第2章 襲 撃 4
迷彩服を着た大男がレストラン街の通路の真ん中で仁王立ちしている。
全てのパーツが大きい印象の男で、角ばった輪郭にゴツゴツとした堀の深い顔。龍朱とは違ったタイプの強面である。
腰のベルトには数本のサバイバルナイフがケースに入れられた状態でつるされている。
「このフロアにいる人間は今すぐ出て来い。逃げ道はない。大人しく俺についてくれば危害を加えるつもりはない。」
怒号のような声がフロア中に響きわたる。
「といって大人しく出てくるやつはいないか。どこから回っていくかな。」
と呟き、ゲームセンターの方に歩いていく。
カツッ
小さな足音だが誰もいない通路だけに響きわたった。
「おい、おっさん。」
龍朱は大男に向かって声をかけた。
大男はゆっくり振り返り、龍朱にニヤリッとした笑顔で振り向いた。
「よう、少年。いきなりおっさんとはご挨拶だなぁ。せめてお兄さんだろうよ。」
「まぁいいじゃねぇか。」
「少年。大人しく投降してきた雰囲気...じゃないようだな。」
「大人しく投降しなかったらどうなるんだい?」
挑発を含んだ笑顔で大男に問いかけた。大男は「まいったなぁ」と腕組みをしてますます嬉しそうな笑顔で呟いた。
「少年。痛い目をみたいのか。」
「さて、どうかなぁ。できれば遠慮したいな。」
龍朱はニヤリッと笑って言った。
奇妙な緊張感。
男二人がニヤニヤと笑いながら対面している。
「あの人、とんな肝をお持ちなのでしょうか。」
少し離れたところに隠れ、この状況を眺めている美涼が静かに呟いた。
「どうかしてらっしゃいますよ。あの方は。」
先に動いたのは大男だった。
大きい体にも関わらず、素早い。
龍朱に真っ直ぐに突進してきた。
右の拳を握り締め、少し下に下げる。
龍朱の直前で急ブレーキ、右の拳を左斜め上に突き上げた。
ビュウ
空を切る音を龍朱の耳にした。
「ヒュウ。いきなりすごいご挨拶だなぁ」
龍朱は左向きに回転しながら左拳を握り締める。
ドウッ
右の脇腹に龍朱の左拳が突き刺さる。
「グゥッ。」と大男がひざをついた。
タタンッ
「おまけだっ!」
膝をついた男の顔面に向けて右のミドルキックをお見舞いした。
男はそのままのけ反り、ドウッと音を立てて倒れこんだ。
「フゥ。」
龍朱は息をつき、大男にゆっくりと頭側に回り、大男に少しずつ近づいた。
「危ない、離れて。」
美涼の声が通路に響いた。
-刹那
大男の手が動き、龍朱の足を掴もうと迫ってきた。
美涼の声に反応し、龍朱は後ろに下がったため、なんとか事なきを得た。
「何だ。仲間がいたのか?残念だったよ。」
ゆっくりと大男は立ち上がった。
「いい攻撃だった。1・2秒天国が見えたよ。少年。」
大男は言葉を一言一言発する度に喜びをかみ締めるようだった。
「おっさんマゾヒストかい?痛い思いして笑ってるなんてどうかしてるぜ。」
「いやー。すまんな。喜びが隠し切れんでなぁ。久しぶりに能力を使えそうな奴が現れたと思うとなぁ。少年。」
大男は嬉々として語りだした。
「俺達のボスは、弱いものいじめが嫌いでなぁ。だから弱い奴や無抵抗の相手には本気が出せないんだ。だがな、少年。俺は能力を使って本気で遊びたいんだよ。分かるか、少年。このジレンマ。」
「・・・・」
「今な少年。能力使っても弱いものいじめにならなそうな相手が目の前にいる。俺は嬉しいわけだよ、少年。」
大男はベルトに吊るされたサバイバルナイフから2本を両手で抜き放った。
大男は狂喜の眼差しで龍朱を見据え、大きく手を広げた。
「だからなぁ、少年…。」
大男は両手を広げた。
ナイフは重力に従って床に落ちることなく、そこに止まっている。
「あっさり死ぬなよ!」
ヒュン
ナイフが音を立て飛んだ。
龍朱に向かって真っ直ぐに。
「ッ!。」
龍朱はあわてて前方に転がり、ナイフを避けた。
「そうそう。そうでなくちゃな。少年。面白くない。」
龍朱は前転の反動でそのまま立ち上がった。
一度避けたはずのナイフがまるで自動追尾のミサイルのように反転して戻ってくる。
「後ろです。」
龍朱は後ろを振り向かずしゃがみこんだ。
2本のナイフが龍朱の頭の上を通り過ぎていき、大男の手元に戻っていった。
「返しまで避けるとはなぁ。あの少女に感謝しないとなぁ、少年。」
大男は2本ナイフを両手で器用にクルクル回しながらニヤニヤと笑っている。
「洒落にならねーよなぁ、おっさん。」
「俺はまだ洒落のつもりなんだぜ。少年。それにしても、少年。そちらには強い味方がいるみたいじゃないか。」
「あぁ。救いの天使ってやつさ。」
「なるほど…なら…。」
大男は腰から器用にもう2本、ナイフを抜いた。4本のナイフの刃が妖しく光って見えた。
「こちらも本気でかからないとなぁ。」
歓喜の笑顔と共に4本のナイフを解き放つ。
4本のナイフはそれぞれに異なる軌道を描きながら龍朱に向かっていった。