第3章 反 撃 2
「結局、壊すしか能がないのか。」と倒れている大男を眺めて龍朱は呟いた。
自分の左手には全てを壊してしまう力が備わっているのは、物心ついた時から知っていた。
左手で触るといろんなものが壊れてしまう。
触れたものが綺麗に壊れていく様子が楽しかった時もあった。手当たり次第に壊していき、父親によく拳骨を落とされていた。
そんな左手の力を恐れるようになったのは、5歳のころだっただろうか…。
その日は、妹が熱を出して、母が付っきりで看病をしていた。
母を独り占めしている妹がなんとなく憎らしく思えてきた俺は、この左手で壊してしまおうと考えた。
母が妹から離れた隙に俺は行動を開始した。
ゆっくり忍び寄り、左手を振り上げ、妹の喉に向けて振り下ろした。
俺の顔に数滴の飛沫がついた。
それは妹の血ではなかった。
妹を庇って、覆い被さった、母の肩口から流れたものだった。
母の服は破れ、露出した肩は赤く染まっていた。
「ダメでしょ。意地悪しちゃ。」
母の言葉でハッと我に返った。
俺は赤ん坊のように大声で泣いた。
その後、病院で母は俺を叱る事はせず、泣き続ける俺に「大丈夫だから」と優しく声をかけてくれた。
その日にもらった父からの拳骨は痛くは無かったのに、涙が止め処なくあふれてきた。
その後、母は大事には至らなかったものの、肩口に消えない傷を残している。
その傷は自分の中にも根深く残っている。
「大丈夫ですか?」
美涼の声で龍朱は現実に引き戻された。
「いや、大丈夫だ。」
短く答えた。
「貴方の左手は能力を相殺するものではなかたのですか?」
「そんなこと言った覚えはないが」
「それはそうですが。」
「壊すしか能がない左手さ。」
そう呟いた。
「えっ?なんですか?」と言っている美涼を無視して、龍朱は大男を縛り上げるものがないか、探索に入った。。
眼を覚ます気配のない大男を有り合わせの電気コードやナイロンロープで縛り上げた。
大男のポケットを全て探ってみたがシャッターを上げる鍵のようなものは持っていなかった。
大男が耳にはめていた小型無線機をとりあげた。
「さて、どうしましょうか。」
「先ずはここから出ないとな。」
「そうですね。」
そういうと、隠れていた人々が少しずつ通路に現れ始めた。
「この方々もどうにかしませんと…。」
「まずは、遊馬に状況を伝えてくれ。返信を待つ間に脱出の方法を考えよう。あんまり返信を待ってもいられないだろうけど。」
そう言って人を集め始めた。
時は遡る。
遊馬は地下一階に到着していた。
降りたった地下1階。
そこは、人の気配が感じられない薄暗い空間だった。
電源を落としているが、非常灯はついており、かろうじて通路確認できる。
「何故人がいないんだ?」と疑念をもちつつも、おそらくは、連れていかれたか、運良く外に逃げ延びたのだろう思い、遊馬は中央の制御室へと歩みを進めた。日用雑貨や、文房具が並ぶ売り場を横切って中央棟に向かう。
本来はこのような環境で歩くことはない環境。
いつもは明るい音楽がかかった明るい場所なはずだが、響いているのは遊馬の足音だけだった。
程なくして、遊馬は、制御室の前にたどり着いた。
「・・・」
音にならない程度につぶやくと、遊馬の姿は次第に希薄になり、ついには消えてしまった。
誰もいないはずのホールにガチャという音だけが響いた。
龍朱と美涼は西館3Fの中央棟へ繋がる通用口まで来ていた。
集めた人たちは西側の階段前で待機してもらっている。
遊馬から、全館の出入口を塞いでいる防火シャッターを一斉に開けると連絡が入った。
龍朱達が中央棟でテロリストの注意を引き付け、その間に3Fの人たちは階段で外に逃げてもらうように打ち合わせた。
「まったく、損な役回りだ」とため息をついた
ガタンッ、ガガガガ
シャッターが上がり始めた。
龍朱の妹を助け出す為の作戦≪ギャンブル≫が始まる。