ここは俺のいる場所じゃない
城から逃げ出し、家の近くに到着して分かったこと――
「家の中に入れない」
だって、兵士が俺の家の周りをうろついているんだもん。ついでに、あちこちに俺がアインドラを追放になったって張り紙がしてやがる。これじゃあ、家はおろかアインドラにいることもできやしねぇ。マジで、どうしようかと思っていると――
「何をやってるんだよ、兄貴」
いつの間にかレグルが俺の傍にいた。家族の気配を警戒できてなかったようだ。こいつはマズい状況だ。叫ばれたりしたら、兵士がやってくる。こうなったらレグルを黙らせるしかない。
そう思って、俺は攻撃に移ろうとしたが――
「アインドラを出るんだろ? 少ないけど金と食い物に兄貴の部屋にあった剣で俺が持ってこれそうな物を持ってきた」
そう言ってレグルは背負っていた荷物を下ろし、荷物を俺に見せる。それはレグルの言う通り、食料と俺の剣であった。剣に関しては安物の鉄の剣だが、それ以外になるとレグルが持ってくるのは無理な重さになるので仕方ない。
「色々とあるんだろうけど、気をつけてな」
レグルから受け取った剣を腰に帯び、レグルから金を手渡される。
感動の場面の気がするけど、よくよく考えると俺は情けなくないか? 無職で親の脛齧りで犯罪者で弟に金を貰って、故郷から逃げ出すとかさ。
「もしも帰ってくることができたなら、俺の子供に紹介できる伯父さんになっていてくれよ?」
「レグル……」
それって今のままだと紹介できないって言ってるのと同じだぜ? そんなに無職の伯父さんは嫌か?
「ほら、行けよ。衛兵が来ないうちにさ」
笑って送り出すレグルに俺は背を向けて走り出す。そして、レグル気配を感じなくなってから気づく。
「俺って感謝の言葉を言っていないよな?」
なんかカッコつけて無言で立ち去ったけど、わりと最悪だよな。こうするべきだって後で気づくんだけど、その場ですのが苦手なんだよな。戦うことは得意なんだけど。
「今から戻るわけにもいかないし、このままどっかに行こう」
別に旅をするのが苦手というわけじゃない。武者修行の旅に出ていたこともあるし、勇者との出会いも旅先だ。しかし、どこへ行くべきなのか?
そんなことを考えながら、歩き出そうと思ったところで、俺の道を阻む奴らが現れる。
「探したわよ」
声がした方を見ると、そこには昼間に見た冒険者ギルドの受付嬢と冒険者が数名、武器を手に俺を待ち構えていた。
「何の用だ。俺は冒険者にはならねぇんだから、あんたらとは関係ないはずだ」
「関係なくは無いわよ。ギルドが誇る宝玉の能力査定にどうやって不正を施したのかを教えてもらうまではアンタを逃がすわけにはいかないのよ」
「あれは真実だって言っても信用しないんだろうな」
「当たり前でしょ? どこの馬の骨ともしれない奴があんなランクを叩き出したなら不正を疑うしかないわ」
勇者パーティーの素性を隠して旅するって方針は大失敗だな。そのせいで俺が不利益を被ってる。
「不正を疑うのは良いが、それならギルドで俺を登録しなければいいだけじゃないのか? 俺の罪は身分証の偽造であって、そういうことをした犯罪者を捕まえるのは国の仕事だろう?」
俺の言葉に受付嬢が顔を歪め、舌打ちをする。昼間に会った時の愛想の良さは消え去ってしまったようだ。
まぁ、女なんてこんなもんだ。昔、俺にアプローチしてきた女がいたけど、俺が無職だって言うと、露骨に態度を変えて逃げていったしな。
「お前が罪人かどうかなんて、どうでもいいんだよ。アタシらが知りたいのは、宝玉の能力査定を改竄する技術だけだ」
そんなもん知るかよ。どういう勘違いをしてるんだ。俺は実力でSSSランクを出しただけだぞ?
「そんなことを知ってどうするつもりだ」
「どうする? 勿論ギルドの利益に繋げるのよ。宝玉の能力査定はギルドで開発したものだけど、不正対策が完璧すぎて、ギルド自身にとっても使いにくい物なのよ。ギルドにとって都合の良い冒険者には高ランク、都合の悪い奴には低ランクっていう簡単なことも宝玉のせいで出来ない」
実力だけで評価されるのが嫌なのかよ。そして、組織に都合の良い奴を評価したいって、そんな腐った組織なのかよ、冒険者ギルドってのは。
冒険者にならなくて良かったぜ。働いていたら俺も腐った組織の一員にされるところだった。やっぱり、労働は駄目だな。働いていたら心が荒んで悪事を働くようになる。
「超高ランクの凄腕冒険者と偽って勇者パーティーに冒険者を送り込むって計画も、ようやく達成できるのよ」
「待て、なんでそこで勇者パーティーの名前が出てくる?」
冒険者になったら勇者パーティーに入れるっていうなら、俺も冒険者になってやってもいいぜ。むしろ、冒険者にならせてくださいって頭を下げるレベルだ。
「今の勇者パーティーには冒険者出身がいないって聞くわ。そのせいで冒険者の評判も落ちているの。あれだけの数がいて、一人も勇者の仲間になれないのかってね。失われた評判を取り戻し、冒険者という職業が名声を得るためには、冒険者出身を勇者パーティーに入れることが必要不可欠。そのために冒険者ギルドは心血を注いできたわ」
なるほど、やはり勇者パーティーは魅力的だということだな。そのことは俺も実際に体験している。
勇者のパーティーメンバーというだけでチヤホヤされまくるし、何もしてなくても寄付という形でお金が貰えるからな。修行するにしても、あれ以上の環境は無い。強くなることと、その腕試しに魔物や魔族や悪党を倒していれば、生活に困らないし、他のことを気にしなくても良いからな。
「そのために、アンタの協力が必要なのよ。宝玉の結果を改竄できるアンタの協力がね」
受付嬢は俺に手を差し伸べる。俺には宝玉の能力査定の結果とやらを改竄する力は無いのだが、こいつらは勘違いしている。だから、この女の手を取ったところで何もできないし、仮に手を取ったところで――
「こうなるんだろうな」
俺は背後から飛んできたクロスボウの矢を掴む。手を取ろうが取るまいが、どのみち俺の動きを封じるために矢を撃ってきたはずだ。
今までベラベラと喋っていたのは冒険者たちを俺の死角に配置するための時間稼ぎ。俺の口封じはどのみちするので、話したところで問題ないと考えたんだろう。
「死んでなければ何でも良い! 両手両足、斬り落としちまいな!」
受付嬢がとんでもないことを口走る。どうやら、アインドラにはヤバい奴しかいないようだ。
冒険者たちが武器を手に俺に襲い掛かってくる。数は十人、倒せない数ではないが時間をかけると騒ぎを聞きつけて兵士どもが集まってくる。なので、俺は手早く片付ける手段を取ることにした。
「ウォォォォォォッ!!」
俺は全身に気合いを入れて叫んだ。
スキル〈戦吼〉、気合いを入れるための大声を出すだけのスキルだ。もっとも、それは低レベルが使えばの話で、俺くらいになると〈戦吼〉だけで、自分の周囲にいる敵の戦意を俺の気合いで圧倒して挫き、弱い奴ならば、そのまま意識を飛ばすことが出来る。
「耐えられる奴はいなかったようだな」
辺りを見回すと、冒険者どもは揃って気絶している。まぁ、労働にかまけて修行を怠っている奴らなど、こんなものだ。
「脛齧りぃ……!」
おっと、どうやら根性がある奴が一人はいたようだ。俺の手足を斬り落とせと命じた受付嬢が俺に殺意を込めた眼差しを向けている。
「テメェ、冒険者ギルドを敵に回したぞ! 計画を聞かれた以上、これからギルドはテメェを追い続ける! 覚悟しやがれ、脛齧りぃっ!」
脛齧りって言うな!
俺はもはや昼間の面影など全く無い受付嬢に向けて、殺気をぶつけて意識を刈り取った。世の中には言って良いことと悪いこと、そして言って良い奴と悪い奴がいる。俺は俺を脛齧りと言って良いが、お前は駄目だ!