなんだけど」


 何かに気付いた彼は、周囲を見渡した。アルマに視線を戻した時、彼は無表情の中に困惑の感情を揺らめかせた。アルマは反動をつけてフェンスから離れ、奏多に近づいていく。彼は構えていた刀を下げ、一歩、後退った。その瞳に映るのは――――。



 畏怖。



「お前、〝彼等〟なのか……?」


主人公の身体能力が凄まじい。

平凡って、一体何なんだろう(;´∀`)

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