ただの戦士じゃいられない
五日でアインドラの港に到着するという俺の計画だが、それは初日で破綻した。
「疲れた……」
全身の疲労と呼吸の苦しさで俺は立ち止まる。そりゃそうだ、いくらスキルの〈疾駆〉を使って走ったところで疲れるものは疲れる。
そもそも、戦士系のクラスというのは基本的に高速で移動するというのが得意じゃない。できなくもないが、それは戦闘にしか使い道がないような短距離の高速移動だ。
それに加えて、今の俺のメインクラスは〈戦士〉で、このクラスは足を止めて打ち合う能力に関してのみ神様の加護が働くから、走ったりする能力には補正が掛からない。更に付け加えるなら、クラス毎に得意なスキルも異なり、スキルを使用した際の消耗度合いも異なる。
〈戦士〉のクラスならスキルの〈戦吼〉と〈鋼体〉は高威力になり、使用後の消耗も少なくなるが、〈疾駆〉を使う場合は若干だが疲れやすい。
〈疾駆〉を自由に使うためにはメインクラスを〈戦士〉から別のクラスに変更する必要があるが、この場所ではそれは難しいと、周囲を見回して俺は思う。
「無人の荒野だからな」
アインドラの街から逃げた俺は人目につかないように、アインドラの東にある荒野を走り続けていた。
クラスの変更は本来は神殿などで行うが、そんな建物がありそうな場所じゃないので、俺は諦めて再び走り出す。といっても〈疾駆〉は体力が回復するまで使えないので、普通に走ってアインドラの港を目指す。
「キツイ……」
六時間ほど休憩なしの全速力で走った。これが限界だ。それでも予定していた半分も進んでいない。これはそもそもの計画が間違っていたのかもしれないと諦めるレベルだ。
俺は出発前にレグルから受け取った食料を口に含み、体力の回復を図る。食料はパサパサのパンで逆に体力を奪われた。どうやら、レグルの罠のようだ。あいつは兄貴である俺をパサパサのパンで殺すつもりだった。
「そういう冗談はもう良いよ」
自分で自分に突っ込むほど疲労している。だが、悪い傾向じゃない。こういう状況の時ほど来るものなんだ。クラスチェンジのチャンスって奴はさ。
――そもそも、クラスとは何か?
クラスは世間一般では神様の加護だと言われている。それは世界を創造した唯一神の加護ではなく、人々の心の内側に眠るという神様の加護だ。
その神様は気まぐれなのか、それとも何か目的があるのか分からないが、ふとした瞬間に人間で加護をくれる。そして加護を貰った人間は様々な能力に補正が掛かって強化される。〈戦士〉だったら筋力、〈魔導士〉だったら魔力といった具合にだ。
もっとも、そういう〈戦士〉や〈魔導士〉なんかの名前は、加護で強化される能力のパターンを分類して名前を付けられているだけのものだ。筋力やら何やらが伸びたから〈戦士〉といった感じに人間が名前を付けた。
なので〈戦士〉のクラスだからって、戦士の職業についているわけじゃない。〈戦士〉のクラスを持っている騎士だっているし、〈戦士〉のクラス持ちなのに魔導士や僧侶をやっている奴もいる。
そもそもクラス自体を習得できてない奴も多い。それは何故か? 狙ってクラスを獲得することが難しいからだ。未だにクラスが習得できる条件は明らかになっていない。
激しい戦いの中でクラスを習得できる奴もいれば、何もせずに寝ているだけでクラスを獲得できる奴もいる。結局の所、神様の加護であるので人間なんかには、その意図なんて分かるわけはない。
ただ、神殿なんかで瞑想し、深い集中状態にあると習得しやすいのは確かだ。静かな環境で自分と向き合うっていうのが良いのかもしれないと俺は思う。そうすることで心の奥に眠る神に触れることが出来るんだろう。
そうなると、荒野のド真ん中で、そのうえ体力の限界を迎えている俺にクラスを習得することはできないかと思われるが、それは違う。
逆に自分を極限状態に追い込むことでトランス状態に達し、精神の奥底に眠る内なる神と接触することができる。むしろ、俺はその方法で今までクラスを習得してきた。
「ふぅぅぅぅぅ」
俺は深く息を吐き、荒野のド真ん中で座禅を組む。
1、2、3……
頭の中で数をかぞえると、脳の奥がビリビリと震える。これは天啓と言われており、クラス習得の兆候であるとされる。もっとも、俺の場合はクラスを変えるだけだが、クラスチェンジの方法もクラス習得と変わらない。
天啓が脳を奔り、脊椎を駆け抜け、鳩尾に沈む。
それと同時に俺の意識が暗闇に落ちる。次に目にした光景は漆黒の闇の中に無数の石像が乱立する空間。全ての石像が武器を持ち戦に臨む戦士の姿をしている。
後は並んでいる石像の中から一つを選んで触れるだけで、クラスの習得あるいはクラスチェンジが果たされる。
話を聞く限りでは、大体すべての人間がクラスを習得する時はこういう場所に出るらしい。もっとも、俺のように戦士の像しかないわけじゃなく、魔導士の像だったり、僧侶の像もあったりするらしい。
どうやら、個々の適正に応じて並ぶ石像の種類は違うようだ。俺は魔導士の適正は無いから魔導士の像は並ばず、戦士の像だけが並ぶ。
俺は並んでいる戦士の像の内から、今の状況に必要な戦士の像を選び、それに手を触れた。並ぶ石像は習得できるクラスの種類だ。全ての戦士系クラスをマスターしてきた俺の石像が多いのは当然だ。
石像に触れたことでクラスチェンジが始まり、メインクラスである〈戦士〉が変更され、俺の意識が戻る。意識の世界と現実世界では時間の流れが異なり、現実世界では一秒も経っていない。しかし、そんな短時間でも俺にはハッキリとした変化がある。
「……武器が重ぇ」
腰に帯びている鉄の剣が倍以上の重さに感じるが仕方ない。クラスの補正の影響だ。補正は常にプラスに働くだけでなくマイナスにも働く。それによって俺は重い武器の使用に関する適性を失ってしまった。だが、その代わりに得た物もある。
俺の今のメインクラスは〈軽戦士〉。重量のある物を身に着けたり、操ったりする能力に関して適正は無いものの、身軽に動けるような補正が掛かるクラスだ。そして、クラスが変わるということはクラスの得意不得意も変わるということだ。
俺は〈疾駆〉のスキルを発動する。〈戦士〉の時よりも明らかに消耗が減り、加えて速度も遥かに上だ。
「これなら、間に合うだろう」
俺は後れを取り戻すために再びアインドラの港へと走り出した。




