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第五話


 天井に掛かる海蛍石の白い光で照らされて通路に鳴り止まぬ足音が響く。四人が並んで歩いてもまだ余裕があるほど広い通路で書類を胸で抱えている女の人とすれ違う。これで二十四人目、今の女性は往復三回目、と数えた。いつもは歩いていて一年中静かな通路だが、先刻起こった新種の枝門の処理に追われているのだろう。駆け足で過ぎて行った二十五人目の男を尻目にティークはやや早足で男が寝ている部屋へ向かう。


 白亜の石で作られたアーチをくぐると一台の白亜の石で作られたベッドが壁際に置かれており、その上で地上で拾った男が海草で編んだ黒いシーツをその身を被せ、死んだように眠っている。

 傍らに一人の衛兵が抜き身の槍を携えて立っており、ティークが入ってくるのを確認すると、握り締めた拳をほんのり赤茶けた鎧に被われた胸に当て、敬礼を取った。ティークがそれを頷きで応えた。衛兵は白髪の混じった髪で、ヒゲのない精悍な顔立ちをしており、シー人の特徴である透き通るような白い肌をしていた。顔だけ見れば隠居の身を漂わせている風貌をしているが、年季の入った鎧がその人がまだ現役であることを物語っている。


「ティーク様」


 敬礼を解いた衛兵はやや固い声でティークを呼んだ。 


「王様からは何と…」

「何があっても死なせるな。もし危険だと判断したときのための牢も手配している」

「――分かりました。それと…ティーク様。先ほどから妹様が…」


 はっきりとした理解の声が響く。そのあとすぐにためらうような声にティークはフードに隠された眉をひそめて身を固くし、ベッドに眠る男に細心の注意を払いながら話に上った天真爛漫な妹を脳裏に浮かべた。


「妹がどうかしたか」

「…その」


 それだけしか言わず、代わりに人差し指で示した。その指先に顔を向けると同時にティークは頭が真っ白になり、叫んだ。その驚愕の表情はフード越しでもはっきりと分かる。


「なっ!」


 眠る男の隣に、まじまじと顔を覗き込む少女が一人いた。肩肘から膝まであるフード付きの白いワンピース。フードは被っておらず、目を引く鮮やかな新緑の葉のような髪。そこから出ている黄金の穂と見紛う一本の癖毛。それにティークは見覚えがあった。


「真っ黒だね。兄さん」

「アーシャ、いつの間に!」


 ティークの妹だった。


「アーシャ様はティーク様の後ろにおられました」

「早く離れろ! アーシャ!」


 衛兵の言う声も聞かず、それを上回る声でアーシャに詰め寄り引き剥がした。不意を突かれたアーシャは「あ」と言ったきり手を空に泳がせながらティークをにらみつけた。


「ちぇ…ちょっと触りたかったのに」

「馬鹿言うな! 未だに得体の知れない男だぞ! 危険かどうか…いや、危険に決まっている! とにかく離れろ!」


 大声でまくし立てるティークに衛兵は微笑みの表情を持って二人を眺めていた。膨れっ面でティークをにらみつづけるアーシャと傍から見ても慌てているのが分かるティーク。それは仲の良い兄妹と変わらなかったからだ。


「えー。でもでも兄さん、私これでも海賢だよ? いつまでも兄さんの言うとおりにすると思わないでよ。それと、笑わないで!」

 アーシャの声に衛兵は肩を竦め、ティークは苦渋の声を出した。

「それは分かってるが…それでも…」


 なおも食い下がるティークに追求しようとアーシャが身を乗り出した時だった。


「すみません、ここはどこですか」


 ためらいがちに、兄妹の間に割って入った声に、ティークとアーシャは衛兵を見た。衛兵は今まで微笑んでいたのが嘘のように、固まっており、その表情は恐怖そのものだった。そして槍をすぐさま構えて眠っていたはずの男を、そのまま目覚めてほしくなかった男に対して槍を突き出した。


 さすがは王宮に配備され、要人物の監視という重要任務を任されたエリートと言うべきか。その身と槍から発せられた、殺されるイメージを作り出させてしまうほど重く、剣呑とした空気に男は「ひっ」と小さく呻くと、そのまま気絶してしまった。


「…」


 高鳴る胸を押さえて気絶してしまった男を見つめた。すぐ目覚める気配はなかったが、得体の知れない人物、聖域付近から突然出没したという情報がアーシャを不安を掻き立てる。不意に黒いものが視界から男を遮った。ティークの腕だと気づき、見上げると歯を剥き出しにして睨みつけている。


「…危険だ」


 その声にはアーシャと同じように不安に駆られたのか、掠れていた。更に衛兵に目配せして、何かを摘むように手を握り、そして投げ捨てるように手を振った。アーシャはそれが何なのか分かった。牢にぶち込め、だ。

 声を出せば起きだしてしまうかもしれなかったからだ。しかし、衛兵は落ち着き払ったように、ゆっくり首を横に振り、槍を収めた。


「そんなに心配なさらなくても大丈夫だと思いますよ」


 事もあろうかと声を出したのだ。驚くアーシャとティークを見て、眠る男に顔を向けた。


「恐らくでしょうが、大丈夫でしょう。槍を向けてあっさり気絶してしまったことから見るに、ずいぶん平和な葉で暮らしてきたのでしょう。それに、第一声がすみません、です。あまりにも警戒心が薄すぎる。それに…ティーク様はアーシャ様がそばにいると事を大きくしてしまうことが度々ありましたからね」


 と、苦笑を浮かべた。その表情に毒気を抜かれたアーシャは安堵を浮かべながら微笑んだ。


「そういえばそうね…海賢になれそうじゃない。名前は?」


 恐縮です、と一礼してから、


「エンデ・シューハットです」

「シューハット? もしかして…」

「はい、娘が世話になっています」

「やっぱり! ニーチェの父だったのですね!」

「アーシャ。ニーチェとは?」

 先ほどの緊迫した雰囲気が嘘のように和気藹々とした空気が流れ始めた。それにティークが加わり始める。



「う、うーん…」

 意識の浮上と共に得体の知れない恐怖に苛まれ続ける。

 喉下に刃物が迫る圧迫感。少しでも動けば貫かれるという漠然たる恐怖感。それもこれも今まで体験したことのない類の感覚だ。

 それだけで、何かが違うと身体全体で感じることができた。

 あれは夢だったのだと心の奥底から膨らんでいる。金色の砂浜、きらめく水面。何一つ遮るもののない青い空と、白い人の形をしたものと鈍く光る槍のような刃物。

 今は自分の部屋で寝ているのだと、自分に言い聞かせた。

 喉に感じたしょっぱい海の味は金色の砂浜で得られたものではなく、荒れる海の飛沫から得たもので、白い人と槍のような刃物はちょっとリアルな悪夢を見たのだろうと決め付け、目覚めた。


 白い天井が見え、白く光る豆電球みたいなものが複数かかっている。横たわるベッドはいやに柔らかく、一瞬ホテルの中にいるかのような錯覚に陥った。そんなはずはない、と心の中で呟いて身を起こした。


「あ、起きたよ」


 遠く、聞きなれないイントネーションの声が耳に入ってくる。声のしたほうに振り向くと容貌が全く違う三人が立っていた。

 一人は赤茶けた服を身に包み、驚くほど白い顔に髪をしている。手に先の尖った棒を手にしていた。夢に出てきた白い人の形をしたものに似ていた。

 隣にいるのは青いフードを被っていて顔は見えなかった。なんとなくこちらを睨んでいるような気がする。

 最後に青いフードとは対照的に白いワンピースに、染め上げたのか、鮮やかな緑色の髪をしている。


 既視感と不安を感じながら、その人たちに向かって言った。


「すみません、ここはどこですか?」


やった! ありがとう!

忘れ去った頃にやっと更新されるこの小説もついに五話目に突入です。

まだまだ続きます。 もっと早く更新できるよう頑張ります。 

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