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Donuts ~君のためなら何度でも~  作者: 鏡春哉
第三章 ゲーム開始
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ßSide-Notice

 二つ目の魔法陣からは、先程のミノタウロスとは比べ物にならない敵が出現していた。それを見たフィオナは、完全に思考停止することになる。


 目の前に現れたのは、ゲームの中盤に現れるはずの中ボスだった。魔族の四天王が一人、ゲオルクである。彼は魔族編においてはかなり出オチなキャラだったが、ゲーム本編になると、そこそこ強い敵キャラとして登場するのだ。故に、こんな序盤で出て来て良い相手ではないのだ。というのも、今のフィオナだけでなく、今の攻略対象者たちですら敵わない程の相手なのだから。


 フィオナは息を呑んだ。闇色の翼をはためかせ、ゲオルクは悠々と宙に浮いている。魔族が学院内に出現したからか、皆の警戒度はさらに上昇していた。しかし、その中でも悠然と立っているのが彼の侯爵令嬢であり、彼女だけが異様な態度を示していた。


 何故、そのように振る舞えるのか。最早、侯爵令嬢としての矜持を保持できる事態でないことは明らかである。そうでなくてもゲオルクの威圧は凄まじく、構えていなければ瞬時に命を刈り取られてしまいそうな程、危険な状態下に置かれているのだ。


 それとも。悠然とした態度こそが、彼女にとっての最大の警戒態勢なのだろうか。そんな余計なことをフィオナが考えてしまうくらいには、彼の侯爵令嬢は異質な雰囲気を醸し出していた。ゲオルクも怯まない令嬢に気付いたのか、ターゲットを彼女に絞ったらしい。指先に尋常ではない程の魔力を圧縮し、無詠唱で攻撃魔法を放とうとした。フィオナは咄嗟に防御魔法を展開しようとしたが、無念なことに、唇が思うように動かない。冷や汗が首筋を伝い、はやる気持ちを押さえている折に、凶悪な魔法は放たれた。


 真っ黒な雷のようなものが、ゲオルクの指先から一直線に侯爵令嬢の元へと向かう。そのスピードは何とか目視できるほどの速さで、防御魔法が無ければフィオナには避けられない攻撃であった。それは他の攻略対象者たちも同じだったらしく、思うように動けない身体で侯爵令嬢に差し迫る雷の進路を目で追った。


 事態が変転したのは、その時だった。侯爵令嬢を襲うはずだった黒い雷は、彼女の手によってあっさりとキャンセルされた。唖然としたのはゲオルクだけでなく、その場にいた殆どの者たちだった。王子だけは彼女が強いことを承知していたらしく、緊張が解かれた彼の顔には笑みが浮かべられていた。


「お前がゲオルクか」


 混乱。王子の一言に、魔族は目を細める。しかし、フィオナにとっては落ち着いていられるような状況ではなかった。


 何故、王子が魔族の名前を知っているのか。ゲーム内でも彼の情報網はかなり広く、策士であるという設定があったが、それでも魔族に関する情報の入手にはかなり手こずっていたはずだった。にもかかわらず、今目の前にいる王子は、確かに魔族の情報を掴んでいる。


 考えられることは一つ。多少のゲームの強制力があるにせよ、この世界のストーリーは着実に異なる展開を迎えようとしている。その原因を作ったのが異分子たるフィオナなのか、はたまた、現実世界ではこのように進むことが決まっていたのか、一人間である彼女には判断がつかなかった。ただ、もう一つ考えられる可能性があるとすれば、もう一人の転生者の存在であった。


 フィオナは横目で侯爵令嬢の姿を捉える。この中で、一番異質な存在感を放っているのが彼女だった。ゲームにおいて高スペックだった彼女でも、ゲオルクには苦戦を強いられているのである。そんな彼女がいとも簡単に彼の攻撃をいなしたという事実は、ゲーム中のキャラよりも、格段に能力が上であることを示していた。


 その能力が先天的なものなのか、後天的なものなのかは、一概には判断できない。しかし、後者だった場合、彼女は相当の訓練を積んだことになる。


 何のために? 何を危惧して?


 ただ単に我武者羅に訓練をして、能力値を上げたかったからというには些か根拠が足りない。ならば彼女はこれから先、彼女自身に起こり得ることを把握していたということになる。したがって、彼女が先き見などの固有スキルを所持していない限りは、同郷からの転生者という結論に至るのである。


 転生物の話はあまり知らないとはいえ、乙女ゲームの悪役令嬢に転生してしまったという系統の話が好んで書かれているという社会現象は知っている。それとフィオナが乙女ゲームの主人公に転生していることを鑑みると、悪役令嬢として転生している者がいても、何ら可笑しな話ではなくなってくるのである。


「以前の布告は確と受け取った。そちらが敵対するというのならば、こちらも黙ってはいないということを宣言しよう」


 王子の発言に、ゲオルクが愉快そうに笑んだ。


「ほぅ、今回は、少し骨のある奴らみたいだな。なかなかの兵器(・・)も持っているようだし、これは確かに一筋縄ではいきそうにない」


 人族側にしてやられているにもかかわらず、その心には随分と余裕があるようであった。彼の視線は侯爵令嬢へと向けられており、まるでどのように攻め入ってやろうかとでも言っているかのようであった。他方で、婚約者を兵器呼ばわりされた王子は機嫌を損ねたらしく、盛大に顔を顰めていた。けれども、当の本人はどこ吹く風で、完全にゲオルクへの興味を失っているようであった。


「どうせ、白の奴からでも情報を聞き出したんだろ。ふん、後で絞めておかないとな」


 そう呟くや否や、ゲオルクは大きな翼を羽ばたかせ、空高く飛んで行ってしまった。その一部始終を見ていたフィオナは、あるストーリーについて思い出していた。


 ゲオルクが言っていた「白の奴」というのは、魔族編の攻略対象者として出てくる、突然変異として生まれた白い羽持ちの魔族、バイロンのことであった。彼はその強さから四天王に選ばれたものの、その過去は凄惨なものだった。それは、敵対している天使を想起させるような真っ白な翼を持っている彼が、長らく魔族の中で排斥対象とされていたことだった。


 それが理由で、彼は同僚のゲオルクからしょっちゅう誹謗中傷を浴びせられており、人族への内通者がいるという事件が発生した時には、彼から真っ先に疑いの目を向けられたという話が彼のルートにはあった。結局、犯人はバイロンではなく、もう一人の四天王であるクラウスだったのだが、冤罪のまま四天王の地位を剥奪された彼は、そのまま魔族領を追われる身となるのだ。そこで、魔王討伐一行、すなわちフィオナとその仲間たちに出会い、その中でバイロンはフィオナの優しさに触れ、完全に人族側の味方となって魔王討伐に参加するという流れが展開されていた。


 状況が乙女ゲームと異なり、ストーリー展開が早まっている今現在、魔族側の動きも早まることが予想された。それは、先のやり取りからも推測できることであり、近いうちにバイロンが魔族領を追い出される旨が考えられた。


 ならば。フィオナは何がなんでも彼と接触する必要がある。真相ルートに突き進むには、まずは本編の舞台から、魔族編の舞台へと移らなければならないからだ。その為の手っ取り早い手段としては、まず間違いなく追い出されたバイロンをこちらに引き込むことであった。


 フィオナはゲオルクのいなくなった宙を見詰め、新たな方向性を掴めたことに、一人、気合を入れ直していた。その後意識を現実に引き戻した彼女が最初に感じ取ったのは、その場に流れる異様な雰囲気であった。初めはゲオルクという高位魔族の出現に雰囲気が沈痛になっているのだと思ったのだが、どうやらそうではないらしかった。


 その異様な雰囲気の出どころは、なんと、彼の侯爵令嬢からであった。彼女はそれまで一切無表情を崩そうとしなかったにもかかわらず、今フィオナの目に移っている彼女は、可愛らしく口を開いて茫然としているのだった。


 彼女の視線の先には、鬘の取れてしまったイオリの姿があった。ヤマト国特有の黒目黒髪が露になっており、なにゆえ侯爵令嬢に見つめられているのか分からない彼は、居心地悪そうに眉根を寄せている。


 そこでふと、フィオナは首を捻った。彼女は先程、侯爵令嬢が転生者なのではないかと推測した。けれども、どう見ても鬘の取れたイオリを見て驚いている彼女は、イオリの正体に気付いていなかったように思われるのである。もしも転生者ならば、隠しキャラの存在を知っていたはずであり、その隠しキャラたるイオリの初めの姿が、殆どモブと変わらないものであった旨も知っていたはずである。


 そうであるのに驚いたということは、彼女が隠しキャラのルートを攻略できないままに転生を果たしてしまったか、或いはゲーム内容そのものをを知らずに転生してきたか、はたまた転生者という予測自体が誤っている可能性があった。フィオナは息を呑んで事態を見守り、大きく見開かれている琥珀色の瞳を見詰めた。




「カナタ…………」




 妖艶な唇から放たれた言葉は、誰かの名前であった。フィオナの知る限りでは、それは神話の天魔世界大戦に出てくる人族の英雄の名であった。


 再度、彼女ははたと首を傾げる。その他にも、その名前に該当する人物がいたような気がするのである。名前の字面からして、クラルヴァイン王国の者ではないことだけは分かる。かといって、この世界に転生してから一度も国外に出たことのないフィオナが、ヤマト国の知人を持っているとも考え難かった。


 そうなると、残る選択肢は前世のみ。生憎、フィオナに残された記憶は、その大半が乙女ゲームの内容ばかりで、その他のことは詳細が薄れてしまっているのである。とはいえ、妙に引っかかりを覚えるということは、前世のフィオナ、すなわち百智薺としての人生の中で、わりと身近なところに「カナタ」という人物がいたということになる。


 そこまで考えた時、彼女の頭の中でとあるピースがかち合った。


 もしや、あの侯爵令嬢も前世で「カナタ」を知っていたのではないか。そして、イオリが「カナタ」に限りなく似ていたことから、思わず驚愕して名を呟いてしまったのではないか。




 「彼女」は、フィオナにとっても身近な存在だったのではないか?




 真実は、本人に聞いてみない限りは分からず仕舞いだろう。彼女には近付かないと固く決心しておきながらも、自らそれを破ることになるとは何とも中途半端な行為だが、それでも謎を謎のまま放置しておくのは性に合わないのである。


 フィオナはこの実習が終わった後、侯爵令嬢、ことユーフェミア・ローズ・ハウベルに接触することを心に決めた。

イオリがカナタに似ているというネタをずっと書きたいと思っていたのですが、漸く書けたので至極満足です(*´ω`*)

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