第1章 デュナミス
第 1 章 デ ュ ナ ミ ス
9月1日。
「またこの夢か…。」
司馬龍朱は最悪の新学期の朝を迎かえていた。
まだ8月の暑さが残っているとはいえ、今朝は涼しげな風も吹いており、ここ数日に比べれば過ごしやすく、清々しい朝が迎えられるはずであった。
しかし、龍朱は全身に水を浴びせたような汗をかいている。
龍朱はここ最近、悪夢に悩まされていた。
いつも同じ内容の夢。
今居る世界とは違う、自分ではない自分の夢。
そこでは絶えず戦いが行われており、その中に自分もいるのだ。自分の知らない親愛なる友が傷つき、倒れていく姿を何度も繰り返し見せられている。
以前も度々見ていた夢ではあるが、ここ数日は特にひどく、3日連続で見るのは今回が初めてである。
この夢を見た後は、大量の汗をかき、ものすごい疲労感に襲われる。寝起きで既に疲れているのだから、睡眠が取れた気もしない。昨日までならそのまま二度寝をきめこむのだが、今日は新学期初日。寝ているわけにはいかないのである。
重い体を起こし、ひと伸びして、時計をみる。まだ起きるには30分程早い時間だ。
「とりあえず、シャワーでも浴びるか…。」
大量の汗の不快感を拭い去るべく、浴室に向かった。
シャワーを浴び、ダイニングに向かうと、妹の美沙が制服の上にエプロンを着け食器を洗っていた。食卓には一人分の朝食が並べられている。食パンにインスタントのコーンスープの粉末の入ったマグカップ。さらに目玉焼きと昨日の晩飯の残りのポテトサラダが並べられている。
「おぉ、うまそうだなぁ。流石は美沙ちゃん。用意がいい。」
「お兄ちゃん。シャワーを浴びる時間があるなら、何で手伝ってくれないのよ。」
「悪い悪い。そう言うなよ。」
龍朱は食卓に着き、マグカップにお湯お注ぐ。焼いていない食パンに目玉焼きをのせて齧り付いた。半熟の卵の黄身の甘みと絶妙の塩加減が口に広がり、一気に食欲を煽りだした。
「相変わらす美味いねぇ、美沙。感動すら覚えるよ、この目玉焼き。」
「誰でもできるでしょそんなの。お世辞は通用しません。」
洗物を終え、エプロンを外しながら言った。
「私は先に食べちゃったから、食べ終わったら自分の使った食器は洗っといてね。」
「おい、ちょっと待てよ。そんなことやってたら、遅刻じゃねぇか。」
「知らないわよ。お兄ちゃんが悪いんでしょう。」
「わかったよ。帰ったら洗うよ。それで勘弁してくれ。」
「ついでに晩御飯もよろしく。」
「えっ、何だよそれ。」
「なに言ってるのよお兄ちゃん。今朝の朝食は私が一人で作ったんだから、晩御飯はお兄ちゃんの番でしょ。」
(冷ややかで有無も言わせない口調。これは怒っている。朝から浴室を占領し、朝食も作らなかった事への怒りのボルテージがあがっている。)
反論できないと悟り、龍朱は急いで朝食を口に詰め込んだ。
司馬龍朱。十七歳。高校二年生。
身長168cm、体型,学力,運動神経のどれをとっても平均的。少し細くつり目気味であるため、怖い人と誤解されやすい。そのためか喧嘩を吹っかけられることがしばしば。掛かる火の粉を払っているうちに腕っ節は平均以上となってしまった。
一つ年下の妹、美沙と2人暮らしである。
司馬美沙。十六歳。高校一年生。
身長158cm。器量良し。
ショートカットで、龍朱とは違い、大きくたれ目気味な可愛い顔立ちをしている。性格も良く、同姓異性に関わらず人気がある女の子である。成績が少し悪いのが欠点と言えば欠点だろうか。
さて、何故この二人は両親と同居をしていないのか?
二人の両親が極端なラブラブ夫婦であることがそもそもの原因である。
幼いときから夫婦2人きりの外出も多く、結果的に龍朱兄妹は家事全般を早いうちにマスターしてしまった。
父親が海外に転勤になった際、「お母さん、お父さんに毎日会えないなんて耐えられない!」と母親もそれについていってしまったのである。
小さい頃から慣れてしまっており、母親を止めもせず、2人暮しをしているというわけである。
「お兄ちゃん早く。遅刻する。」
玄関で美沙が大声で龍朱に告げた。
「先に行っていいんだぞ。」
「だめだよ。アイツに会ったらどうすんのよ。」
「無害だから大丈夫だよ。」
「十分有害です。」
二人がドアを開け外を見ると、身長167cm、モデル体系、色白の美青年が門の前に立っていた。
「おはよう。龍朱。」
「おう。」
青年に向けて右手をあげ、軽い挨拶をしていると、目の前にいたはずの美沙が消えていた。
「おはようございますアスマさん。」
「おはよう。美沙ちゃん。」
すでに門を出て、アスマと呼ばれた青年に深々とお辞儀をして、満面の笑みを浮かべている。
結城遊馬。龍朱の同級生で幼馴染である。頭脳明晰、容姿端麗。非の打ち所のない美青年。さらに、誰にも優しく、人当たりもいい。その反面、龍朱以外の人間と関わりを深く持とうとしない傾向がある。いい男は得である。そのような面であっても「ミステリアス」という解釈がなされ、本人が望む望まざるに関わらず、プラスにはたらく。結果、学校内に留まらず、学校外にまでファンクラブが密かにできているとの噂も在るほどである。美沙もそのファンの一人なのである。
「遊馬、どうしたんだ。お前にしては遅いな。先に行ってると思ってたよ。」
「親友を待ってたのさ。悪いかい?」
「不思議だ。お前が言うとその言葉を素直に受け取れない。」
爽やかに「そうかい?」と微笑む遊馬を見て、龍朱は頭を抱えながら歩きだした。
「美沙ちゃ~ん」
後ろからの呼び声に、美沙はビクッと肩を震わせた。
駆け足で迫ってくる声。美沙は「はぁ」とため息を一つついた。
後ろを振り返ると、短髪で160cmぐらいの龍朱と同じ制服を着た可愛い顔の少年が駆け寄ってきた。
「私には何も聞こえない。私には何も聞こえない。他人のフリ、他人のフリ。」
美沙は龍朱の腕を取り、早足で歩き始めた。
「ちょ、お前、晃が呼んでるぞ。おいっ。」
「私には、あんな大声で人の名前を呼ぶような、中学生の知り合いはいません。」
すると、晃と呼ばれていた少年が追いついてきた。
「ひどいよ…美沙ちゃん。はぁ、はぁ。あんなに、はぁ、呼んだのに…。」
全力疾走してきたのか、息が上げっている。しかし、美沙はそちらに見向きもせずにスタスタと歩いていく。
「よう、晃。」「おはよう。晃。」と龍朱と遊馬が挨拶を交わす。すると晃は遊馬には見向きもせず
「おはようございます。お兄さん。」
「すまん。普通に接してくれないかな。」
「おやおや。また僕は無視かい?」
「だれが『お兄さん』なのよ。そんな風に呼ばないでくれる。」
「あぁ、やっと振り向いてくれましたね。怒った顔も可愛いなんて。…罪だ。」
「あー、もう。やめてよ気持ち悪い。お兄ちゃん先に行くよ。」
と美沙は歩く速度を上げ距離をとった。
彼は古藤晃。
小柄で童顔。見かけは中学生であるが、龍朱の同級生である。
この身長ながら、バスケット部でガードを勤めている。
成績は中の上。自由奔放な性格で、人懐っこい。このルックスと人懐っさで、年上の女性に人気がある。上級生に可愛がられているようだ。
しかし、彼は彼女を作ったことがない。それは、美沙一筋なのである。その情熱はすさまじく、告白回数108回、振られた回数108回。
どれだけ断られてもあきらめない。危害を加えるはないし、龍朱の友人で悪い人ではないと知っているので、美沙も接近を許しているのが現状なのだ。
ちなみに、遊馬が美沙に好かれていることを少なからず妬んでいるのは言うまでも無いことだろう。
少し離れて歩いていた美沙が突然走り出した。
走っていった先には、男に絡まれている女の子の姿があった。
「やばいなぁ、こりゃ。」
と後を追って龍朱達も駆け出した。
「やめてください。」
「いいじゃねぇかよ。ちょっとくらい学校さぼったって大丈夫だよ。」
男が女の子の肩に触れようとしたそのとき、
「やめなさい!嫌がってるでしょ。」
腰に手を当て、仁王立ちで注意をする美沙。
「何だ、てめーは?」
「誰でもいいでしょ。その子から離れなさい。」
「逃げて。」と一瞬だけ女の子に目でサインを送ると、女の子は会釈をして、鞄を胸に抱えて走り去っていった。
「あっ!ちょっと。まだ話は…」
「終わってるわよ。フラれたのよ。お気の毒様。」
「そうそう。あんな絵に描いたようなベタベタな絡み方初めて見たよ。」
「見ていて不快感しかないのはいただけないですよ。」
「お前らなー。いくらなんでも言いすぎだろ。」
後から追いついた龍朱たちも会話に加わった。
「なんだテメーらは?ナメてんのか?コラッ!」
「そんな汚い面舐めないわよ。気持ち悪い。」
「このアマ、少しくらい可愛い顔して男はべらせて、いい気になってんじゃねぇそ。」
「少しではなく、絶世の美女だよ。あんた美的センスおかしよ。」
「晃の意見とまではいかないけど、美沙ちゃんはかなり可愛いと思うよ。」
「遊馬さん。本当ですか?嬉しい。」
「遊馬君。後で時間もらえるかなぁ?」
「いや、時間はあげらえないな。笑顔に殺意がこもってなければ考える余地はあったんだけどね。」
3人は既に男を差し置いて話してしまっており、段々と男の顔が真っ赤に染まっていった。
「お前たち、この遠藤宇琉をここまでコケにしやがるか?燃えてみるか?コラッ!」
宇琉の周りから熱風が発生した。
右拳からは炎が上がっている。
「燃えろやコラッ!」
敦の右フックが美沙の顔面に迫った。美沙は余りの事に反応できず固まっている。
しかし、拳は美沙の顔面を捉えることは無かった。
龍朱の左手が拳を受け止めたのだ。
先ほどまで炎を上げていた宇琉の右の拳からは、炎が消えてしまっており、宇琉は驚愕の顔で龍朱を見ていた。
「おいおい、こいつらが悪いことは俺も分かる。言い過ぎてた。謝るよ。しかしな、女の子の顔面に能力使った一撃を食らわせようとするのはどうかと思うぜ。」
左手に握られた拳を放し、顎で3人に下がるように指示を出をだして、宇琉と正面で向き合った。
「なんなんだよお前は?」
「アイツの兄貴ってことになるな。」
「なに?」
「可愛げはないが、可愛い妹なんでな。これでも我慢してんだぜ。今回はおあいこってことで、大人しく引き下がってくれないか?」
「てめえもナメてんのか?」
宇琉から熱風が吹き上がる。
再び宇琉の右拳を炎が包み込んだ。
「お前も燃えとくかぁ!」
火の玉のような右フックが龍朱の顔面に襲い掛かる。
バシッ!
龍朱の左手が火の玉を掴まえる。
その瞬間炎が霧散し、右手の姿が露になった。
「デュナミスなのか…なんなんだ一体…?」
一度ならず、二度までも炎を消され、状況が飲み込めない宇琉は、放された右拳を眺めた。
「さてな。そんなことより、まだやるのか?俺は気が長い方だからな。今ならまだ穏便に解決できるぜ。どうするよ?」
静かに顔をあげ、ニヤリと笑う宇琉。
「お前、名前は?」
「司馬龍朱だ。喧嘩ならもっと広い場所にしよう。他に迷惑をかけなければ、遊んでやるよ。もちろん、日を改めてだろうけどな。」
フッと鼻で笑うと、「すまなかったな。」と獲物を見つけたようなギラギラとした目で龍朱を見て、ゆっくりと去っていった。
龍朱は宇流を見送ったあと、ため息をつき振り返ると、3人の姿は無かった。
龍朱は時計をみて、学校へと走り出した。
西暦2012年
日本に衝撃的なニュースが報道された。
特殊な能力を持った人間が多数確認されたのである。
トリックの一部とする報道もあったが、あらえる調査研究を行った結果、俗に言うところの超能力であると公式発表された。
調査内容によれば、当時日本に10万人の超能力者がいるとの見解だった。
その超能力を持った人々は「デュナミス」と言われ、「火を手に入れて以来の人類の革新」と各メディアはもてはやした。
この1年後、状況を一変させる大事件が起こる。
通称「十二使徒事件」
デュナミス十二人のグループによるテロ事件である。
自らを「使徒」と名乗り、日本を救うためにと国会会期中に国会議事堂を襲撃しようとしたのである。
東京都内で繰り広げられた小さな戦争。
僅か十二人の人間が武装した自衛隊と対等渡り合う様に人々は戦慄した。自衛隊が多大な損害を被りながら「使徒」を退けることはできたものの、人々がデュナミスに向ける眼差しが「羨望」から「恐怖」に変わったのことは言うまでも無い。
このデュナミスへの「恐怖」は差別を生み、その力ゆえ、デュナミスが迫害される動きが現れ始めた。これによりデュナミスの自殺や犯罪行為が増加の一途を辿った。
西暦2024年、日本政府は、このような状況の打開策として九州全土をデュナミス特別区に指定し、「デュナミスを守る」名目で九州に強制移住させたのである。二度と「十二使徒事件」が起こらないよう、首都東京から遠い位置に政府はデュナミスを隔離しようとしたのである。さらには、幼いデュナミスに国家に反逆しないよう教育を施すと同時に、デュナミスを研究する目論見もあったことは言うまでもない。
一時の混乱を生み、莫大な費用をかけたこの政策は功を奏し、デュナミス関連の事件や犯罪は減少し、人々にも徐々に受け入れられていった。
そして、西暦2032年現在。デュナミスは九州の人口の4分の1を占め、人間と普通に生活するようにまでなったのである。
しかし、人間とデュナミスの溝はまだ埋まってはいない。
第一章までが一応の導入になります。
ちょっと長くなりまして、申し訳ありません。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
完結できるか正直不安しかありませんが、できるだけ頑張りたいと思います。
今後は、章を小分けで更新していく予定です。
少しは読みやすいかと。
できれば、今後ともよろしくお願いいたします。