俺は戦士マスター
王様が許可するなり、キルマリアという名の女性騎士が腰の剣を抜き放ち、俺に斬りかかってきた。
「きぇぇぇぇぁぁぁぁっ!!」
顔は凛々しくて、まさしく女騎士って感じなのに、掛け声はバーサーカーなんですが。ついでに、剣筋が凄まじく汚い。人を殺すことしかしてこなかったって感じの剣で、そっちもヤバい。
「ヒェッ」
思わず悲鳴をあげて、俺はキルマリアの剣を避ける。受け止めようにも武器が無いので、俺は避けるしかない。キルマリアの剣には紫色の液体がベッタリとついているし、それはどう考えても毒だろうから、絶対に当たってはいけない。
「待とう! ちょっと待とう! 何か誤解があるんだ!」
「誤解なら殺してから確かめればいいだろう!」
「それはおかしい! 俺が死んだ後で誤解と分かったところで、どうなるんだ!」
俺がそう言うとキルマリアの剣が止まり、キルマリアは考え込む。だけど、三秒しか考えなかった。
「罪のない人を斬ってしまったと後悔する!」
そう言いながら、キルマリアは全力で俺に剣を振る。恐らくだが、この女は絶対に後悔しない。つーか、殺した奴のことなんか三秒で忘れそうだ。
「逃げてばかりではつまらんのぉ。勇者パーティーの一員だったのなら、多少は腕を見せてもらわねば」
「陛下が御所望だ。強さを見せてみろ」
俺が避けるばかりなのは面白くないようだ。それなら武器か何か渡してくれればいいのに。
まぁ、反撃してもいいなら反撃するよ。逃げていれば、そのうち王様も許してくれて、追放とか処刑が無くなるかと思ったけど、そんな感じは無さそうだし仕方ない。
「すまん、死ぬなよ」
俺は剣を躱し、反撃にキルマリアの体を両手で突き飛ばした。何の工夫も無い子供の喧嘩みたいな攻撃であるが、俺が使うと――
「ぐぁっ!?」
キルマリアは吹っ飛び、壁に叩きつけられる。そもそもの強さが違うんだから仕方ない。
俺は労働をせずに全ての時間を修行に使ってきた。対してキルマリアは騎士団員という仕事をしており、その合間に訓練をしているだけだ。自分が強くなるための時間を疎かにして社会に貢献しているような意識の低い奴らとは戦闘能力が違う。
「馬鹿な!? キルマリアはAランクの騎士じゃぞ! それをたった一撃で!」
Aランク? その程度じゃあ話にならないね。俺はSSSランクだよ? 今日、知ったばかりだがな。
「ええい、何か卑怯な手を使ったに決まっておる! 狂血騎士団、奴を殺せぃ!」
卑怯な手って何だよと思いながら、俺は襲ってきた騎士たちを迎え撃つ。
最初に突き出された槍を掴み、逆に取り上げて、槍の柄で頭を叩いて昏倒させる。次に、斧で襲い掛かってきた騎士の足を、槍の柄で払って転ばせ、倒れた騎士の頭を殺さない力加減で蹴り飛ばす。
「コイツ強いぞ!」
「そりゃそうだろ。俺が勇者パーティーだって王様も言ってたろ?」
別の騎士たちが剣で斬りかかって来たので、槍のリーチを生かして剣の間合いの外から頭を叩いて昏倒させる。その直後、横合いから斬りかかってきたきた奴がいたので槍を捨てて、振り下ろされた剣を避ける。
「こいつ、本当に勇者パーティーなのか?」
「だから、そう言っているだろ!」
「親の脛齧りなのに?」
最後の発言は無視しよう。
俺は昏倒させた騎士の剣を拾い、構える。敵の数は残り三人。
槍を持った騎士二人が同時に俺を攻撃してきたので、〈鋼体〉のスキルを発動して、体で受け止めた。鋼の硬さを得た俺の皮膚を突いた槍が折れる。
「こいつスキルを使いやがった!」
そりゃ使うだろ。使えるんだから、出し惜しみはしないよ。
スキルっていうのは、戦士や魔導士、僧侶や勇者といった神様からの加護で貰える様々なクラスを極めていく中で習得できる特殊な能力のことだ。
多くのクラスを経験することで使えるスキルは増える。そして俺は――
「一応、言っておくが俺は全ての戦士系クラスを極めている」
伊達に戦士マスターという称号は得てない。スキルの数は100じゃ済まないし、全部が戦闘向け。俺以上に戦士系を極めている奴はいないからこそ、戦士マスターなんだよ。
「馬鹿な! そんなことは不可能だ!」
だが、俺は成し遂げた。俺自身に才能があったことも大きいが、何より全ての時間を修行に使ってきたからだ。
「全ての戦士系クラスを極める? そんな時間は人間には無い」
「俺達は仕事をしたり、家族サービスをしたりしなければならないのに、奴はどうやって、そんな時間を捻出したのだ」
「落ち着け! よく考えてみろ、奴は仕事もせずに親の脛齧りをして、遊んで暮らしている男だぞ! 時間はいくらでもある」
俺は何も言わず、一瞬で残っている三人の騎士を倒した。たぶん、殺していないはず。
「他人に言われるのは嫌なんだよ!」
おっと、思わず本音が出てしまった。冷静になろう。
俺は戦士マスターだ。全ての時間を修行に使い、戦士系クラスを極めた男。労働を言い訳に修行を疎かにするような意識の低い奴らとは違うんだ。
「うーむ、まさかこれほどとは」
残っているのは王様だけだ。さて、どうするべきか?
まぁ、どうするも何もないんだけどな。だって、王様を怪我させたり、殺したりしたら、ガチの犯罪者じゃん。流石にそれは良くない。となれば、この場で俺が取るべき手段は――
「すみません、帰ります!」
逃げ出すしかない。俺は王様に背を向けて走り出した。このままここにいたら、城の中の兵士や騎士が集まってくる、そいつらを全員倒すのちょっと骨が折れるし、もしも捕まったら今度は間違いなく遊び無しで処刑される。
俺は生き残るために逃げるしかないのだ。城の中を走って適当な窓を見つけると、俺はそこから飛び降りる。高さとか下に何があるかなんて気にしなくても問題ない。
俺は〈空脚〉のスキルを発動し、空中を走る。このスキルがあれば、高さや落ちることは心配しなくてもいい。俺は空を走り、城からの脱出を果たした。
だが、問題はここからである。王様に睨まれ、アインドラで生きていけるのだろうか?
とりあえず、家に帰ってから考えるとしよう。